【Cheat Ability No.80】虚飾の残像・真実の回帰(ファントム・リターン)
神殿の上空では、「記憶の改竄」の石を握りしめたルミナリエ様と、「秩序の杖」を構えたノクティカ様が、因果の嵐の中で激突を続けていました。
「私はプリンの妖精! 昨日の失態なんて最初から存在しないわ!」
「デタラメを言わないでくださいルミナリエ様! すべての事象は背の順に、正しく並ぶべきなのです!」
ルミナリエ様が嘘を現実に上書きしようとすれば、ノクティカ様がそれを必死に「事実」の列に整列させようと杖を振るいます。矛盾した力が衝突しすぎた結果、空間は歪み、色彩は反転し、神殿の柱が次々と
「立方体のプリン」へと姿を変えていきました。世界が完全に混沌に飲み込まれようとした、その時。
「……喧しいわね。聖なる静寂を汚す不届き者が」
その声は、嵐を切り裂くようにして響きました。混沌の渦の中心に、一人の女神が姿を現します。
黒を基調とした、どこか修道服を思わせる荘厳なドレス。背後には、かつて悪魔族であった名残である、漆黒の羽が数枚、静かに舞い落ちています。彼女こそ、かつてフェアカさんが勇者だった時代に、聖女セレーナと共に浄化討伐した元悪魔族の殉教使徒。今は混沌を司る女神となった、エルシィ様でした。
ルミナリエ様とノクティカ様が、その圧倒的な神気に動きを止めます。混沌の女神が現れたのだと、誰もが、さらなる破壊と混乱を予感しました。
しかし、エルシィ様は静かに右手を掲げただけでした。
「虚飾は、真実の前に跪きなさい」
彼女の指先から放たれたのは、暗黒の奔流ではありません。それは、透き通るような、けれど全てを包み込むほどに深い、藍色の光でした。
その光が触れた瞬間、プリンに変えられた柱は瞬時に元の石造りへと戻り、反転していた色彩は鮮やかに蘇ります。ルミナリエ様の嘘は霧のように消え去り、ノクティカ様の秩序の杖は、そのあまりに強大な「真実」の光に圧されて輝きを失いました。
それは、混沌の女神がもたらしたとは信じがたい、静謐で、そして理不尽なほどに美しい、「場のおさめ方」でした。彼女は混沌を以て混沌を制したのではなく、圧倒的な「真実」という混沌で、矮小な嘘と秩序を、ただの残像へと帰したのです。
「……チッ。相変わらず、趣味の悪い美しさね」
フェアカさんは、ワゴンの接客用カウンターにある小窓からエルシィ様と視線を合わせ、小さく舌を打ちました。エルシィ様は、かつて自分を討伐した勇者の姿に気づくと、冷ややかな笑みを浮かべます。
「あら、懐かしい気配だわ。……セレーナ様は、まだ銀のペンダントの中で、人間の娘と甘ったるい冒険ごっこを続けているのかしら?」
フェアカさんの手が、一瞬だけ止まります。聖女セレーナの熱狂的な信者であるエルシィ様には、セレーナ様が今、日和という娘と冒険中であることは伏せていたはずでした。
「……何の話かしら。セレーナ様は、疾うの昔に天に召されたわよ。……この場をおさめた代償として、あなたのその『混沌っぽくない美しさ』、少し削らせてもらうわね」
フェアカさんは、帳簿に「成約」の文字を刻み込みました。エルシィ様が放った「真実の回帰」の余波を、代償として回収したのです。
「フン、相変わらず抜け目のない商売人ね。……セレーナ様に、伝えなさい。私が、この混沌とした世界を、彼女が愛した『美しさ』だけで満たしてみせると」
エルシィ様は、ルミナリエ様とノクティカ様を一瞥すると、黒い羽と共に夜空へと消えていきました。
フェアカさんは、窓を静かに閉めます。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。真実の光、虚飾の終焉、それと過ぎ去った日々の残像。……元悪魔が聖女を崇拝する混沌。……返品不可なのは、あなたのその執着心の方かもしれないわね」
ご拝読ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
衝突する秩序と改竄の前に現れたのは、かつての宿敵・エルシィ様でした。彼女がもたらした「真実」の光は、混沌を司る神とは思えぬほどに美しく、そしてフェアカさんにとっては、少しだけ苦い過去を思い出させるものでしたね。




