【Cheat Ability No.55】概念捕食型・虚無の影(シャドウ・グラトニー)
「日和、足元に気をつけて。不用意にその黒い部分を踏むと、あなたの存在ごと持っていかれるわよ」
フェアカさんがワゴンを止め、静かに扉を開けました。そこには、かつて『無限胃袋』のチートを手に入れ、魔王軍の軍勢すらも「食べて」消滅させた英雄がいました。
しかし、今の彼に英雄の面影はありません。彼は部屋の中央で、山積みにされた魔石を無心に食べ続けていましたが、その背後にある「影」は、部屋の壁や天井を覆い尽くすほど巨大に膨れ上がっていました。
「フェアカさん……これ、影が実体化して、彼を包み込もうとしてませんか?」
日和が怯えながら指差すと、影は生き物のようにうごめき、勇者の手足に絡みついています。
「言ったはずよ。食べた分だけ、あなたの影が肥大化するって。物理的な質量は消せても、摂取したエネルギーの『因果』は消えない。それはすべて影の重みとなって蓄積され、最終的には主人を飲み込んで、この世界に新しい『虚無』を生み出すゲートになるのよ」
「そんな! 助けてくれ、フェアカ! 食べても食べても、背後の影が俺を『もっと食わせろ』と急かすんだ! このままじゃ俺、影に食い殺される!」
勇者が涙を流しながら魔石をかじる姿は、食事というよりは拷問に近い光景でした。
「返品は不可よ。でも、アフターケアのオプションならあるわ。……日和、ネットスーパーで『超高濃度・光子中和剤』を注文して。それと、影の空腹を紛らわせるための『人工概念チップ』もね」
フェアカさんは、ワゴンから取り出した眩い光を放つ触媒を、勇者の影へと投げつけました。影は激しく抵抗し、耳を劈くような悲鳴を上げましたが、中和剤の光によって一時的にその輪郭を縮小させていきます。
「これで影の成長は数年は止まるわ。でも、代償として、あなたはこれから一生、味のしない『無機質な光の粉』だけを食べて生きることになるけれど。……贅沢な食事を楽しんできたあなたには、それこそが一番の地獄かしら?」
「あ……ああ……。味が、しない……。でも、影に怯えなくて済むなら……」
勇者が絶望に肩を落とす中、フェアカさんは淡々と事務処理を進めます。アフターケア代金として、勇者が守り抜いた領地の「徴税権」をスマートに手に入れました。
「……フェアカさん。彼は世界を救うために食べたのに、最後は食べる楽しみすら奪われちゃうんですね」
「救世の代償なんて、いつだってえげつないものよ。彼は自分の欲望と世界の危機を天秤にかけて、食べることを選んだ。私はその結果をメンテナンスしてあげただけ」
フェアカさんは、影が静まった部屋を後にし、帳簿に「食事制限・永久継続」と記しました。
「チート、チートはぁ、いらんかねぇ……。満たされない空腹、肥大化する影、味を失った英雄。……食べ過ぎは、自分を食い破る第一歩よ」
ご拝読ありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
『暴食』のチートがもたらした、影に怯える英雄のアフターケアでした。




