たえこママと、元カレ 話は遡って
(舞台説明)
ここは、メタバース空間のとあるバー、切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。
———————————————————————-
深夜の『The Wallet』
噺は、遡って
「いやぁ、ママの『豚の生姜焼き亭主』、本当にエバラのタレとは思えないくらい美味かったよ」
お昼のランチ営業が落ち着いた『The Wallet』のカウンターで、常連の男が満足げにお腹をさすっていた。
たえこママは「だから言ったじゃないの。トップバリュの生姜チューブは万能なんだよ」と笑いながら、使い込まれたお玉を磨いている。
そんなのどかな午後の空気を破るように、カランコロン、と店のドアが勢いよく開いた。
「ハロー、たえこ! 遥か海の向こうから、君のウワサを世界中に転売……いや、聞きつけて、はるばるやってきたよ!」
現れたのは、星条旗柄のネクタイを締め、両手に大量の怪しいヴィンテージ品を抱えた、いかにもアメリカンな雰囲気の男だった。
常連の面々が「えっ、今度は外国人……!?」「いや、アバターの名前が『ebay』になってるぞ!」と驚愕し、唖然とする。
「ちょっと、あんた……ebayじゃないの。何しに来たんだい」
たえこママが露骨に嫌そうな顔をする。
「ママ、知り合いなの!?」
常連の女性客がパニック気味に叫ぶと、ebayさんは白い歯をキラーンと輝かせて言った。
「オーウ、彼女とは結婚一歩手前までいった、最高にエキサイティングな元カレ(EX-BOYFRIEND)さ! たえこ、僕の運営するグローバルなオークション(ebay)に出品されないかい? 君の『常連を癒やす天賦の才』なら、世界中のバイヤーから入札が殺到して、最高値で落札されるはずだ!」
世界規模の元カレの登場に、バーの店内は大騒ぎ。
「ちょっとママ! 元旦那三人だけでも決済エラーが起きそうなカオスだったのに、今度は海外のオークションサイトの元カレまで出てくるなんて、この店どうなってんの!?」
常連の男が頭を抱える。
「たえこ、僕の愛の最高入札額(最高価格)は更新され続けているよ! さあ、君のその『お財布(The Wallet)』を僕の国際決済システムとリンクさせて、一緒に世界へ飛び出そう!」
ebayさんは大袈裟なジェスチャーで、ママに怪しいレアもののツボを差し出してきた。
だが、たえこママはフッと鼻で笑うと、磨き上げたばかりのお玉をパシッと握り直した。
コン、と、カウンターにお玉の底を叩きつける。
「おい、イーベイ」
「は、はい、たえこ?」
「あんたさぁ、昔から世界だのグローバルだの言ってたけど、中身はただの『転売ヤー』じゃないの。
あたしはね、メタバースの白山で、ビッグ・エーの特売肉をエバラのタレで炒めて、常連のみんなに『美味い』って言ってもらう生活が一番幸せなんだよ」
たえこママの、威勢のよい、ゲキが飛んだ。
「だいたいねぇ! 英語混じりでごちゃごちゃ五月蝿いんだよ! 送料と関税が余計にかかるような面倒くさい男はね、あたしの『特製トマトおでん』の出汁にもなりゃしないんだよ! あんたなんか、最低落札価格(ゼロ円)で即決(即退店)しな!」
「オーマイガー! 相変わらずの塩対応、プライスレス(プライスレスの罠)だ……!」
ebayさんはたえこママの迫力にビビり散らし、抱えていたヴィンテージ品をガラガラと落としながら、慌ててログアウト(退店)し、光の粒子となって消え去っていった。
「ふぅ、全く、どいつもこいつもあたしの『The Wallet』を狙いおって」
たえこママがため息をつくと、常連客たちはドッと爆笑した。
「最高だよママ! 国内の決済会社だけじゃなくて、海外のECサイトまでフッちゃうなんて、ママのお財布のセキュリティは世界一だね!」
「当たり前さ。ほら、騒いだらお腹が空いたろ? 残った生姜焼き、温め直してあげるから、みんなで食べな!」
「やったーー!」
世界規模のカオスを乗り越え、そば屋の居抜きバー『The Wallet』には、エバラ焼肉のタレの香ばしい匂いと、常連たちの幸せな笑い声がいつまでも響き渡るのだった。




