【Cheat Ability No.56】自意識希薄型・均質化される存在(アイデンティティ・ロス)
「日和、目を凝らしてよく見て。注意しないと、そこに座っていることすら気づかないわよ」
フェアカさんが指した先、ベッドの縁には、輪郭のぼやけた人影が座っていました。かつて『共有型・能力平均化装置』を手にし、魔王や賢者の才能を自分と同じレベルまで引きずり下ろすことで勝利を収めた勇者です。
「フェアカさん、彼……透けてませんか? 髪の色も目の色も、なんだか灰色っぽくて……」
日和がおそるおそる近づくと、勇者はゆっくりとこちらを振り向きました。その顔には目も鼻も口も確かにありますが、驚くほど「特徴」がありません。どこにでもいる、誰でもない、記憶に残らない顔です。
「……フェアカ、さん……。僕を、助けて……。最近、鏡を見ても自分が映らないんだ。街を歩いても誰にも気づかれない。昨日なんて、自分の名前さえ思い出せなくなったんだ……!」
「言ったはずよ。他人の才能を奪って平均化するたびに、あなたの『突出した個性』も削り取られていくって。嫉妬に駆られて他人の色を奪い続けた結果、あなた自身の色彩が完全に枯渇したのよ。今のあなたは、誰とでも入れ替わり可能な、ただの背景の一部ね」
「そんなの嫌だ! 僕は英雄だ! 唯一無二の存在のはずなんだ!」
勇者が叫びますが、その声すらも個性がなく、風の音に紛れてしまいそうなほど平坦でした。
「返品は不可。でも、アフターケアならしてあげるわ。……日和、ネットスーパーで『超高発色・蛍光塗料ボディペイント』と『自己主張型・爆音拡声器』を注文して」
フェアカさんは、ワゴンから取り出した毒々しいほど鮮やかな極彩色の液体を、勇者の体に直接浴びせかけました。
「これで物理的に色を塗り固めれば、数時間は他人の視界に入れるわ。それと、この拡声器で常に自分の名前を叫び続けなさい。そうしないと、あなたの存在確率は維持できない。……英雄としての栄光を捨て、道端のチンドン屋として生きるなら、消滅だけは免れさせてあげる」
「……そんな、見窄らしい姿で……。でも、消えるよりはマシなのか……」
勇者が極彩色に染まった手を見つめ、震える声で自分の名前を連呼し始めるのを見て、フェアカさんは淡々と事務処理を終えました。代償として、彼が持つ「唯一残っていた王家とのコネクション」を剥奪し、転売リストに加えます。
「……フェアカさん。個性を奪い合った末に、自分が一番個性のない存在になるなんて、皮肉すぎます」
「嫉妬っていうのは、自分を愛せない人間が陥る底なし沼よ。他人の足を引っ張ることに全力を出した報いが、この無色透明な末路というわけ」
フェアカさんは、バカでかい音量で名前を叫び続ける「動く看板」となった勇者の部屋を後にし、帳簿に「個体識別・維持困難」と記しました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。平均化された孤独、奪い尽くした後の虚無、塗り固められた存在。……自分を捨ててまで手に入れた勝利に、どんな価値があるのかしらね」
ご拝読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
他人の色を奪い続けた勇者が、自らの色彩を失うアフターケア回でした……、維持困難なので焼き石に水かもしれませんね。




