目覚める化身
「お初にお目にかかる、異世界の勇者達よ。私はローゼル。通りすがりの老いぼれだよ」
「よぉ、老いぼれジジィ。俺は青崎雄護。通りすがりのイケメンだ」
「はじめまして、ローゼルさん。私は皇優花。通りすがりの妹です」
空から落ちてきた絶望。
私も、周りで魔物と戦っていた他の魔術師も、視線すら動かせずにいる中、気軽に会話をする二人。
彼らもこの絶望が放つ、大瀑布に似た威圧感に気づいていない訳がない。
「それで、ジジィはなんで空から落ちてきたんだ?俺の知らない内に、地球のジジィは随分とダイナミックになったじゃねぇか」
「なに、これも仕事の一環でね。上司の命令で紐無しバンジーに挑戦したまでだよ」
「ブラック企業も真っ青の職務内容ですね」
気づいていながら、それでも余裕を無くさない。
人型魔物や雄護達との実力差は分かっていたつもりだったが、今なお震えるだけの自分に腹が立つ。
あれほど仇を討つと言っておきながら、何もできずにいる自分が恥ずかしい。
――これじゃ、私はっ――
「大丈夫ですよ、赤神さん。格上の相手を前に恐れではなく、己を恥じるという感情を抱ける人は、強くなれますから」
「今は無理でも、これから頑張りゃいいんだよ。挑戦し続ける限り、敗北は勝利への踏み台なんだから」
「...待ってなさいよ。すぐに追い付くから」
だから、今はこの敗北を受け入れよう。
いつか必ず、彼らの隣に立つために。
「君はあの時の少女か、強くなったな。能力ではなく、その心が」
こいつが、10年前に赤神達を襲った人型魔物か。
先程の紫バカパーマとは桁違いの力の波動を感じる。そして、この実力者ですらトップではない。ローゼルが言う上司が後何人居るか分からないが、少なくともコイツよりも強いだろう。
「お前はあれか?二回り近く年が離れている女追っかけに、わざわざ紐無しバンジーしてきたのか?」
「言っただろう、仕事だと。それに、そこの少女とは二回り程度の歳の差では済まないよ」
「では、ローゼルさんはどのようなお仕事を?」
「口で説明するのは難しいのだが...簡単に言えばシナリオライターのアシスタント、と言ったところかな」
「そのアシスタントさんが俺達に何の用なんだ?」
だが、今はその上司の事については置いておく。
問題は何故このタイミングで現れたのか。
紫バカパーマと同時に攻められていたら、今よりもっと酷い事になっていた筈だ。
戦力の出し惜しんでいたと言う線もあるが、それだと今更コイツが出てきた理由が分からない。この戦いは、魔物にとって絶対に勝たなければならないと言う訳ではない筈だ。
ならば、一体何故...
「テコ入れだよ」
「はぁ?」
と、様々な可能性を考えてのだが、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「なんでも、私の上司に当たる方の描いた流れとは違った流れになったらしいのだ」
ローゼルが言うには、コイツの上司は紫バカパーマを俺達勇者パーティーの誰かが倒す事を望んでいたらしい。
しかし、俺が手を貸したとは言え実際に倒したのは赤神だ。
「彼女が強くなった事は喜ばしいのだが、カルディア襲撃の本来の目的である異世界の勇者達の実力を見ると言う目的は叶えられなかった」
故に私が紐無しバンジーに駆り出されたのさ。
そう言うローゼルは、嘘を言っている素振りは見せない。コイツは本当に俺達の実力を見る為にやって来たのだろう。
「上司は君達を気に入っていてね。その力が見られることを楽しみにしていたのだが、模擬戦の時はおろかこの襲撃でさえ誰も本気を出さなかった」
勇者は全力の姿を見せず。
導師は未だ火加減の最中。
守護者は力を誤魔化しており。
聖女に至っては真の能力を封印している。
これでは、私がつまらないです。
「と、上司が嘆いていてね」
「なっ!?」
「...てめぇ、何処まで知ってやがる」
「私は知らない。たが、私の上司は何処までも知っている」
確かに、俺達は力を抑えている。
模擬戦時、舞は奥の手を隠していたし、優人は全力の証しである銀髪金眼の姿にならなかった。
模擬戦の事を知られているのは、あり得ない事ではない。俺が結界を張っていたが、その力を抑えていたのだから。
寧ろ、その結界を弱くする事で俺達の実力を誤魔化す目的もあった。
だが、優花は違う。
彼女は地球に帰ってきて、殆ど能力を使っていない。東宮達の魔術基盤や、カルディアの門だって優花の能力があれば治療可能だった。
それをしなかったのは優花の持つ能力のもう一つの使い方を隠すため。
優花の能力については、ストウスウェトでも今は俺達4人しか知らない。その能力の危険性、残酷さにたった一度しか使われなかった、使えなかった聖女の真の力は、魔王との最終決戦の時でも封印したままだった。
それをコイツは知っているだと?
