【Cheat Ability No.71】強制理解型・沈黙の対話(サイレント・レクチャー)
ワゴンの横に展開された亜空間――『どこでも講習』の入り口からは、先ほどの逆張り少年と反射男の「お話を聞かなかった罪」を償う絶叫が、防音魔法を突き抜けて微かに漏れ聞こえていました。
そんな地獄の隣に、何も知らない次の客がやってきます。
「フェアカさん! 俺、とにかく死なない『丈夫な体』が欲しいんです! どんな攻撃を食らっても傷つかない、金剛石のような……」
「……あー、もういいわ。座りなさい」
フェアカさんは客の言葉を遮ると、有無を言わさぬ手つきでカウンターから身を乗り出し、粘着性の高い魔法のテープで客の口をバツの字に塞ぎました。
「むぐっ!? むぐぐっ!?」
「いい? 黙って聞きなさい。あなたが求めているのは『金剛不壊・不動の肉体』。確かに刃も通さないし、病にもかからない。でもね、このチートは『代謝を完全に停止させる』ことで強度を得るの。つまり、あなたは一切の怪我をしない代わりに、食事も、排泄も、……そして呼吸すらも必要なくなる。肉体が文字通りの『物質』と化すのよ。一度発動すれば、あなたの心臓は二度と動かない。ただの石像として永劫の時を過ごすことになるわ。それでもいいのね?」
物理的に口を塞がれ、フェアカさんのドスの利いた説明を最後まで叩き込まれた客は、顔を真っ青にして激しく首を横に振りました。
「……あら、買わないのね。賢明な判断だわ。お代はいらないから、さっさと帰りなさい」
フェアカさんがテープを剥がしてやると、客は脱兎のごとく逃げ出していきました。それと同時に、ワゴンの横の黒い渦が消滅します。中から這い出してきたのは、精神の形が変わるほど叩き直された、かつての「逆張り少年」と「反射男」でした。
泥をすすり、規律の海に三百年(体感)沈められた彼らの瞳には、かつての傲慢な光など微塵も残っていません。しかし、その更生ぶりは、フェアカさんの想像の斜め上を行くものでした。
「フェアカ様! 次の一歩を踏み出してよろしいでしょうか!? 地面の硬度を確認し、公序良俗に反せぬ歩幅にて前進する許可を!」
逆張り少年が、震える足を空中で止めたまま、血走った目でフェアカさんの裁定を待ちます。
「……え? ええ、勝手に歩きなさいよ」
「ありがとうございます! では、一歩進みます! ……あ、フェアカ様! 肺胞に酸素を取り入れる許可を! 呼吸という生命維持活動、続行してもよろしいでしょうか!」
「私はあんたの自律神経の管理者じゃないわよ! 好きに吸いなさいよ!」
フェアカさんは、あまりの面倒くささにこめかみを押さえました。隣では反射男が、恭しく鏡を布で包み込み、跪いています。
「フェアカ様……。この鏡を使用する際、光の反射角が他者の迷惑にならぬよう、全宇宙の調和を乱さぬよう、その都度ご報告に伺ってもよろしいでしょうか!? 先ほどの講習内容、一字一句違わず心に刻んでおります!」
「……。…………。」
フェアカさんは、深すぎる溜息とともにカウンターに突っ伏しました。話を聞かないのも困りますが、一挙手一投足に許可を求められるのは、商売以前に精神的な嫌がらせに近いものがあります。
「あのね……あんたたち。私は『自分の頭で考えて行動しろ』って教えたはずなんだけど。……はぁ、もういいわ。勝手にしなさい」
「勝手にする許可、いただきました! ありがとうございます!」
「許可を確認! 感謝の念を捧げる許可を!」
「もう! さっさと異世界にでもどこにでも行きなさいよ!」
フェアカさんは、自分を教祖か何かのように崇める二人の元問題児を、箒で掃き出すようにゲートへと追い払いました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。過剰な敬意、失われた自律、そして終わらない確認作業。……教育ってのは、塩加減が一番難しいわね」
フェアカさんは、ようやく訪れた静寂の中で、冷え切った紅茶を飲み干しました。
ご拝読ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
アフターケア(講習)の結果、意志を放棄した「許可待ち勇者」を生み出してしまったフェアカさん。彼女の頭痛の種は、異世界から届くであろう大量の「確認の念話」になりそうですね。




