夜の灯り
職業体験の1日目が終わり、コウたちはホテルの食堂へと集まっていた。
広々とした食堂の中央には、バイキング形式の料理がずらりと並んでいる。
温かい湯気の立つスープに、香ばしい焼き魚、ふっくらと炊かれたご飯──
都会の食堂とはまた違う、旅館のような素朴な味が漂っていた。
「わぉ!ちょー豪華じゃん!」
「これ、全部食べ放題!? 最高かよ!」
翔とセイラが目を輝かせながら皿に料理を盛っている。
「ちょっと、そんなに取って大丈夫なの〜?」
千織が呆れたように言うが、2人はまるで聞いていない。
コウは適当に料理を取ると、千織たちのいるテーブルに腰を下ろした。
「おい、そんなに食えんのか?」
「食えるに決まってるだろ! こういう時くらい、いっぱい食わないと!」
翔は豪快に唐揚げを頬張る。
「そうそう! 明日も体験あるし、エネルギー補給しないとね!」
セイラもノリノリで続けた。
「お前ら、腹を壊しても知らないぞ。」
ケンが呆れ気味に言うと、千織が苦笑した。
「ケン先輩の言う通り、2人とも食べすぎて動けなくなっても知らないからね」
「「それはない、それはない!」 」
翔とセイラは笑いながら料理を頬張る。
「そういえば、コウの職業体験はどうだった?」
千織が問いかけると、コウは箸を止めた。
「まあ、普通だった」
「また適当なこと言って」
「……」
コウは、今日の出来事を思い返す。
春風との会話、先生が昔、冬野と名乗っていたこと。
それを考えると、ただの普通とは言えない気もした。
だが、どう言葉にすればいいのかわからず、コウは適当に付け加えた。
「少し、面白い話を聞いたよ」
「え、なになに?」
セイラが身を乗り出す。
「また今度話す」
「えーっ! ケチ!」
「ケチじゃねぇよ」
コウは、そんなやり取りを交わしながら、静かに食事を進めた。
────────────
食事を終えた後、コウたちは温泉へと向かった。
「やっぱり旅先と言ったら温泉だよね〜」
セイラが嬉しそうに言う。
「だな!上がったらゲームセンターの前で待ち合わせしようぜ!」
翔が提案すると、千織達も賛成!と言い、セイラと暖簾をくぐった。
コウ達も男湯の暖簾をくぐると、白い湯気が立ちこめた広い浴場が広がっていた。
浴槽の湯はほのかに硫黄の香りを漂わせ、湯気がぼんやりと天井へと昇っていく。
身体を洗い終わり、コウ達は露天風呂に入っていた。
「おお、気持ちいい……!」
翔が肩まで湯に浸かり、満足そうに息をついた。
コウも無言で湯に身を沈める。
熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうど良い温度が肌を包む。
(暖かい)
昔は忙しくて、暖かい湯船に浸かる機会などほとんどなかった。
体を湯に沈めるこの感覚が、少しだけ贅沢なものに思えた。
「そういや、明日も同じ感じで職業体験だよな」
「そうだな」
「コウ、明日もまた講義抜け出すのか?」
一体誰から聞いたのか、翔が冗談めかして笑う。
「さあ?」
コウは適当に流した。
すると、隣の女湯の方からセイラの声がした。
「おーい!男子諸君いる〜?」
「うん?その声セイラか?」
翔が聞き返すと
「あったり〜!千織もいるよ〜」
と元気よく答える。
「お前ら壁越しに話すんじゃない」
ケンが呆れながら言うと
「その声はケン先輩!ってことはコウも一緒ですか?別にアタシ達以外お客さん居ないんだからまぁ、良いってことで!」
実際、長く食堂に居すぎたせいでコウ達が温泉に入る時には他の生徒も客も居なかった。
コウはみんなのやり取りを聞きながらふと、備え付けの時計に目をやる。
時計は23時45分を指していた
「ゲームセンターに行くならそろそろ上がった方がいいんじゃないか?」
コウが呟くと千織が焦ったように口を開く
「やばっ!もうこんな時間?急いで上がらなきゃ!」
「…俺達もそろそろ上がるか」
ケンが言うと翔も温泉を出る。
(もう少し、この感じを味わいたかったけど、仕方ないか…)
若干名残惜しさを残しながらコウも温泉を出た。
────────────
温泉から上がった後、コウたちはホテル内のゲームセンターへと向かった。
クレーンゲームのコーナーでは、セイラと千織がぬいぐるみを取ろうと奮闘している。
「うぅ、もうちょっとで取れそうなのに!」
「コウ、ちょっとやってみてよ!」
「俺がやっても同じだろ…」
結局、セイラと翔が粘った末にようやくぬいぐるみをゲットした。
その後、卓球コーナーへ移動すると、後ろから低い声が聞こえてきた。
「おい、お前ら今何時だと思ってるんだ。」
後ろを見ると腕を組んだ先生が立っていた。
壁にかけられている時計は24時20分を指している
「え〜、別にいいじゃないですか〜こんな時くらい」
翔が愚痴をこぼす。
「あのなぁ…」
先生が呆れているとコウが口を開く
「先生だってこの間、夜ゲームしてたじゃないですか」
この前、先生が屋根裏を掃除していた時、ゲーム器を見つけたと言い、夜だったが一緒にゲームをやったのだ。
