覚悟の在りか
「アンタにも負ける訳にはいかないのよ」
その言葉に、何時かの己が重なって。
あの時、どうしようもなかった自分を思い出した。
『俺は勝つ、絶対に。じゃねぇとあの人達がっ!命を懸けて俺を助けてくれた意味がねぇっ!!』
手加減なしの全力で紋章の力を解放する。
山一つ消し飛ばす一撃は、しかし神技の剣にて完璧にいなされる。
体勢を崩しがら空きになった背中に、王国最強の大剣が直撃する
『思い上がるなよ、クソガキィッ!アイツ等はお前の為に死んだんじゃねぇっ。自分の想いを最期まで信じただけだっ!』
が、それでも守護者は砕けない。
王国最強の一撃を無防備に受けてなを、あらゆる災厄をはね除ける結界はびくともしない。
衝撃さえ吸収しきる紋章に防御を任せ、守護者は拳を握り締める。
『だからっ!信じられた勇者は負けられねぇんだよっ!!魔王を殺す、その時までっ!!』
『違うっっ!あのバカ共は、お前にそんなことのさせる為に信じたんじゃねぇっ』
異世界から呼び出された勇者達は全員が他と隔絶した力を持つ。それは守護に特化した能力と言えども例外ではない。
掠るだけでも致命傷に繋がる拳の雨を、かわし、受け流し、反撃する。
常人には持ち上げることさえままならない大剣を軽々と操り、空間すら斬り裂くその男は、召喚された勇者を含めて尚最強に位置する。
『履き間違えるな、アイツらの想いを。何のために、誰のためにお前に遺したのかを』
娘を溺愛する男がいた。
痛いのが嫌いで何時も訓練をサボる男がいた。
婚期が遅れると嘆く女がいた。
普段はしかめっ面の癖に、酒が入るとオネェになる男がいた。
全員覚えてえる。
中にはどうしようもないと思っていたバカも居たが、国に帰って来なかったところを見るに俺の思い違いだったらしい。
『俺は負けない、負けられないんだよ!』
目の前で泣きながら拳を振るうのは、まだ20にも満たない子供だ。
そんな子供に重荷を背負わせたのは、この世界が不甲斐なさのせい。強大な力が敵になって、自分を鍛えるのではなく他者に頼ったこの国のせい。この国がそこまでしなければいけないのは、俺が弱いせいだ。
あの子達はなんの関係ない一般人。普通なら逃げ出しても構わない状況で、4人が真面目過ぎる程に努力して。そのせいで、前しか見えなくなってしまった。泣きながら戦う道に、無理矢理引きずり込んでしまった。
そんな悲しみを糧にする覚悟の脆さを、俺は誰より知っている筈なのに。
だったら、これは俺のやるべき使命だ。
アイツらの遺した想いを。俺が託す想いを。ちゃんとコイツに、一言一句届けきる。その為なら、命すら惜しくない。
『舐めるな、クソガキ。そんな覚悟で俺に勝てるか』
そう、誰かの遺した想いは、純粋な故に遺された者には優しすぎる。
その優しさが辛くて、誰かに糾弾して欲しと請い願う。
けれど、その気持ちは自分の為のもの。
その為に遺された想いをねじ曲げてでも自分を罰するのは、その相手を踏みにじる行為だ。
あの頃の俺は、そんなことも理解できずに駄々をこねていた。
ガキだった俺にそれを教えてくれたのが団長だったけど、もし
教えてくれる人がいなかったのら俺も赤神の様になっていただろう。
なら、これは俺がやるべきことだ。
誰が何を願って赤神に遺したかは分からない。
ただ、赤神がそれを履き間違えているのは分かるから。
「...舐めるな、クソガキ。そんな覚悟で俺に勝てるか」
コイツに、その想いを叩き込んでやる。
赤神さんの態度をおかしく思った僕は、東宮さん達に聞いてみみる。すると、龍道寺さんがゆっくりと語ってくれた。
「赤神君は、子供の頃に親友を魔物に目の前で殺害されているんだ」
その時、初めて人型魔物が確認された。
これまで知性は殆ど確認されていなかった魔物が、人類の言語を使い我々に接触してきた事実は当時のカルディアを揺るがした程。
「その人型が魔物のボスなのか、またはその上に誰かいるのか。単独なのか複数なのかも分かっていない。けれど、赤神君はその人型を倒すことを目的としている。親友の仇を討つために」
それから死に物狂いで自分を鍛えて来た赤神さんは、四神の称号を得るほどになる。いつか、人型魔物を倒すために。
それから時間が経ち、僕達が転移してきた。
魔物が出現する時の門と転移が似ていた為に、カルディアでは人型魔物が襲撃してきたと大騒ぎになったそうだ。
「人型魔物は赤神君にとって因縁の相手だ。だからと言って無闇に敵対行動をとってはならないと言ったのだが...青崎君には悪いことをしてしまった。彼が怒るのも無理は無いだろう」
「大丈夫ですよ。雄護はそんなことを気にしていませんから」
雄護が何かに怒っているのは感じていたが、あれは自分に対してだったらしい。
「...成る程。だから雄護はあんな訳か」
「まぁ、アイツにしたら目の前に黒歴史だからね」
「そこで知らんぷりしない辺り、雄護くんらしいですけど」
王国周辺の村からの依頼で魔物を討伐するために派遣された騎士団。実践経験を積むため、僕達勇者のメンバーも騎士団の依頼には同行させてもらっており、その時は雄護がついていった。
只の魔物の討伐。村の人々には一大事でも、精鋭中の精鋭である王国騎士団には楽な依頼の筈だったのだが...
