熱の記憶
「ねぇコウ!これから海に行くわよ!」
「海?」
放課後、コウは帰ろうとしていたところをセイラに声をかけられた。
「千織と翔もいるから早く行こ!きっと楽しいから!」
「俺はいい」などと言う前にと腕を引っ張られる。
(…まぁ、いいか)
この後特に用事がある訳ではなかったので、大人しく連れていかれることにした。
──────────
コウがセイラに連れられ海に着くと、既に千織と翔は居て、共に海辺で貝殻を拾っていた。
セイラが海に皆を集めた理由は、貝殻を使ってブレスレットを作るためらしい。
「今、こういうのが女子の間で流行ってるんだよ!」
セイラが楽しげに言いながら、手のひらに乗せた小さな貝殻を見せる。
「貝殻とかビーズとかを組み合わせて、自分だけのオリジナルブレスレットを作るの! せっかくだから、みんなでお揃いで作ろうよ!」
「お揃い、ねぇ……」
コウは、砂浜に転がる貝殻を見つめる。
正直、最初は乗り気ではなかった。
だが、千織や翔も普通に拾い始め、セイラは一人ではしゃぎながら「この形かわいくない!?」と盛り上がっている。
(たまにはこういうのも悪くないか…)
コウは、しゃがみ込んで目についた貝殻を拾い始めた。
────────────
意外にも、貝殻を拾うのは悪くなかった。
波が寄せては返す静かな音、涼しい潮風、柔らかな砂の感触。
ただ歩くだけで、どこか落ち着く。
「コウ、結構いい感じの拾ってるじゃん」
翔が隣で笑う。
「センスあるんじゃないか?」
「適当に拾ってるだけだって」
「でも、これとか形きれい!」
千織が、コウの手の中にある貝殻を指さす。
気づけば、コウの掌には白や薄紫の美しい貝殻が集まっていた。
(なんだか昔に戻った気分だ…)
戦利品を探して千代と浜辺を走ったのを思い出した。
剣士として名をあげる前は、こうした綺麗なものを見つけたら、妹の鏡花にあげていた。
(鏡花もブレスレットとか好きだったな…)
今はもういない妹のことを思い出した。
そして、貝殻を拾い終えた後、気づけばみんなで海で遊んでいた。
翔とセイラが水を掛け合い、千織が「ちょっと! 服濡れちゃうよ!」と笑いながら逃げる。
コウも最初は巻き込まれないようにしていたが、翔にいきなり水をかけられ、仕方なくやり返した。
結局、夕暮れになるまで海辺で遊び尽くした。
「寒くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
セイラの声で、みんな帰路についた。
コウの服は少し濡れたままだった。
夜風に当たりながら帰ったせいか、身体が冷えるのを感じた。
だが、気にも留めずにそのまま帰宅した。
翌朝──
目を覚ました瞬間、コウは自分の異変に気づいた。
頭が重い。
喉が痛い。
そして、身体が異様にだるい。
(…風邪とか何年ぶりだ?)
珍しいことだった。
戦場では、どんなに疲れていても、どんな環境でも倒れることはなかった。
(俺もこの世界に馴染んできたんだな…)
皮肉めいた思考が浮かぶが、それすらもすぐに霧散するほど、頭がぼんやりとしていた。
ふと、目の前に先生の姿があった。
「そろそろ起きないと遅刻だぞ?……具合でも悪いのか?」
「別に、もう起きるよ」
「まぁ待て。とりあえず、熱でも測ってみろ」
そう言うとコウに体温計を差し出した
────────────
「……お前、今日は学校休め」
先生は淡々と言う。
手元の体温計は38.3℃ を示していた。
「このまま無理をすれば、悪化するだけだ」
「……別に、大丈夫」
コウは起き上がろうとするが、身体が重くて思うように動かない。
「どこが大丈夫だ」
先生は静かに息をついた。
「俺も今日は学校を休んで、お前を看病してやるからじっとしてろ」
「……平気だって、これくらい」
コウの眉が僅かに動いた。
(そんな付きっきりで看病される程ガキじゃねぇし…)
なんとなく、先生に弱っている姿を見られたくなかった。