先生は、お前な…と言いたげな表情を浮かべながら
「お前も一緒にやったんだから共犯だろ」と言う。
「先生も人の事言えないじゃないですか〜!」
と千織が不満そうに言うと先生は、分かった分かった。と言うように両手をあげた。
「じゃあ先生も交えて卓球やらない?」
とセイラが提案する
「おっ良いな!ケン先輩相手してください!」
「あぁ、構わない」
千織もラケットを持ってきて
「私はセイラとやろうかな」
「良いよ!負けないからね!」
「コウは?」
千織に聞かれ、見てるだけでいい。と答えようとしたところをセイラに遮られた。
「コウと先生が戦ってるとこ見てみたい!」
「なんだそれ、面白そうだな〜!」
翔が言う
「絶対面白いよ! やろうよ!」
千織が嬉しそうに言うと、ケンも「確かに、少し見てみたいな」と言う。
「いや、俺は……」
コウは、ふと先生を見た。
「……先生は?」
「断る理由はないな」
先生は少し笑うと静かにラケットを手に取った。
コウもまた、無言で向かい合う。
──試合開始。
打ち合うラリー。
卓球台の上を飛び交う白球。
先生の動きは、想像以上に洗練されていた。
無駄のないフォーム。
正確なコントロール。
(上手いな……選手みたいだ)
コウも負けじと応戦し、会場は異様な盛り上がりを見せた。
最終的には、コウが僅差で勝利したものの、先生の冷静なプレイは観客の歓声を集めた。
「先生、強っ……!」
「なんだよこれ、プロの試合か!?」
そんな声が飛び交う中、コウはラケットを置いた。
(久しぶりに動いて腕が……)
コウは腕を回しながら、みんなを見る。
(楽しそうだな…)
ふと、昔の思い出が蘇った。
終焉の五刃のみんなとも、よくこんなふうに笑いあった。
みんな楽しそうで、コウも自然と胸が暖かくなるような、ほんの少し、そんな感覚があった。
───────────
あの後、まだコウ達と先生が戻って来ないことを心配した担任の尾崎に見つかり、「高校生としての自覚はあるのか!!」と怒られた後、部屋に戻された。
先生も尾崎に「生徒を連れ戻すどころか一緒に遊ぶなんて、それでも教師か!」と小言を言われていた。
先生が誰かに怒られているところはあまり見た事が無かったので何だか新鮮だった。
千織達と別れ、先生と部屋に戻る。
布団は既に敷かれていてすぐ寝れそうだった。
コウは歯を磨いたり、明日の準備をしていた
先生はというとバルコニーに出て煙草を吸っていた。
(先生、煙草吸うんだ…)
家では吸ってるところは見たこと無かったが、白衣からは少し煙の匂いがしていたので、コウに遠慮して何処かで吸っていたのかもしれない。
「…先生、あんまり外に居ると風邪をひくよ」
「…あぁ、そうだな。前の誰かさんみたいになったら大変だ」
笑いながら言う先生に少しイラッときて、俺のことを言ってる?と言いそうになったが、何だか馬鹿らしくなって口を噤んだ。
先生は、その後も空を眺めていた。
タバコのチリチリという音だけが聞こえる。
静寂の中、コウはふと思い出す。
(……冬野、か)
春風の言葉が脳裏をよぎる。
コウは小さく呟いた。
「今日、大学に行ったら春風さんって人に会ったんだ。それで昔の先生のことを聞いた。」
「昔は、冬野って名乗ってたんだ?」
「……ああ」
先生は短く答えた。
それ以上の言葉はなかった。
コウは、しばらく沈黙していたが、口を開く。
「なんで、柳田学園では冬野って言わなくなったんだ?……名前、変わったりした?」
ずっと思っいたことがあった。
この世界にも、コウがいた世界にも名前はある。なのに、どうして先生はずっと自分の名前を教えてくれないのか。
前、千織達にも聞いたが、「先生の本名は、柳田学園七不思議の1つなんだよ!」という事しかわからなかった。
先生は、タバコを灰皿に押し付けた。
「別に、深い理由はない。ただ、偽名を名乗るのもどうかと思ってな」
「偽名……」
(冬野は、先生の本名じゃなかったんだ)
なぜ偽名を使っていたのか、本名は何と言うのか、聞きたいことが山ほどある。
「……なら、先生の本名は?」
先生は新しいタバコに火をつける。
「さぁな、……俺には家族がいないから、確かめようがない」
その言葉にコウは驚いた。
「……産まれた時から?」
「あぁ……色んな里親の所を転々とした。」
「そっか……」
先生に家族がいなかったことは知らなかった。
先生は、コウがなんて言葉をかければいいのか考えているのを察してか
「つまらない話をしたな。……明日も早いから、早く寝よう」
そう言うと、先生はタバコの火を消して部屋に戻った。
コウは1人、少しの間星空を眺めていた。
夜風がコウの頬を撫でる。
「早く寝ないと…………」
コウも部屋に戻る。
先生はロビーに見回りにでも行ったのか、部屋にはコウ1人だけだった。
1人になった部屋でつぶやく。
「…………いつか、もっと聞かせてくれたりすんのかな」
そう思いながら、静かに眠りについた。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。




