たえこママと、しだれ桜と、どら焼き
(舞台説明)
ここは、メタバース空間空間にある、とあるバー、店を切り盛りするのは、雇われママの、たえこママであった。
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「白山キャッシュレスお祭り」は見事に大成功を収め、白山商店街は空前の大繁盛。
今夜のバー『The Wallet』のカウンターには、お礼にと会長さんが差し入れてくれた、黒糖の豊かな香りが漂う「草月」の銘菓・黒松のどら焼きが並んでいる。
みんながそれを美味そうに食べる中、たみこママは早くも次のイベント
─春の「六義園の巨大なしだれ桜の夜間ライトアップお花見」の決済対策に向けて、新作のお花見つまみを試作中である。
「う〜ん、この黒松のどら焼き、皮がフカフカで最高デース! 響のロックにベストマッチネ!」
Visaマスターが口の周りにあんこをつけながら上機嫌で叫ぶ。
「ほんまどすな。明日の六義園のお花見も、このどら焼きみたいに甘い決済(売上)になるとよろしおすな」
JCB氏がはんなりと微笑みながら、お花見用のプラカップを磨いている。
「ねえみんな、ちょっとこれ食べてみておくれよ」
たみこママが、割烹着の袖をまくって新作のおつまみをお皿に出した。
それは、韓国のりの上にジューシーなハムを乗せ、ピリッとワサビを利かせたポテトサラダ(昨日のビッグ・エーの残り)を乗せて、くるりと巻いたママ特製の『韓国のりワサビポテサラ巻き』だ。
「わあ、何これ! いただきまーす!」
PayPayくんが真っ先に口に放り込む。
「……んんーーっ!? 美味い! ハムの旨味の後に、韓国のりのごま油の香りと、ワサビが鼻にツーンと抜けて……これ、レモンサワーが無限に消えるやつです!!」
「どれ、僕にも一口暗号化させてくれ」
ブラックスーツのApple Payさんがスマートに箸を伸ばす。
「……素晴らしい。ワサビの刺激がポテトの糖分をセキュアに引き締め、韓国のりの塩気が完全にP2PE(点対点暗号化)されている。これは僕のピラコニャーダにも完璧に適合する」
「最高アル!!」
隣でビンテージ白酒を飲む銀聯先生も太鼓判を押す。
「このピリ辛、お花見に来る中国人観光客も大喜びアルよ! 微博に『六義園のサクラとママののり巻き』って今すぐ投稿するアル!」
店中がママの新作おつまみに大絶賛。
しかし、その「韓国のり」というワードに、ある男が過剰に反応した。
ガタッ!!!
「──ちょっと待つばい、みんな!!」
カウンターの奥から、ガツンと『芋焼酎のお湯割り』のグラスを叩きつけて立ち上がったのは、九州男児・SUGOCAくんだ。
「何が韓国のりたい! お花見ののり巻きと言ったら、有明海産の高級『佐賀のり』に決まっとろうが! 磯の香りのキレが全然違うばい! Suica、お前からも何か言っちゃらんか!」
「いや……僕は東京(標準語)だから有明のりはよく分からないけれど……」
Suicaくんがモスコミュールを片手に困惑する。
「なまら贅沢言うなべさ!」
Kitacaくん(北海道)がレッドアイを飲みながら参戦する。
「のりなんて何でもいいべさ! それよりポテサラの中に、北海道産の男爵いもと鮭のフレークが入ってないのが納得いかないべさ!」
「ちょっと待って、みんな! 私のmanaca(名古屋)のおひざ元、伊勢湾ののりだって負けてにゃあて!」
manacaさんもエビフライを振り回して参戦。
おつまみの「ご当地のり・ポテト論争」に発展し、地方の交通系電子マネーたちが「どっちの地元の食材が桜に合うか」で、またしても大喧嘩を始めてしまった。
店内は方言の怒号が飛び交う大騒動に。
「──いい加減にしなさい、あんたたち!!」
パパパパァァァン!!!
たみこママが、愛用の京セラのガラホでカウンターを激しく連打した。ボタンが壊れんばかりの連打である。
一瞬で全額返金(一網打尽)されたように静まり返る店内。
「ママ……」SUGOCAくんが芋焼酎の湯気の中で縮こまる。
「あんたたちねぇ、お花見っていうのはね、どこののりだの、どこの芋だの、そんなちっちゃいことを競い合う場所じゃないんだよ!」
たみこママはガラホをピシッとSUGOCAくんに突きつけた。
「六義園のあの大きな、夜空に浮かび上がるしだれ桜の美しさの前ではね、東京の人間も、九州の人間も、海外から来た林檎さんも銀聯さんも、みーんなただの『春を喜ぶ人間』なんだよ。
あたしがこの韓国のりを使ったのはね、安くて、どこでも手に入って、みんなが『あ、これこれ!』って笑顔になれるからさ。
お花見の屋台で必要なのは、地元のプライドを押し付けることじゃない。誰もが肩を並べて、ひとつの桜を見上げて『綺麗だね』って言いながら、サッと『ピッ』と決済して、笑顔でお酒を飲める空気を作ることじゃないのさ!」
ママの、白山のしだれ桜のように大きくて温かいお説教に、SUGOCAくんもKitacaくんも、深く頭を垂れた。
「……すんまっせん、ママ。俺が小さかったばい」SUGOCAくんがお湯割りをすする。
「分かればいいんだよ。ほら、会長さんの持ってきてくれた黒松のどら焼きも、みんなで等分(割り勘)して食べな」
たみこママがフフッと笑い、胸のマルチ決済パネルを鮮やかな満開の桜色に光らせた。
「さあJCBさん! 明日の夜間ライトアップに向けて、お花見用の『出汁割り日本酒』の準備だよ! 林檎さんも銀聯先生も、明日は六義園の桜の下で、世界一ハッピーな決済ネットワークを繋いでおくれよ!」
「イエス、マーム!」
「ハオラー、ハオラー!」
店内に再び笑顔が戻り、白山の夜は、満開のしだれ桜を待ち侘びる優しい熱気で包まれていくのだった。
(つづく)




