たえこママと、シーギリヤロックへの相棒
(舞台説明)
ここはメタバース空間の、とあるバー、切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。
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深夜の『The Wallet』
「ヒトシくん人形は没収だよ!
あたしが欲しいのはスリランカ旅行なんだから!」
夜のバー『The Wallet』で、たえこママがテレビのリモコンを意気揚々と掲げていた。
なんと、『世界ふしぎ発見!』の特番の視聴者プレゼントで、世界遺産『シーギリヤ・ロック』を巡るスリランカペア旅行券が見事当選したのだ。
「フッ……あの天空の王宮跡の頂上にさ、マックイーンのライダースを着て立ったら、最高にスタイリッシュだと思わないかい?」
ルイ姉さんのような極上のハスキーボイスでうっとりと語るたえこママ。
だが、チケットは「ペア」――つまり、同行者が一人必要だ。
「ママ! スリランカへの旅なら、僕が一番の相棒だ!」
まず名乗りを上げたのは、常連のスマートフォンだった。
画面をフルに明滅させながらプレゼンを始める。
「シーギリヤ・ロックの1200段の階段は過酷だぞ!
僕なら現地の通信環境(eSIM)に一瞬で切り替えて、Googleマップでナビもできるし、頂上での自撮りも4K画質でバッチリさ!」
「甘いな、スマホの兄ちゃん!」
次に割り込んできたのは、交通系ICカードたちだ。
「スリランカの首都はコロンボ、そしてスリジャヤワルダナプラコッテだぞ!
カードネットワークの俺たちなら、旅費のスマートな決済はお手の物さ! 電池切れの心配もないしな!」
「なんだい、みんなして偉そうに!」
そこへ引き戸を開けて、緑色の通知アイコンをチカチカさせた息子のWhatsAppくんまで参戦してきた。
「母ちゃん、スリランカでも僕のアプリはシェアNo.1なんだよ? 現地の人とメッセージのやり取りをするなら、僕を連れていくのが一番に決まってるだろ!」
カウンターを挟んで、ギガと電波が飛び交う大プレゼン大会が始まってバーは大騒ぎ。
常連たちの必死すぎるアピールを前に、たえこママが「誰にしようかねぇ」と贅沢な悩みに浸りながら、スマートフォンの検索画面で現地の座標を調べた、その時だった。
画面にデカデカと表示されたのは、【エラーコード:404 指定されたオブジェクトはまだレンダリングされていません】の文字。
「……あれ? あんたたち、ちょっとこれ見ておくれよ。このメタバース世界、まだシーギリヤ・ロックのデータが実装されてないよ」
「「「ええええええーーーっ!?」」」
バーの面々も、ママも、あまりの衝撃の事実に全員まとめて目が点になり、大びっくり。
世界遺産の岩山どころか、そこにあるのはただのポリゴンの更地だったのだ。
「なんだい、期待させといてこれかい! 旅行券があっても、行く世界がないじゃないの!」
あまりのショックと悔しさから立ち直るため、たえこママはガシッと大きな炊飯釜を引き寄せた。
「あーもう、やめたやめた! 行けないなら、ここでスリランカを味わうまでさね! ちょうどビッグ・エーの特売で鶏肉とスパイスを仕込んであるんだ。今夜は特製の『ビリヤニ風な炊き込みご飯』だよ!」
悔しさを吹き飛ばすように、ドバドバとスパイスを投入して米を炊き始めるたえこママ。
そして、カウンターの上で未だに「世界遺産」の画面を表示したままフリーズしているスマートフォンから、パシッとリモコンを取り上げた。
「はい、おしまい! スーパーヒトシくん、没収だよ!!」
「ママ、八つ当たりはやめてくれよー!」
数十分後、店内にはインディアンスパイスの刺激的で芳醇な香りが立ち込め、常連客たちのお腹の虫が一斉に鳴り響いた。
メタバース空間の元そば屋のバーは、今夜も行けなかった天空の王宮に思いを馳せながら、どこか懐かしい炊き込みご飯の湯気と、大爆笑の声に包まれて更けていくのだった。