「……いい、いらない」
思わず、少し乱暴に言ってしまった。
「看病なんて必要ないから…これくらい、1人で寝てれば治る」
先生はじっとコウを見つめていた。
そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……そうか」
そう言って、先生は部屋を出ると学園へ向かう準備を始めた。
コウは、無理に寝返りを打ちながら目を閉じた。
1人になった途端、孤独な感覚が胸に広がる。
(……なんでこんなに静かなんだろ)
先生と出会う前、どこかずっと1人な気持ちだった。
それが当たり前だった。
なのに、今は──
(……寒い)
布団を引き寄せ、コウはそのまま深い眠りに落ちた。
──────────
夢の中、コウは風邪を引いて、熱でふらふらになりながら布団の中にいた。
誰かが、そばに座っている。
「……''センセイ''?」
懐かしい声がした。
(……昔、こんなことがあった、気がする)
戦場の合間、コウは珍しく風邪を引いた。
そのとき、センセイが卵粥を作ってくれた。
──湯気の立つ、優しい味の粥。
「熱いから、ゆっくり食べろ」
「……ん」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「美味かったか?」
「…美味しい。流石、なんでも出来るんだな」
「そうか」
そう言うと、センセイはコウの片手を握った。
「なに?」
「…魘されていたからな。寝るまで手を握っててやろうと思っただけだ」
「…俺はそんな子供じゃねぇよ」
そうコウが言うと、センセイは困ったように笑った。
「…風邪のときは誰だって弱るもんだ。強がらずに、こんな時くらいは、少し素直になったらどうだ?」
コウは何かを言おうとしたが、睡魔に襲われ意識が遠のく
「────────」
センセイは時折、コウの長い髪を撫でながら、コウが寝るまで手を握っていた。
──もう、戻らない遠い昔の記憶
(……センセイ)
コウは、夢の中で静かに呟いた。
もう、あの時間には戻れない。
失われた日々。
かつての仲間たち。
戦場の記憶。
千織は千代と似てるけど、別人で
ケンもケイとは違う、別人で
あの人も似てるけど…きっと、''センセイ''じゃなくて…
─ふとした時に、彼らを昔の友人達と重ねてしまう。
重ねると言っても記憶に残っているのは顔ぐらいで、殆ど忘れてしまっているのに
─────どうしてこんなに寂しいんだろう。
そう思いながらコウは深い眠りについた。
────────────
先生は早めに仕事を切りあげ、夕飯の買い物に来ていた。
一昨日、コウと一緒に買い物に行ったため、食材はあったが、風邪をひいたときに食べれそうなものは作れない食材しかなかった。
(まずは…飲み物でも買うか)
先生は飲み物コーナーで経口補水液を何本かカゴに入れ、その内の1本はレモン風味のものを選んだ。
以前ここを通りかかった時、コウが「水に味がついてるなんてすごいな」と言っていたことを覚えていたからだ。
その後、コウが食べられそうなものは無いか、食品コーナーをさ迷っていた。
風邪をひいた時は、好きなものを食べると言い。なんてよく言うので、コウが前食べていた惣菜の餃子を眺め、手に取るか迷ったが、やめた。
起き上がることも難しいあの状態では、食欲は無いだろうなと思ったからだ。
自分が風邪をひいた時、何を食べていたのか思い出そうとするが、昔のことを考えると頭が重くなって思い出せない。
まるで、過去など存在しないかのように。
すると、突然頭に痛みが走る。
「…ッ…?」
突然の痛みに額を抑えると、
''誰か''の記憶が流れ込んできた。
────────────
夜、月明かりの下に、二つの影があった。
一つは自分によく似た、長い黒髪を1つにまとめたの男。二つ目はコウによく似た長髪の少年。
少年は具合が悪そうで、男が看病している。という光景だろうか?
