【Cheat Ability No.63】属性混淆型・不完全なゆらぎ(ハーフ・エレメンタル・シンドローム)
「……日和、特売のチラシは持ってきた? ……あぁ、そうだったわね。もうあの子はいないんだったわ」
無意識に隣へ声をかけ、返ってこない返事に小さく溜息をつく。カウンターに頬杖をつき、やる気なさそうに帳簿を開いていたその時、ワゴンのステップを遠慮がちに叩く音がしました。
「……あの、すみません。ここは、どんな望みも叶うチートを売っているって聞いたんですけど……」
そこに立っていたのは、透き通るような銀髪に、陽光を反射して虹色に輝く瞳を持つ少年でした。体の一部が時折、風に溶けるように霞んで見えるその姿は、人間と精霊の間に生まれたハーフであることを物語っています。
「……ハーフの精霊ね。珍しい客だわ。人間として生きたいのか、それとも完全に精霊に成り上がりたいのか……どっちの相談かしら?」
フェアカさんは上の空のまま、事務的にカタログを差し出そうとしました。しかし、少年の切実な表情に、わずかに意識が引き戻されます。
「どっちでもないんです。僕、精霊に転生してから、感情が高ぶると周りの自然を無意識に操ってしまうんです。昨日は、悲しくて泣いたら村の広場が深い森に飲み込まれちゃって……。僕はただ、家族と一緒に普通の家で、普通に笑って過ごしたいだけなんです」
「……普通、ね。一番高価で、一番手に入りにくい注文だわ」
フェアカさんは、少年の背後でゆらゆらと揺れる不完全な翼を見つめました。かつての自分や、旅立った日和、そして魂だけになったセレーナ。誰もが「特別」であろうとして、あるいは「特別」にされて、結果として「普通」を失ってきた者たちです。
「日和なら、きっとここで『ネットスーパーの抑制剤』でも勧めるんでしょうけど……あの子はもういないから、私のやり方でやらせてもらうわ」
フェアカさんはワゴンの奥から、淡い灰色をした、何の変哲もない鉄のブレスレットを取り出しました。
「これは『属性沈殿型・鉄の戒め』。あなたの精霊としての力をすべてその鉄の輪に吸い込ませ、強制的に『ただの人間』として固定する。……でもね、坊や。それをつければ、あなたは精霊としての寿命を失い、空を飛ぶことも、森の声を聞くこともできなくなる。ただの、壊れやすくて短命な人間になるのよ」
少年の瞳が揺れました。それは、強大な力を捨てることへの恐怖か、それとも憧れた「普通」への期待か。
「……。…………。」
フェアカさんは、少年の迷いを見守りながら、ふと自分の空っぽの胸元に手をやりました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。不自由な自由、重たい日常、そして手放した神秘。……自分の価値を決めるのは、血筋じゃなくて、その足でどこに立ちたいかよ」
ご拝読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
上の空だったフェアカさんも、客の切実な悩みを前に、少しずつ「チート売り」の顔を取り戻しつつあるようです。




