教師の背中
朝の臨海都は、柳田町とはまるで別世界だった。
コウたちは、それぞれの職業体験のグループに分かれ、決められた目的地へと向かっていた。
コウが向かうのは──臨海都教育大学
(大学か…)
フェリーを降りてからの道中、コウは目の前に広がる都会の景色を眺めていた。
柳田町では見たことのない高層ビル。
大通りを行き交う無数の人々。
歩道を埋め尽くすほどの活気。
コウは、この街の景色に新鮮な違和感を覚えながら、それでも目を奪われていた。
「コウ君」
ふと、前を歩いていた男子生徒が呼ぶ。
「ボーッとしてるけど、都会の雰囲気に飲まれた?」
「いや、別に平気だよ」
コウは、何気ない素振りで視線を戻した。
しかし、心の中では少しばかり興味が湧いているのを自覚していた。
──やがて、目的地の臨海都教育大学に到着した。
キャンパスの入り口で、品のある年配の女性がコウたちを迎えた。
「皆さんようこそ、臨海都教育大学へ」
柔らかい微笑みを浮かべたその女性は、春風湊春風湊と名乗った。
「今日は、教師という仕事について、皆さんに学んでもらいます。皆さんが将来、どんな道を選ぶにせよ、この経験が何かの糧になれば幸いです」
静かだが、凛とした声だった。
コウは、その女性にどこか"教師らしさ"を感じた。
(教師っていうのは、こういう人たちがなるんだろうな)
その問いの答えを探すように、コウは春風の後を歩いた。
────────────
大学の講義室に案内されたコウたちは、教育大学生たちの授業を体験することになった。
内容は、教育の理念、指導の方法、教師としての心得など──
(堅苦しい…)
コウは授業を受けながら内心で思っていた。
他の生徒たちは、比較的真面目な女子生徒や、大人しい男子生徒が多い。
彼らは熱心にメモを取り、真剣に講義を聞いている。
──だが、コウにはこの場の空気がどうにも馴染まなかった。
教師という職業に興味がないわけではない。
しかし、目の前に広がるこの堅苦しい学びの形は、コウにはどうにも合わない気がしていた。
(少し抜けよう…)
そして、授業の途中、コウは適当な理由をつけて大学の図書館へと足を運んだ。
────────────
静かな図書館の中で、コウはある本を探していた。
(なにか、あの廃教会についての記録は…)
あの日、力を使ったときに一瞬光った廃教会。
それが何なのか、手がかりがあるかもしれない。
コウは大学の資料室で、郷土史や古い記録を調べていた。
しかし、思ったような情報は見つからず、コウは伸びをし、わずかに息をついた。
「はぁ」
(やっぱり、簡単には見つからないか)
「あら、」
そのとき、不意に後ろから声がした。
「うわっ…」
少し驚き振り返ると春風が立っていた。
「ふふっごめんなさいね。何だかあなたの後ろ姿が、あの子に似ていて」
春風はにこやかな笑みを浮かべて話す。
「あの、勝手に抜け出して、ごめんなさい。」
コウは春風に謝った。調査のためとはいえ、講義を抜け出すのは失礼に当たるだろう。
「あぁ、良いのよ。たまには息抜きも大事だわ。…それにしても、あなた本当にあの子に似てるわ…」
怒られるのかと思っていたコウは拍子抜けだった。
そして、先程から春風の言っている"あの子"が誰なのか気になった。
「えっと、あの子って誰なんですか?」
春風は微笑んだ。
「あなたと同じ柳田学園出身で、この大学を卒業した子よ」
春風は、どこか懐かしげな表情を浮かべながら言う。
「そういえば、あなたたちの学校には今もいるわね。あの子は──冬野君っていうの」
「冬野君?」
コウは、眉をひそめた。
(そんな先生誰も…)
聞き覚えのない名前。
「彼は、大学時代にそう名乗っていたわ」
「ふふっ気になるようね。こっちに来て、資料室に少ないけど冬野君の写真があるの」
春風に言われコウは図書室の隣の資料室に入った。
春風は、そこの壁に掛けられていた一枚の写真を指さした
「ほら、これが冬野君よ。見覚えあるかしら」
「えっ…」
そこに写っていたのは少し若いがあの「先生」だった。
コウの胸の奥に、不思議な感覚が広がる。
(あの人は、少しの間ここで過ごしてたんだ…)
彼が教師になる前に、この大学で過ごしていたことなど、コウは今の今まで知らなかった。
「昔ね、彼にどうして教師を目指しているの?と尋ねたの」
「先生は、何て答えたんですか?」
春風は、微かに目を細めた。
「昔、誰かに先生と呼ばれていた気がするって。」
コウは目を見開いた。
(それって…)
その言葉にコウの心臓が早くなった。
だが、春風は気づかず先生の話を続ける。
「そういえば、冬野君は女学生からよく騒がれていたのよ!」
「…まあ、顔は整ってますよね」
「ええ。でも、それを疎ましく思っていた男子学生たちがいたわ」
春風は、少しだけ表情を曇らせた。
「最初は、それが原因でぼーっとしているのかと思ったの。でも、違った」
「本当の原因はなんだったんですか?」
「何となくだけどね…彼は、現実ではなく、どこか遠い世界を眺めているようだった。」
遠い世界──
(それは、俺の生きた世界のことなんじゃないのか?)
それに、「先生」という言葉が、偶然の一致であるはずがない。
──あの人は、やはり俺が知っている"センセイ"なのだろうか?
確証に至るにはまだ足りないが、コウは着実に、真実へと近づいているような気分になった。
(…廃教会のことは分からなくても、あの人のことなら少し分かるかもしれない…)
────────────
コウと春風は、先生の話に花を咲かせていた。
「それで、冬野君は今、柳田学園で教師をしているのね?」
「はい。理科教師をしてます」
「良かったら彼は、どんな先生なのか教えてくれないかしら?私、あの後別のキャンパスに移動になってしまって…疎遠になっちゃったのよね…」
コウは、ふと考えた。
(授業も受けるし、一緒に住んでるけど…隙がないし、いつも余裕そうで、何考えてるのか読めない…)
「俺は、先生についてあまり知らないですけど…」
「……そう」
「でも──」
コウは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
怪我をしたら、手当てをしてくれたこと、勉強が分からなかったら、遅くまで付き合ってくれたこと、風邪をひいたら、治るまで看病を続けてくれたこと、あったばかりの生徒を、家族みたいに思ってくれたこと…など先生との思い出を話した。
春風は何か言いたげに唇を開いたが、最終的に目を細めて、微笑んだ。
「そうだったのね…」
その笑顔は、どこか安心したようにも、懐かしむようにも見えた。
そして──
「おい、コウ!」
担任の尾崎に見つかり、腕を引っ張られ退屈な講義へと戻されることになった。
しかし、今は不思議と悪い気はしなかった。
閲覧ありがとうございます。誤字脱字等ありましたらすみません。




