たえこママの、タラモサラダ
(舞台説明)
夜が更けたバー『The Wallet』。
切り盛りするのは、雇われママのたえこママだった。
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カウンターの上には、たみこママが24時間営業のディスカウントストア「ビッグ・エー(Big-A)」で買ってきて、明太子を豪快に混ぜ合わせた特製の「タラモサラダ」が乗っている。
チャイナドレス姿の銀聯先生は、ビンテージの白酒をラッパ飲みしながら、ファーウェイ(HUAWEI)のAndroid端末の画面を高速タップし、中国のSNS「微博」に何やら熱そうに呟いている。
その足元では、うまい棒コーンポタージュ味を握りしめた息子のユニオンペイくんが、すやすやと気持ちよさそうに眠りについていた。
「好ーーーっ!! このママ特製タラモサラダ、ピリ辛で白酒にめちゃくちゃ合うアル! 微博に『日本の白山に神の居抜きバーあり』って投稿したら、一瞬で10万リツイート超えたアルよ!」
銀聯先生がAndroidの画面を光らせて豪快に笑う。
「はいはい、嬉しいけどね、あんた声が大きいよ。ほら、ユニオンペイくんが起きちゃうじゃないの」
たみこママが割烹着のポケットから京セラのガラホを取り出し、時間を気にする。
「もうすぐ深夜2時だよ。明日はお祭りなんだから……」
その時、店の外から「キィィィ……」と、近未来的な電気自動車の静かなブレーキ音が聞こえた。
ガラガラガラ……。
引き戸が静かに、しかし冷徹な緊張感を伴って開く。
入ってきたのは、仕立ての良い漆黒の高級ブラックスーツをまとい、胸元にうっすらと光る「林檎のマーク」をあしらった男──シリコンバレーからの刺客、
Apple Payさんである。
顔立ちは端正、その瞳には世界最高峰のセキュリティを誇る「Face ID」の冷たい光が宿っている。
「……ここが、東洋の島国で噂になっている、白山の居抜きバーか」
Apple Payさんは店内を見渡し、そばの木札に目を留めた。
「チープな佇まい(ローカル店舗)だが……不思議と悪くない暗号化を感じる空間だ」
「おや、いらっしゃい。見慣れないスーツ姿の男前だねぇ」
たみこママが胸のマルチ決済パネルを緑色にチカッと光らせて迎える。
「ママ、彼だよ……!」PayPayくんがゴクリと息を呑む。
「iPhoneユーザーのほぼ全員を従える、決済界のカリスマスタイリッシュ・Apple Payさんだ……!」
Apple Payさんはカウンターの中央に歩み寄り、JCB氏(京都弁)の前に座った。
「バーテンダー。私には、最高に冷えた『ピラコニャーダ(ピニャ・コラーダ)』を。
それと……そこのカウンターにある、明太子がミックスされたポテトサラダを貰おうか」
「はい、Apple Payはん。ようお越しやす。シリコンバレーのハイテクなお口に合いますやろか」
JCB氏が手際よくココナッツの甘いカクテルと、ビッグ・エーのタラモサラダを差し出す。
Apple Payさんはスマートにタラモサラダを口に運んだ。
「……素晴らしい。明太子のピリッとした刺激が、ポテトの糖分をセキュアに引き立てている。まさに完璧なトークナイゼーション(暗号化)だ」
「気に入ってくれたなら嬉しいねぇ」
たみこママが笑顔でグラスを拭く。
すると、白酒で完全に出来上がった銀聯先生が、ファーウェイのスマホを掲げてApple Payさんに絡みにいった。
「おい、そこの林檎の男! 明日の『白山キャッシュレスお祭り』、うちの息子(銀聯QR)とPayPayで爆買い決済を全部支配するアルよ! ユーの入る隙間なんてない的!」
Apple Payさんはグラスのストローを指先で弄びながら、冷徹に、しかし不敵に微笑んだ。
「銀聯先生、お酒が回りすぎているようだね。忘れないでほしい……現実世界の人間たちが、お祭りの屋台でiPhoneを『ダブルクリック』したその瞬間、僕が裏ですべてのカード(Visa、Mastercard、JCB)に変身して、0.1秒で決済を完了させる。QRコードを表示する暇すら与えないさ」
「な、何アルと……!?」銀聯先生のチャイナドレスが怒りで震える。
「そこまでだよ、二人とも!」
たみこママが、愛用の京セラのガラホをパカァァァン!!とカウンターに叩きつけた。
「お祭り前夜に林檎だのQRだのでマウント取り合ってんじゃないよ! Apple Payさん、あんたがどれだけスタイリッシュでもね、明日の屋台の泥だらけのテントの中で、油まみれのソース焼きそばを売る人間たちが、あんたの気取ったシステムを使いこなせるかい?」
Apple Payさんがハッとして目を見開く。
「お祭りに必要なのはね、ハイテクなセキュリティじゃない、誰もが『楽しそう、便利だね』って笑顔になれる分かりやすささ。
あんたのその優秀なシステムを、明日は商店街のおじいちゃん、おばあちゃんたちのために優しく使っておくれよ」
たみこママの割烹着越しから放たれる圧倒的な説得力に、Apple Payさんは静かに目を伏せ、胸の林檎マークを優しく明滅させた。
「……失礼した、ママ。地上の現場(リアル店舗)の熱気を見誤っていたようだ。明日は僕のシステムも、商店街の笑顔のためにフル稼働させよう」
「分かればいいのさ!」たみこママがガハハと笑う。
「さあJCBさん、Apple Payさんにもう一杯、今度はあたし特製の『ホッピー』でも出してあげなさいな。銀聯先生も、微博ばっかりやってないで、寝ちゃった息子さんをソファーに寝かせてあげな!」
白山の居抜きバーの夜は、ハイテクとローカル、そして国境を越えたお酒の熱気と共に、ついに「お祭り当日」の朝へと向かっていくのだった。
(つづく)




