【Cheat Ability No.65】無意識下・強制安眠(オールナイト・スリープ)
「フェアカちゃーん! 大変、大変なのよぉ! 最近のエモ不足のせいで、私、夜も眠れないの!」
ワゴンに駆け込んできたのは、相変わらず派手な後光を背負ったルミナリエ様でした。彼女はカウンターに身を乗り出し、クマのない綺麗な顔で大げさに嘆いています。
「眠れないなら羊でも数えていればいいじゃない。……と言いたいところだけど、あいにく今は日和がいなくて、私の機嫌が底辺なの。さっさと商品を選んで帰ってちょうだい」
フェアカさんはやる気なさげに、けれど手早く「日常生活系チート」のカタログを広げました。
「これよ、これ! 『どこでも寝れる』チート! これがあれば、退屈な神界会議の間も、エモいドラマの待ち時間も、いつでも極上の眠りにつけるじゃない?」
「いいわよ、『どこでも寝れる』ね。……正確には『環境適応型・強制安眠』。周囲の騒音や不快感を遮断して、強制的に深い眠りに落ちるチートよ。代償として、あなたの『警戒心』を天界銀行に預けてもらうけれど、いいわね?」
「いいわよ、そんなの! 私、女神だし、誰も襲ってこないもん!」
ルミナリエ様は意気揚々と契約書にサインし、その場でチートを発動させました。すると彼女は、まるで糸が切れた人形のように、ワゴンの床に倒れ込んで爆睡し始めました。
フェアカさんは、眠り続けるルミナリエ様のポケットから、彼女が大切にしていた「限定版エモい恋バナ記録帳」を抜き取り、さらに彼女の顔にマジックで「肉」と落書きしました。しかし、ルミナリエ様はピクリとも動きません。
「……『フェアカさん、それ、ルミナリエ様が起きたらめちゃくちゃ怒るんじゃ……』なんて、あの子の声が聞こえてきそうね」
フェアカさんは、そこにいない日和のツッコミを幻聴のように思い出し、少しだけ懐かしそうに、そして寂しそうに微笑みました。
「いい? ルミナリエ様。このチートは『どんな刺激があっても起きない』ことで安眠を確保するもの。つまり、眠っている間に財産を盗まれようが、顔に落書きされようが、神界が滅亡しようが、あなたは絶対に起きられない。……目覚めた時には、全てを失っているかもしれないわね」
フェアカさんは、スースーと寝息を立てる女神をワゴンの外へ放り出しました。
「あ、そちらのお客様。その『どこでも寝れる』チートは、一度眠ったら外部からの物理的・魔術的な刺激を一切受け付けない仕様ですので、たとえ強盗に襲われても返品不可ですよ?」
フェアカさんは、手に入れた記録帳をパラパラと捲りながら、帳簿に「成約」の印を押しました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。安らかな眠り、失われる警戒心、目覚めた後の絶望。……寝る子は育つって言うけれど、寝すぎた神様は、ただの置き物ね」
ご拝読ありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
やはり「返品不可」の響きが一番落ち着きますね。