何故、こんな記憶が…と思いながらも
(……知らない筈なのに、酷く懐かしい)
記憶は映像だけだが、ジジジッ と音が聞こえると、途切れ途切れだが少し声が聞こえてきた。
「…お前…初めて会っ…時も、風邪…いて…てな、…時も……粥を…って……だよ」
男が穏やかに言うと、青年が口を開く
「……寝る…で、側…て…欲しい」
そう声が聞こえると、男は微笑み、青年の手を握る。
時折、髪を撫でていると青年の顔が綻んだ。
─────────────
「あっ!先生!」
「……!」
声をかけられたことにより一気に現実に引き戻される。
「…千織、それにケンも。どうした?」
「コウが風邪ひいたって尾崎先生から聞いて、お見舞いに行こうかな〜って思ってたんですけど…」
千織が困った様に言うと、ケンが続けた
「コウの今の家がどこか、俺たちは知らなくて」
「あぁ、なるほど」
別に住所を教えてもよかったが、教師が生徒に家を教えることは「トラブルの元」と考えられることが多いので教えていなかった。
コウもそう思っているのか以前、翔に住所を聞かれても答えていなかった。
「コウ、まだ具合悪そうですか?」
「あぁ、まだ熱が高くてな。」
「じゃあ、お見舞いは無理そうですね」
とケンが言う。それならと千織が口を開く
「それなら、これ。コウに渡してくれませんか?」
と袋を差し出した。
「さっき、コウが放課後よく食べてたゼリーとか買ってきたんです。翔とセイラからもお菓子とか渡して欲しいって言われてて」
「あぁ、ありがとう。渡しておく」
そう言うと、よろしくお願いします!といって2人は帰って行った。
(……俺も早く帰らないとな)
先生は惣菜コーナーから乳製品の置いてあるコーナーに行き、卵を1パックカゴに入れるとレジに向かって歩き出した。
────────────
先生が家に戻るとコウは魘されているのか、少し顔を顰めながらしんどそうに息を吐いていた。
先生はコウの額に手をおき、「……コウ」 と呟いた。
────────────
「…お兄…ちゃん」
「えっ?」
コウはロザリンデに居た
膝の上には妹、鏡花が血を流して倒れている。
コウの手には血のついたナイフが握られていた。
「…は?…鏡花?何で…」
自分は部屋のベットで寝ていたはずなのに何故、思い出したくもないこの場面にいるのだろうか。
(……落ち着け、これは夢だ。きっと、悪夢でも見ているんだ)
そう自分に言い聞かせたが、膝のからドクドクと流れ、周りに広がっていく血が妙にリアルで…呼吸が、早くなる。
「……鏡花、鏡花、鏡花!!」
半狂乱になりつつ叫ぶと
「……ゥ、コウ!」
微かに、声がした。
────────────
「……!」
瞼を開けると、ぼやけた視界の中に人の姿があった。
「……誰」
「俺だ。分かるが?」
意識が覚醒してくるとその人が先生であることが分かった。
そしてコウは、自分の手が先生に握られていることに気づいた。
(……どうして)
手を握っているんだ。と視線を送ると
「……魘されていたからな。」
先生は低く呟いた。
「……」
コウは、まだぼんやりした頭のまま、目を瞬かせる。
ふと、ベッドの横の机を見ると、そこには湯気の立つ卵粥があった。
(……夢じゃない)
「食べられるか?」
「……ん」
コウは、ゆっくりと身体を起こす。
スプーンを手に取り、1口食べる。
「美味しい…」
「それは良かった」
その瞬間、胸の奥がじわりと熱くなる。
「……先生」
コウは、小さな声で呟いた。
「……ありがとう」
いつもは言えない言葉が、不思議とすんなり出てきた。
先生は何も言わなかったが、コウの手を離さなかった。
コウは、ゆっくりと卵粥を口に運んだ。
温かい味が、じんわりと身体に染み渡っていった。
────────────
少し時間をかけて食べ終わると
「美味かったか?」
と先生が聞いてきたので
「…美味しいって言ったじゃん」
と答えた。
「ハハッ、さっきみたいに素直になってくれても良かったんだぞ?」
「うるさい」
いつもの調子が戻ってきた気がする。
「風呂は、今日はやめとけよ。何か飲み物でも持ってくるか?」
先生が椅子から立ち上がり、部屋を出ようとするとコウは無意識に先生の袖を掴んだ。
「…ん?どうかしたか」
「……いや」
言葉を発したかったが上手く言葉に出来ない。
すると、何かを察したのか先生は椅子に戻り
「…特にやることもないんでな、お前が寝るまで側に居てやる。」
そう言うとコウの手を握った。
「………ありがとう」
と少し安心したように言うと、コウは目を閉じた。
(……どうか、コウが安らかな夢を見れますように)
コウの寝顔を眺めながら、そう願う。
夜空には月明かりに見守られながら、二つの星が輝いていた。
閲覧ありがとうございました。誤字脱字等ありましたらすみません。




