たえこママと、紫式部
(舞台説明)
ここは、メタバース空間の、とあるバー切り盛りするのは、雇われママのたえこママであった。
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深夜の『The Wallet』
店内は千代の一番の出汁の香りと、Mastercard先生の和風ミートパイの香ばしい匂いがブレンドされ、最高の食欲をそそる空間になっている。
そこへ、ガラガラと引き戸が開く。
入ってきたのは、高貴な十二単を着ているにもかかわらず、沖縄のビーチ帰りのように健康的に日焼けした女性──二千円札の精霊、紫式部さんだ。
「いとエモき香りに誘われて参ったぞよ……。メンソーレ、白山の皆さん」
紫式部さんが、お土産の『紅芋タルト』の箱をカウンターにドンと置いた。
「現実世界では沖縄のATMからしか引き出してもらえぬ我が身……。寂しさのあまりメタバースを彷徨っていたら、この店に辿り着いたのじゃ。ほれ、皆でこの紅芋タルトを食べるがよい」
「わぁ! 紅芋タルトだ、おいしそう!」
PayPayくんやユニオンペイくんが目を輝かせる。
「……待って。ありがたいけれど、大問題が発生している」
Suicaくん(東京)がモスコミュールのグラスを置き、鋭い視線を紫式部さんに向けた。
「ここはキャッシュレスのバー『The Wallet』だ。キャッシュ(現金)の、それも今や幻と言われる二千円札のあんたが、どうやってここで飲食の決済(支払い)をするつもりだい?」
「そうアル!」銀聯先生も白酒を片手に立ち上がる。
「うちの息子のQRコード(銀聯QR)も、Apple Payさんも、みんなデジタルアル! お札のあんたを受け入れるスリット(端末)なんて、この店にはないアルよ!」
「おやおや……それは困りましたな」
JCB氏(京都弁)も困惑し、バーの中は「現金お断り(?)のキャッシュレス大論争」に発展。紫式部さんは「そなたたち、冷たいぞよ……」
としょんぼりして、紅芋タルトを抱きしめて泣きそうになってしまう。
「──あんたたち、いい加減にしなさいよ!!」
パカァァァン!!!
たみこママが、ドコモのらくらくホンをカウンターに叩きつけた。液晶には【お札も大事な人間のお金】とデカデカと表示されている。
「ママ……でも、うちのシステムが現金に非対応どすえ」PiTaPaさんがおっとり言う。
「何言ってるんだい! あたしを誰だと思ってるのさ!」
たみこママは割烹着のポッケかららくらくホンを仕舞うと、厨房から焼き立ての素晴らしい料理をカウンターに並べた。
それは、ママがビッグ・エーで買ってきた**冷凍ウナギと、特売のタマゴ、そしてシャキシャキのきゅうりで作った、熱々の『ウナ巻き(うなぎの卵巻き)』と、さっぱりとした『うなきゅう(うなぎときゅうりの酢の物)』**だ。
「ほら、紫式部さん、お腹が空いてるんだろ? まずはこれを食べなさいな」
紫式部さんがウナ巻きを一口頬張る。
「……いと、いとうましーーーっ!! 濃厚なウナギの脂を、特売とは思えぬタマゴの優しさが包み込み、きゅうりの清涼感が完全に我が心をTheorem(定理)しているぞよ!」あまりの美味さに紫式部さんの口から光のビーム(平安風)が飛び出す。
「みんな、よーくお聞き」
たみこママは紫式部さんの肩を優しく抱いた。
「あんたたちがどれだけ最新のデジタルだの暗号化だので気取っていてもね、日本のキャッシュレスの歴史を一番最初(2000年)に、ミレニウム記念として盛り上げようとしたのは、この二千円札の紫式部さんなんだよ!
二千円札が自動販売機やATMで使えなくて苦労したあの歴史(インフラの壁)があったからこそ、あたしたち決済端末は『どんなものでも受け入れなきゃいけない』って勉強して、今のマルチ決済が生まれたんじゃないのさ!」
ママの言葉に、PayPayくんもSuicaくんもハッとして目を見開いた。
「現金かデジタルかなんて、そんなちっちゃい境界線で、沖縄からわざわざ紅芋タルト持ってきてくれたお客さんを追い出すんじゃないよ。
紫式部さんの支払いはね、あたしが現実世界のビッグ・エーのレジ裏の金庫で、ちゃんと手作業で二千円札を両替して、店の売上に一括チャージしておくから心配いらないよ!」
「ママ……! あっぱれ、いと尊き包容力ぞよ……!」
紫式部さんは、扇で顔をかくし、ボロボロと涙を流し、日焼けした顔をほころばせた。
「フッ……完敗だな。ママの端末は、歴史の互換性まで完全に対応している」Apple Payさんも深く感銘を受けて深く頷いた。
「よし! 話が決まったら、今夜は紫式部さんの紅芋タルトと、ママ特製のウナ巻きをアテに、JCBさんの仕込んだ『泡盛の出汁割り』で大宴会だよ!
現金も、バーコードも、電子マネーも、今夜はみんなで『ちゃんぷるー(ごちゃ混ぜ)』さ! 乾杯!!」
「イエス、マーム!」
「ハオラー、ハオラー!」
たみこママの優しさとウナギの香ばしい匂いに包まれて、白山の居抜きバーは、小麦色の平安美人と共に、どこまでも温かく、賑やかな南国の風に満たされて更けていくのだった。




