たえこママと、まさかの3人(元、夫)
(舞台説明)
ここは、メタバース空間のとあるバー、切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。
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深夜の『The Wallet』
噺は、遡って
「……え、ちょっと待ってママ。聞き間違いじゃなければ、今『元夫』って言わなかった?」
メタバース空間、白山にある、そば屋の居抜きバー『The Wallet』の空気は、完全に凍りついていた。
カウンターの端でハイボールを飲んでいた常連の男は、グラスを口元に止めたまま、唖然としてたえこママを見つめている。
「言ったよ。あたしに離婚歴があるのがそんなに珍しいかい? 人生いろいろあるんだよ」
たえこママは、使い込まれたお玉を片手に、何でもないことのようにフッとため息をついた。
常連の女性客が、身を乗り出して尋ねる。
「いや、珍しいっていうか、ママを射止めた男がどんな奴だったのか気になって! どんな人だったの?」
「どんな人、ねぇ……」
たえこママがカウンターの隅にある、店の決済用Terminal(端末)に目を向けた、その時だった。
店の扉が開く。
「やあ、たえこ。風の噂で、君が国際ロマンス詐欺に引っかかりそうになったと聞いてね。相変わらずセキュリティが甘いと思って、様子を見に来たよ」
現れたのは、仕立てのいい高級スーツに身を包み、冷徹そうな眼鏡を光らせた男。
国際決済ネットワークのセキュリティ専門家であり、たえこママの【最初の夫】。通称、カードさん。
常連たちが「うわ、なんかエリートっぽい奴が来た!」と息を呑んだ瞬間、またドアが開いた。
「おいおい、カード。たえこの『お財布(The Wallet)』を守れるのは、キャッシュレス決済の最先端を走る僕だけだよ。たえこ、久しぶり。僕のシステムにアップデート(復縁)する準備はできたかい?」
次に現れたのは、派手なブランド物のジャケットを着た男。
大手決済サービス『ペイペイ・システムズ』の敏腕CEOであり、たえこママの【2番目の夫】。通称、ペイさん。
「ちょっと二人とも、僕の声を無視して店に入らないでくれよ」
さらに続いて入ってきたのは、信じられないほどの超美声を持つ男。
店の決済端末の「ピピッ、決済が完了しました」という音声ガイダンスの声を担当している声優、たえこママの【3番目の夫】。通称、トオルさん。
カウンターに一列に並ぶ、決済会社関係の男、三人。
あまりの濃いメンツの登場に、常連の面々は驚愕し、完全に啞然として言葉を失っていた。
「ちょ、ちょっとママ……! 元旦那が、三人も同時に来たんだけど!?」
常連の男が震える声で叫ぶ。
「しかも全員、お店の決済端末(Terminal)の関係者じゃないのよ! だからこのお店、名前が『The Wallet(お財布)』なの!?」
常連の女性も、パズルのピースが繋がった衝撃で頭を抱えた。
三人の元夫たちは、たえこママを巡って、互いに火花を散らし始める。
「たえこ、僕のセキュリティがあれば、君のギャンブル癖も確定申告の罠も、すべてデータで完璧に管理して守ってあげられる」とカードさんが言えば、
「いや、たえこのお財布を一番潤せるのは、僕の会社のポイント還元サービス(ペイペイ)だ!」とペイさんが札束をちらつかせる。
「二人ともやめなよ。たえこが一番愛しているのは、僕のこの低音ボイスさ」とトオルさんが美声で囁く。
カウンターの中で、三人の男たちの不毛なアピール合戦を黙って聞いていたたえこママは、静かに、お玉をギュッと握りしめた。
コン、と、お玉の底でカウンターを叩く音が、店内に重々しく響く。
「……あんたたちさぁ」
たえこママの、冷ややかな声に、三人の男たちが一斉にビクッと肩を震わせた。
「あたしのウワサを聞きつけて、わざわざメタバースの白山まで何しに来たかと思えば、店の中で営業を始めるんじゃないよ。
カード、あんたの冷たいセキュリティ管理にはヘドが出るんだよ。ペイ、あたしはあんたのポイント還元より、泥臭い人情が好きなんだ。トオル、あんたのその美声は、お店の端末の自動音声だけでお腹いっぱいだよ!」
たえこママの、威勢のよい、ゲキが飛んだ。
「だいたいねぇ! 三人揃ってごちゃごちゃ五月蝿いんだよ! あんたたちみたいな過去の男どもはね、あたしの『特製トマトおでん』の出汁にもなりゃしないんだよ! とっとと一括決済(退店)しな!」
「ひ、ひえっ!」
「相変わらず、怒った顔も素敵だけど……退散だ!」
「また音声ガイダンスの中で会おう、たえこ……!」
三人の元夫たちは、たえこママの迫力に圧倒され、慌ててログアウト(退店)し、光の粒子となって消えていった。
嵐が去り、再び静けさが戻った店内で、常連客たちはパチパチパチと、恐る恐る拍手を送る。
「ママ……凄すぎるよ。元旦那三人をお玉一つで追い払うなんて」
「でも、なんで全員、決済会社の人だったの?」
常連の質問に、たえこママはフッと優しい顔に戻り、ぽつりと言った。
「そりゃあ、あんた、あたしの天賦の才は『お財布(The Wallet)』を開かせることだからね。類は友を呼ぶってやつさ。ほら、お騒がせしたね、みんな。冷めないうちにトマトおでん、おあがりよ」
「やった!」
常連たちの笑い声が、再び居酒屋の店内に満ちていく。元夫たちのTerminal(端末)の画面には、「決済完了」の文字が静かに灯っていた。