「ま、そう言う事だ。一つ相手をしてもらうよ」
ローゼルはそれを合図にしたように、全身に魔力を巡らせていく。
...こりゃ、ちょいとヤベぇな。
「優花、赤神。お前ら、」
「嫌よ」
「...まだ何も言ってねぇだろ」
「大体分かるわよ。私達に離れてろって言うんでしょ?そんなのお断りよ。例え貴方に倒されるとしても、私はそれを見届ける。絶対にね」
と、静かな闘志を燃やす赤神の瞳は美しい。
美しいのだが、
「赤神さん、違いますよ?」
「なーに"私、分かってますっ!"見たいな顔してんだ」
「...」
人って羞恥心でここまで顔が赤くなるんだな。
「じゃ、じゃあ一体なんなのよ早く言いなさいよっ!!」
「俺の傍から離れるな」
「~~っ!?」
「もっと顔が赤くなった!?」
梅干し見たいになってるぞ!
「せめてリンゴとかにしときましょうよ。女の子相手に、梅干し見たいって...」
赤神とは違い、呆れ顔の優花。
早く言えって言うから言ったのに。
「おっ、俺の傍をって!そっ、そりゃ貴方にも感謝してるけどぉ!?ちょっと急ぎ過ぎっと言うか!待った、嬉しくない訳じゃないんだけどっ」
「乙女ってるとこ申し訳ないですが、期待している理由ではないですよ」
「...へっ?」
「へっ?じゃなくてだな」
そんな難しい理由じゃない。誰でも分かる単純な一つの事実。
シェルターに逃げ込むより。
地球の裏側に逃げるより。
「この世で一番、俺の隣が安全だ」
その隣はたった一人の特等席なんだけど。
後、赤神のヤツ梅ぼ...リンゴとかじゃ効かない位に赤くなってるけど大丈夫か?
その台詞は、聞く者によっては傲慢だと受けるだろう。
だが、
「その傲慢は、強者にのみ許された特権だ。そして、君にはその権利がある」
「上から目線で語ってんじゃねぇぞ。腹立つし、あんたにその権利はねぇ」
「さっき赤神さんに語ってたのは誰なんですかねぇ...」
後ろで優花が何か言ってるがスルー!
