たえこママの、デカ文字 取説
(舞台説明)
ここは、メタバース空間のとあるバー、切り盛りしているのは、雇われママの、たえこママであった。
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深夜の『The Wallet』
たみこママが新調したドコモの「らくらくホン」の画面を真剣な顔でポチポチと押している。
しかし、文字サイズが「極大」になっているため、カウンターの端にいるSuicaくんにまで、その内容がハッキリと見えてしまっていた。
「……おい、PayPay。ちょっとママの画面を見てみろ」
Suicaくん(東京)がモスコミュールを片手に、隣のPayPayくんに目配せする。
「え? なになに……うわ、文字がデカすぎて僕の席からでも読めるよ!
【コキャク・カルテ】って書いてある!」
PayPayくん(バーコード)が身を乗り出す。気づけば、カウンターの面々(au PAYくん、nanacoさん、WAONさん、JCB氏)も全員、ママの画面をじーっと凝視していた。
画面には、スクロールするたびに巨大な文字で、バーの常連たちの「営業用マル秘データ」が映し出されていく。
【カルテNO.1:PayPayちゃん】
押しに弱く、お祭り(キャンペーン)を始めるとすぐ財布がガバガバになる。
夕方、学生の割り勘で凹む癖あり。その夜は「レモンサワー・メガサイズ」を出すと一発で機嫌が直る。
営業メールのコツ:『今夜は来店ポイント2倍だよ♪』と送ると秒速で飛んでくる。チョロい。
「ちょ、ちょっとママ!? チョロいって何さ!?」
M
PayPayくんが真っ赤になって叫ぶが、たみこママは物理キーの押し込みに夢中で気づかない。画面は次に進む。
【カルテNO.2:Suicaくん】
0.1秒の男とか言ってるけど、実は超寂しがり屋。いつも一番奥の暗い席に座るのは、みんなに声をかけてほしい裏返し。
ペンギンのグッズを褒めると、トレンチコートの襟を立てて照れる。可愛いところがある。
営業メールのコツ:『たまには2秒くらい立ち止まりなさい』と送ると、愚痴を言いながらバーボンを飲みに来る。
「……っ!?」
Suicaくんがモスコミュールを吹き出しそうになり、慌ててトレンチコートの襟を立てて顔を隠した。隣でICOCAくん(大阪)が「ヒューヒュー! 寂しがり屋のスピードスターやんけ!」と爆笑している。
【カルテNO.3:銀聯の姉さん】
ビンテージの白酒を飲むと微博の投稿が止まらなくなる。
寂しくなると息子のユニオンペイくんを連れてくるが、ママの『うまい棒コーンポタージュ味』で息子共々簡単に手懐けられる。
営業メールのコツ:『ビッグ・エーのポテサラ入ったよ』で爆買いの波が来る。
「ハオラー、ハオラー! ママ、私の取扱説明書を完全に暗号化してるアルね!」
ソファー席で白酒を飲む銀聯先生も、タラモサラダを突きながら大爆笑。
さらに画面は、
JCB氏のカルテ【海外帰りの客に優しくするとすぐ響をサービスしてくれる】や、
Apple Payさんのカルテ【スタイリッシュに見えて、おでんのちくわぶをハメ込むとFace IDがフリーズする】など、
バーの全員の弱点と営業ルートが、らくらくホンの巨大文字で次々と白日の下に晒されていく。
「──ちょっとあんたたち、さっきから何を見てるんだい!?」
パカァァァン!!!
たみこママが、ついにみんなの視線に気づき、らくらくホンを本日一番の力強さで閉じた。
一瞬で静まり返る店内。
「ママ……あの巨大な文字のカルテは一体……」
au PAYくんが恐る恐る尋ねる。
「何さ、見られちゃったならしょうがないねぇ」
たみこママはフッ、とベテランの不敵な笑みを浮かべると、割烹着のポッケにらくらくホンを仕舞い、カウンターに両手を突いた。
「これがないとね、毎日の営業メールも打てやしないのさ。
あんたたちが reality の世界でどれだけ意地を張って、スピードだの、ポイントだの、セキュリティだので競い合っていてもね。
この白山の居抜きバーに来たときは、みんな等しくお腹を空かせて、愚痴を言いたい『可愛いお財布の迷子たち』なんだよ。
あたしが一人ひとりの癖をこうしてらくらくホン(手帳)にメモして、お酒を合わせて、居心地を良くしてあげなきゃ、誰があんたたちのギスギスした心をマルチ決済(一括チャージ)してあげるって言うんだい?」
ママの、らくらくホンの文字サイズよりもさらに巨大な「愛の営業戦略」に、PayPayくんもSuicaくんも、今度は感動の涙を流した。
「ママ……やっぱりママは、僕たちの最高のメイン端末だよ……!」
「フッ……完敗だな。僕の0.1秒のシステムでも、ママの愛のカルテの深さは読み取れなかった」
「分かればいいんだよ、分かれば!」
たみこママはガハハと笑うと、大鍋から熱々のおでんの大根をみんなに配った。
「さあ! 営業秘密を覗き見た罰として、今夜は全員、あたしのらくらくホンから送る『今夜の裏メニュー・明太チーズたこ焼き』のメールに、全員『了解』のボタンを押して、朝まで飲み明かすんだよ!」
「イエス、マーム!」
「了解だワン!」
白山の古びたそば屋の夜は、ママのらくらくホンの明るいバックライトと、常連たちの温かい笑い声に包まれて、どこまでも優しく更けていくのだった。