そこで、いる筈の無い魔王と遭遇した。
鍛えられた王国騎士団とは言え、魔王には敵う訳もなく壊滅常態。雄護も共に戦おうとしたらしいのだが、騎士団の皆が転移の魔法を使い強制的に雄護を逃がした。
その日から僕達が止めても聞かず、人が変わったかの様に自分を追い込み強くなろうとする姿は、危うかった。
「あの時は確か...ゼルブラントさんが?」
「えぇ、ゼルブラントさんが何とかしてくれたらしい。けど、詳しい内容は私達も知らないわ。二人とも3日程居なくなったと思ったらボロボロになって帰ってきたし」
「その事について兄さんは何か知ってます?」
「...いや、知らないよ」
嘘だけど。
おそらく、雄護はその時の体験を赤神さんに伝えるのだろう。言葉だけでなく、心からぶつかり合って。
あの後、雄護は今までゴメンと謝ったけど、優花達に詳しい内容は説明しなかった。彼女達には恥ずかしいから絶対言うなって言われたし。あの時語り合った夜の事は、男同士の秘密だ。
「でも、この戦いで少しは分かるんじゃないかな」
「どういう意味かしら?私の覚悟ではアンタには勝てないって」
「そのまんまだよ。テメェが自己満足するためにしてる覚悟じゃあ、俺にはどうしたって勝てねぇって意味だよ」
「...っ!」
返事の代わりに飛んでくる火球を避けもせず、赤神を見詰めながら話続ける。
「お前に何があったのかはしらねぇし、俺が言ってることは的外れかもしんねぇ。けどな、これだけは言える。お前は誰かから託されたものを、ドブにぶちこんでるだよっ!」
「黙れっ!!」
密度を増す火球。
たが、そのすべてを紋章で受けきって言葉を届ける。
俺が団長にしてもらった様に。
今度は俺が、この分からず屋に届ける番だ。
「いい加減に気づけ。お前が誰かの為にしている行為は、只の自慰でしかない」
「うるさいっ!」
「皆が優しかったんだ。誰も、自分を責めてはくれなかったっ!」
お前のせいだと。
そう、責めてほしかったのに。
団長も、遺された家族も、誰もが俺を責めずに...
「生きていてくれて、ありがとうって!そう言われたんだよっ!!貴方が生きていてくれて、嬉しいって」
「っ!?」
そんなことを言われる資格はないと、叫びたかったのに
「その言葉に、救われたと確かに感じる自分がっ!何よりも許せなかったからっ!!」
「起きろぉっ!!南方の守護者っ」
責めてくれる誰かを探して、けれども見つからなくて。
だから、
「もう喋ることの出来ない死者を選んだ!」
「~~っ!!」
燃え盛る二対の炎剣。
数千度に達するだろう炎は、泣いているかの如くに揺れている。
熱を利用した分身。炎を媒介にする転移。熱波の斬撃。
人どころか魔物でさえ塵も残らないであろう攻撃の数々。だが、今となっては子供が駄々をこねている様にしか見えない。
....あの時の俺の様に。
「知ったような口を聞くなぁ!あの子は優しかった。強かったっ。綺麗だったんだ!」
やりたいことが沢山あったんだ。
普段は弱気なくせに、誰かの為は戦える彼女。
そんな彼女には楽しい未来があったのに。
私なんかを庇って死んだ。
彼女が生きていたら、きっと四神になっていただろう。
そして、多くの人を救って、多くの敵を倒した。
優しい彼女はいつも誰かの為に戦う筈だから。
「茜の代わりに生きている私は、戦って勝ち続けるのよっ」
「違うっっ!その子ははお前にそんなことの為にお前を助けたんじゃないっ」
その子の気持ちは、はっきりとは分からないけど。
誰かの為に、命を掛けられる人の想いは受け取ったことがあるんだ。
「履き間違えるなよ、その子の想いを。何のために、誰のためにお前に遺したのかをっ!!」
とっさに誰かを助けられる人が、自分の代わりに生きろなんて望む訳がない。
誰かを助けると言う気持ちは、何よりも純粋なものだから。
「その子はただっ!?」
しかし、赤神に伝える言葉は大きな震動によって遮られた。
俺や赤神の攻撃に依るものではない。つまり、この原因は外からのもので。強化されている建物を揺らすほどの衝撃と言うことだ。
その震動とほぼ同時、
『敵襲!敵襲!!カルディアを囲むように大量の魔物が現れましたっ。さらに大型魔物の魔力も複数確認っ。しかも...あれはっ!?』
敵襲を報せる警報。
思わず攻撃の手が止む俺達の元に、上に居た皆が走ってくる。
取り合えずこの状況について話を聞こうとしたのだが、続いた言葉に赤神の顔が凍りついた。
『人型っ、人型魔物ですっ!南門の方向から、人型魔物と思われる敵影を確認っ』
「ッッ!!」
凍りついた顔に憎しみの炎を灯した赤神は、脇目も振らずに駆け出した。
「お、おい!赤神っ!?」
カルディアに、絶望が舞い戻る。