二人を結界で覆い、更に周囲の魔術師に被害がでないよう、俺とローゼルを囲う様に結界も張る。
「確か、あんたは俺達の本気を見る為に来たんだったよな」
「そうだが?」
「なら、先に一つ言っておく」
胸に刻まれた紋章から、全身に蒼い魔力の路が走る。
それら一つ一つが新たな紋章を作り、その力を増大させていく。
守護者の力は勇者パーティーの中で最も単純だ。
誰よりも硬く、速く、強くなる。言葉にするとそれだけの力。
周囲の魔力を吸収、増幅、変換する半永久機関。
単純故に、守護者を打倒するには正攻法しかなく、
「あんたじゃ役不足だよ、ローゼル」
雷速を遥かに越える拳が、ローゼルを吹き飛ばした。
「凄い...」
初動から、今に至るまで何一つ見えなかった。
四神・白虎の称号を持つハクと模擬戦をしたことはあるが、四神最速である彼女すら上回る速度。
しかも腐食の魔力を纏う人型魔物を素手で殴ったと言うのに、その拳には傷一つついていない。
「いえ、まだです」
一撃で決着がついたと思ったのだが、それを聖女が否定する。
「...まずは、非礼を詫びよう。君の力を、名無し程度の者で測ろうとしたことを」
「何、気にするな。死にかけてるヤツの詫びを受け取らない程、俺は鬼畜じゃないからな」
土煙が晴れた後、ローゼルは立っていた。が、その姿は見るも無惨なものになっている。
両腕は消し飛び、胸部が不自然にへこんでいる。意識が有ることすらおかしな状態で、しかし確かに立っている。
「それは困るな」
「あん?」
「それはつまり、死にかけでなければ受け取れないと言うことだろう」
噴き出す黒紫の魔力。
それは見ただけで相手を腐らせるであろう威力。雄護の結界がなければ、これだけで死んでいたと断言できる。
しかし、驚くのはその威力ではない。
「傷がっ!?」
不自然にへこんでいる胸部も。消し飛んでいた両腕も。時間を巻き戻した様に直っていく。
数秒後には、着ていた服さえ復元したローゼル。
「我々人型魔物は通常の魔物とは違い、知性を持つ。その中でも、能力に優れた者にはそれぞれ名前が与えられてね」
「つまり、名前を持たない紫バカパーマは下っぱのだったのか」
まぁ、噛ませ臭スゴかったけどな。アイツ。
自己主張激しそうなアイツが、なんで名乗らないのか不思議だったんだが、そういう意味か。
「その点、死ぬ前に『紫バカパーマ』と言う名を与えられた彼は恵まれていたと言えるだろう」
敵だった俺でも断言できる。恵まれてはいない
「そうかな?...まぁ、話を戻そう。我々魔物の身体は魔力で構成されている。それは君達も知っているだろうが、我々名前持ちになると魔力さえあればすぐに復元できる様になる。不死身と言うヤツだよ」
「何が、"不死身と言うヤツだよ"だ。腕生えたくらいで調子に乗るなっ。その程度俺も生えるはバーカ」
「生えるのっ!?」
生えるんです
赤神は腕が生える事に驚いていたが、さして珍しい事ではない。
「それに、あんただって完璧な不死身って訳じゃないんだろ?」
魔物も、ストウスウェトの魔物も、身体は魔力で出来ていた。そして、そのどちらもが魔核を起点としている。
つまり、
「魔核を壊されると、身体を維持できずに消滅する」
「...それはどうかな?」
「いいぜ、答えないのなら、身体に直接聞いてやるっ!!」
真正面に飛び込んで拳を振り上げる。
今度はローゼルも反応し、俺に会わせるように殴り付けてくるが、
「遅いっ!」
「くっ!?」
空気を踏みつけ、ローゼルの後ろに回り込む。
咄嗟に回避しようとするローゼルだが、それより速く拳を振るう。山河を砕く一撃はローゼルの頭を捉え粉砕するが、すぐに復元される。
胸部や頭など、ストウスウェトの魔物の魔核が存在する場所を攻撃したが、その何処にも魔核が存在しないのか全ての傷を復元させたローゼル。
「うぉぉぉぉっっっっ!!!」
それならばと、攻撃の回転数を上げる。拳の雨はローゼルの至るところを粉砕するが、堪えた様子は見られない。
それに、魔核の場所が分からない事も疑問だが、
(コイツ、もしかして...)
もう一つの疑問。
幾ら力を誤魔化すために抑えていたとは言え、ローゼルは俺の結界をぶち抜いた男だ。その攻撃力を警戒していたが、それほど威力を見せてこない。
それは、つまり...
「ふむ、攻撃についてはこの程度で十分だろう」
「...俺を相手に手を抜くたぁ、いい度胸だ。随分と余裕じゃねぇか。"くっ!?"とか言っておいて、あれも演技だったのかよ」
「そう怒らないでくれ、これも仕事でね。上司を満足させるのは大変なのだよ」
「随分とブラックな職場だな。再就職をオススメするぜ」
「この様な老いぼれでは、就職も一苦労でね。今の仕事を離す訳にはいかんのだよ」
言い終わると同時、傷を修復する時とは桁違いの魔力がローゼルの手元に集まる。
黒紫の魔力はやがて、薙刀の様な形へと変わり
「君の専門は守護なのだろう?次は、それを見せてもらおう」
――目覚きろ、災厄の化身――
世界が、闇に染まる。




