たえこママの、DX(デジタルトランスフォーメーション)- 前編 -
(舞台説明)
ここはメタバース空間にある、とあるバー、店を切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。
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深夜の『The Wallet』
「ちょっとあんたたち、突っ立ってないでサッサと座りなさいよ!」
白山のメタバース空間に佇む、そば屋の居抜きバー『The Wallet』のドアを開けた常連客たちは、その異様な光景に言葉を失った。
カウンターの奥、いつもなら出汁の香りを漂わせているたえこママが、ゲオ(GEO)で仕入れてきたという中古の折りたたみ式Bluetoothキーボードを前に、もの凄い勢いでキーを叩いている。カチカチカチカチ!と、居抜きバーに響き渡る高音の打鍵音。
「マ、ママ……それ、何ですか?」
「なによ、見ればわかるでしょ。我が店のDXよ!」
たえこママは、キーボードから目を離さずにニヤリと笑った。
「最近のスマホは文字が化けてイライラするからさ、ゲオの若い店員に凄んで、このサムスンの両開き端末(Galaxy Z Fold)に買い替えてやったのさ! 本体をローマ字入力にしたら、もう文字化けなんてイチコロよ!」
「いや、でもママ、画面がどこにも……」
常連がママの手元を覗き込もうとすると、ママは頭上の巨大なモニターを親指でビシッと指さした。
そこには、ママのスマホの画面がこれでもかと巨大にミラーリングされていた。
「これなら老眼の私でも、一文字残らず丸見えさ! 伊達に昔、ワープロで親戚一同の年賀状を300枚爆速で刷ってたわけじゃないんだからね! メソッドさえ掴めば、元マラソンランナーの私の脚力……じゃなくて、指の回転力ならお手のものよ!」
「なるほど、ワープロのタイピングの経験が生きてるのか……って、ママ! 画面に変なファイルがデカデカと映ってますよ!」
常連たちが大画面を見上げると、そこにはママがキーボードのショートカットを押し間違えて開いてしまった、門外不出の極秘データが特大サイズで全世界に晒し出されていた。
画面の最上部には、太文字でこう書かれている。
【The Wallet 顧客コンプライアンス管理・取扱説明書(更新中)】
「あ、あらやだ! 企業のガバナンスとしてのリスク管理画面を見ちゃダメじゃないの!」
焦ったたえこママが、両開き端末のディスプレイを直接バシバシとタップするが、ミラーリングされた巨大モニターのせいで、ママが慌てる姿も、常連たちのツケの金額や「直近の怪しい行動」のメモも、すべてが居抜きバーの大画面に映画のように映し出され、店内はまたしても大パニックに陥るのだった――。




