【Cheat Ability No.58】対価補修型・忘却の設計図(リペア・メモリー・ロス)
「日和、この部屋の主には自分から名乗らないで。混乱を招くだけだから」
フェアカさんが静かにドアを開けると、そこには無数の壊れた時計や魔導具に囲まれた、一人の青年が座っていました。かつて『壊れたものを修理するたびに自分の記憶を一部失う』チートを使い、戦火で荒れ果てた街のインフラをたった一人で完遂させた、クラフト系の転生者です。
「フェアカさん、彼……なんだか、ずっと同じ部品を眺めたまま固まってますね」
日和が覗き込むと、青年はネジを一本手に取ったまま、それが何に使うものなのかを思い出そうとして、激しい目眩に襲われたように頭を押さえました。
「言ったはずよ。何かを治すたびに、あなたの内側にある『記憶』が修復のエネルギーとして消費されるって。彼は壊れた世界を治しすぎたのよ。街の橋を治すために初恋を忘れ、水道を治すために親の顔を忘れ……そして自分の名前すらも、最後の広場にある時計塔を直すために差し出したわ」
「あ……。えっと、あなたは、誰……? 僕は、ここで、何を直そうとしていたんだっけ……」
青年の瞳には、かつて異世界を豊かにしようと燃えていた情熱の欠片もなく、ただ真っ白なノートのような虚無だけが広がっていました。
「返品は不可よ。でも、アフターケアのオプションはあるわ。……日和、ネットスーパーで『音声入力式・自動行動記録用ボイスレコーダー』と『名前刻印済みの迷子札』を注文して」
フェアカさんは、青年の首に「君の名前はカイト。ここは療養所だ」と刻まれたプレートをかけ、枕元に録音機を置きました。
「今日からは、何かを思い出す努力はやめなさい。この機械に、その日あったことだけを記録して、翌朝それを聞き直して『新しい自分』として生きるのよ。……世界を治した代償に、自分という存在が壊れてしまったあなたへの、せめてもの処置よ」
「カイト……。それが、僕……。……ありがとう。なんだか、とても大事なことを教えてもらった気がするけれど、それもすぐに忘れちゃうのかな……」
青年が力なく笑うのを見て、フェアカさんは事務的に報酬を回収しました。彼がかつて修理した王宮の「黄金の隠し金庫」の解錠コード……彼自身はもう使い道のない記憶を、フェアカさんは情報として抜き取りました。
「……フェアカさん。世界を元通りにしたのに、自分だけがバラバラになっちゃうなんて、あまりにも寂しすぎます」
「何かを得るには、何かを捨てなきゃいけない。彼は『世界の形』を守るために『自分の形』を差し出した。……ま、究極の自己満足としては完成されているんじゃない?」
フェアカさんは、帳簿に「自己定義崩壊・外部記憶依存」と記し、ついに最後の一室へと足を向けました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。修復された世界、摩耗した自己、白紙の英雄譚。……自分を削ってまで治したいものなんて、この世にあるのかしらね」
ご拝読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
記憶を犠牲に世界を修復し、ついには自分自身が「修理不能」な欠損を抱えてしまった転生者のアフターケアでした。




