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たえこママと、国際ロマンス詐欺師

(舞台説明)


ここは、メタバース空間のとあるバー、切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。


———————————————————————-


深夜の『The Wallet』


噺は、更に遡って



「ママ、僕の価値(愛)は、いつだって右肩上がりさ。君のハートのブロックチェーンを、僕と永遠に繋いでみないか?」


メタバース空間、白山にある、そば屋の居抜きバー『The Wallet』のカウンターで、熱烈なプロポーズが響き渡った。


声を上げているのは、全身が金ピカに輝く3Dアバターの男。


名前を「ビットコインさん」という。


彼は、たえこママのふくよかな手を両手で包み込み、これでもかと甘い吐息を漏らしている。


「あら、ずいぶんと景気がいい男じゃないの。あたしを口説くなんて、百年早いよ」


たえこママは、そう言いながらも、口元を緩ませてスマートフォンを眺めていた。画面には、ビットコインさんから送られてきたという、海外の超豪華なタワーマンションの画像が表示されている。


「本当さ、ママ。僕は今、ドバイの高級メタバースリゾートを開発するプロジェクトのCEOを任されているんだ。


君のような美しい女性に、そば屋の居抜きなんて狭い店は似合わない。


僕がドバイの宮殿へ連れて行ってあげる。……ただね、ちょっとだけ、プロジェクトの送金システムの手数料が足りなくて、口座が凍結されそうなんだ。


ママのその『お財布(The Wallet)』から、少しだけ立て替えてもらえないだろうか?」


その言葉を聞いた瞬間、カウンターの端で『特製トマトおでん』をつついていた常連客の男が、勢いよくハイボールのグラスを置いた。


「ちょっと待って、ママ! それ、絶対に国際ロマンス詐欺だって!」


「そうよママ!」


隣にいた女性の常連客も、身を乗り出す。


「SNSで知り合った金持ちの外国人が、甘い言葉で騙して、最終的に『手数料』とか『投資』の名目で現金を振り込ませる手口! まんまそれじゃない! ニュースでやってたわよ!」


「ええ? 詐欺ぃ?」


たえこママは、スマホから目を離して首を傾げた。


「でもさ、このビットコインさん、あたしのギャンブル癖の愚痴も優しく聞いてくれるし、確定申告の罠についても、一緒に怒ってくれたんだよ? いい奴じゃないの」


「それが手口なんだってば!」


常連客の男が、自分のスマホを操作して、ビットコインさんのアバター画像を画像検索にかける。


「ほら、見てみろよ! この『ビットコインさん』ってアバター、海外の無料配布3D素材じゃん! 中身はドバイのCEOどころか、どこの誰だかもわからない奴だよ!」


「えっ」


たえこママの動きが止まる。


常連客の女性も追撃をかける。


「URLも見て! ママが送金しようとしてるそのサイト、アドレスの末尾がめちゃくちゃ怪しいわよ。公式の金融機関の偽サイト、いわゆるフィッシング詐欺のページよ! ママ、その『お財布(The Wallet)』の中身、全部抜かれちゃうわよ!」


常連客たちの必死の説得と、突きつけられた決定的な証拠。


バーの店内に、一瞬の静寂が訪れた。


国際ロマンス詐欺の、発覚である。


騙されていたことに気づいたたえこママの顔から、みるみるうちに笑顔が消え、代わりに、いつもの「凄み」がみなぎっていく。


「……へぇ」


低い声が、そば屋の居抜き特有の木造の壁に反響した。


たえこママは、ビットコインさんに握られていた手を静かに引き抜くと、カウンターの下から、使い込まれた大きな「お玉」を取り出した。


コン、と、お玉の底でカウンターを叩く。乾いた音が店内に響いた。


「おい、金ピカ」


「は、はい?」


ビットコインさんのアバターが、一歩後ろに引く。


「あんたさぁ、あたしのギャンブル癖を笑って聞いてくれてると思ったら、あたしの『お財布』をハッキングする下調べをしてたってわけかい」


「いや、それは誤解で、僕たちの愛は……」


「うるさいよ!」


たえこママの、威勢のよい、ゲキが飛んだ。


「ドバイの宮殿だか何だか知らないけどねぇ!

実体のないスカスカな男の甘い言葉なんて、あたしの『特製トマトおでん』の出汁だしにもなりゃしないんだよ! システム手数料をケチるようなケチな詐欺師が、あたしの『The Wallet』に触ろうなんて、一億年早いんだよ!」


「ひ、ひえっ!」


「ほら、とっととログアウト(退店)しな! 二度とそのツラ、メタバース白山に見せるんじゃないよ!」


たえこママがお玉を大きく振りかざすと、ビットコインさんは恐怖に顔を歪め(そんなエフェクトを出しながら)、慌ててメニュー画面を開いて、光の粒子となって消え去っていった。


嵐の去った店内に、常連客たちの拍手が湧き起こる。


「さすがママ、かっこいい!」


「いやあ、一時はどうなるかと思ったよ」


たえこママは、ふぅ、と大きくため息をつくと、お玉を引っ込めて、いつもの優しいママの顔に戻った。


「やれやれ、お騒がせしたねぇ。みんな、教えてくれてありがとう。お礼に、今日はタラモサラダをサービスするよ」


「やった!」


「やっぱり、ママのお財布は、僕たちの憩いの場じゃなきゃね」


メタバースの夜空の下、そば屋の居抜きバー『The Wallet』には、今日も常連客たちの温かい笑い声が響くのだった。

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