たえこママと、つば九郎の空中くるりんぱ
(舞台説明)
ここは、メタバース空間のとあるバー、切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。
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深夜の『The Wallet』
「ちょっとママ、店の中で東京音頭を爆音で流すのはやめてよ! 耳がオレンジ色になっちゃうわ!」
お昼時のバー『The Wallet』のカウンターで、常連客の『Suicaさん』が不機嫌そうにコーラを煽った。隣に座る『PASMOさん』も、巨人のレプリカユニフォームを着込んで腕を組んでいる。
そう、この電子マネーコンビは熱狂的な読売ジャイアンツ(巨人)ファン。対するたえこママは、生粋の東京ヤクルトスワローズファンなのだ。
「うるさいわねぇ!
お祝いのビニール傘を振るくらい大目にみなしなさいよ!」
ママが緑色のミニ傘を激しく振っていた、その時だった。
メタバース空間の自動ドアがウィーンと開き、異様に体格の良い「ツバメ」が、のしのしと店内に入ってきた。
カウンターの誰もが我が目を疑った。東京ヤクルトスワローズの球団マスコット、『つば九郎』がフラリと来店したのだ!
「きゃあぁぁーーーっ! つばちゃん!! よく来たわねぇ!!」
たえこママは大はしゃぎで、ナノバブル水と千代の一番の粉末で定理づけした、出来立ての「爆速ハーブ・フォー」を差し出した。つば九郎は一瞬で完食すると、お馴染みのスケッチブックにマジックペンで文字を書いた。
『ちよのいちばん はんぱない。 びーる おかわり。』
「もう、現金な鳥ねぇ! どんどん飲みなさい!」
ママが冷えたビールを注ぐと、つば九郎は一気に何杯も煽り始める。それを見て面白くない巨人ファンの二人が、
スマホから巨人のマスコット『ジャビット』を召喚し、狭い店内で開幕した
「東京ダービー(伝統の一戦)」。
ビールが回って出来上がったSuicaさんとPASMOさんから、球場さながらのガチなヤジが飛び始めた!
「おいママ! なんだそのペンギンは! ビールばっかり飲みやがって、神宮のバレンティンの打率くらい打線の繋がりがねえぞ!」
「昨日の巨人のリリーフ陣の崩壊に比べりゃ、うちの残高の方がまだ繋がってるわ! ほら、つば九郎! 伝統の空中くるりんぱ見せてみろ!」
ビールを煽った常連客からの容赦ないヤジの嵐に、つば九郎の動きが止まった。
静かにスケッチブックに文字が走る。
『SuicaとPASMO まとめて 残高不足にしてやる。 あと よるのみちに きをつけろ。』
「おい!! 職権乱用の上に不穏な脅迫すんな!!」
大慌てする酔っ払いコンビを無視し、つば九郎はジャビットの耳を掴んでヘッドロックをかけ始める。
店内は巨人のオレンジとヤクルトのグリーン、そして酒の匂いと怒号が入り乱れる大パニックに。
その激しい怒号と暴れ回るマスコットたちの衝撃で、カウンターの隅にある水槽がガタガタと揺れた。
「……キュキュッ……!」
中では、名物のタコのパウロくんが真っ青になり、すべての吸盤を水槽のガラスにぴったり張り付けてガタガタと震え上がっている。
あまりの場外乱闘の激しさとヤジの応酬に、完全にパニックを起こしてうろたえていたのだ。
「ちょっとあんたたち、いい加減に静かにしなさいよ!」
大荒れの店内を一喝したのは、たえこママだった。
ママは手から電卓を置くと、乱闘を繰り広げるつば九郎とジャビットの頭を容赦なくピシャリと叩き、足早にパウロくんの水槽へと駆け寄った。
「パウロ、怖かったねぇ。大丈夫だよ、あんなバカどもはアタシが追い払うからね」
ママは優しく水槽のガラスをトントンと叩き、持っていた新鮮なきゅうりの切れ端をそっと中に落としてやった。
パウロくんはホッとしたように触足をパタパタと動かし、大好きなきゅうりを抱きかかえながらゆっくりと元の赤色に戻っていく。
そのママの背中を見た常連客たちは、先ほどまでのヤジをピタリと止め、どこかしみじみと呟いた。
「……なんだかんだ言って、ママはパウロを本当に可愛がってるよな」
「荒くれ者の白山で、あれだけのドエライ商売センスを見せつつ、ペットのタコには人情を忘れない……。やっぱりママって、懐が深いぜ」
「当たり前でしょ! アタシを誰だと思ってんのよ!」
ママはフンと鼻を鳴らして胸を張り、再びパウロくんを泣かせたヤツらに冷徹な視線を戻す。
「さあ、パウロを驚かせた罰金よ! お前たち、暴れた分の損害賠償とつばちゃんのビール代、まとめてこの賽銭箱に放り込んでいきなさい!」
『The Wallet』のカウンターには、泥臭いヤジと大混乱の裏側に、確かに温かな人情が流れていたのだった。




