学ぶということ
「───では、今日も一日頑張りましょう」
ホームルームが終わると、静かだった教室内が一気に騒がしくなる。
「お前ら、一限目は移動教室だぞ!駄べってないで早く移動しろー!」
コウ達のクラス担任''尾崎''の声が響くと生徒達は授業の準備を始める。
(一限目は理科か…そういやテスト返却があるとか言ってたな…)
「コウ!ぼーとしてないで準備しなよ。遅刻になっちゃうよ!」
「わかってる」
千織の声に急かされて、理科の教科書を持ち理科室へ向かう。
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理科室に着くと既に先生が居て目が合う
「…おっ来たか、てっきり遅刻してくるのかと思ったぞ」
「別に、まだ遅刻か疑う時間じゃないですよ。」
「ハイハイ、そうだな」
何だか小馬鹿にされているようで朝から腹が立つ思いをしながら席に着く。
リーンゴーンカーンコーン
授業開始のチャイムが鳴る
「気をつけ、礼」
「…はい、ではこの間やった単元テストを返却します。もちろん赤点をとった生徒は補習だ」
''補習''と言葉を聞いた生徒達は「まじかよぉ」や「単元テストで補習は要らないでしょ!」などの愚痴をこぼす。
「文句を言うな、俺的にはいつもより''易しく''作ったつもりなんだがな。」
と先生は少し意地悪げに言う
「それじゃあ、出席番号順に返してくぞ。」
テストが返却されていくと喜びの声や落胆の声が聞こえる。
そしてコウの番がきた
特に勉強はしなかったが赤点などはとったことは無いので今回も大丈夫だろう。と思っていたが…
「はい、コウ」
先生が無造作に答案用紙を机へ置いた。
コウは何気なくそれを手に取る。
「げっ…」
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(初めて赤点とった……)
コウは頬杖をつきながら答案の隅に書かれた赤い数字をじっと見つめた。
単元は「力学」──斜面を滑る物体の運動や、仕事とエネルギーの関係を問う問題が多く出題された。
決して難しすぎるものではなかった。
それなのに──
(最近、教会について調べ過ぎてたせいか……)
これまで、この学園での勉強に特に苦労したことはなかった。
一応、この世界に来る前も学校には通っていたし、どうやら数学や物理などの教科は元いた世界で似たような教養を受けていたため、そこまで苦労はしなかった。
苦労したといえば、この世界の歴史くらいだったが、事実、これまで特別に勉強しなくても学年10位以内には入っていた。
しかし、今回の結果は違った。
──最近のコウは、家で勉強をしていなかった。
理由は明白だった。
廃教会で見つけた5つの鍵穴がある扉。
あの扉が何なのかを知るために、コウは日々文献を読み漁っていた。
昼休みは図書室。
放課後は公民館の資料室。
家に帰っても、開くのは教科書ではなく、古びた本ばかり。
その結果、テスト勉強は一切していなかった。
(過信しすぎたな)
今まで勉強しなくても問題なかったからといって、今回も大丈夫だとは限らない。
(刀を振るうのと同じだ)
鍛錬を怠れば、腕は鈍る。
それと同じように、学びを怠れば、知識も鈍る。
「赤点は補習だ」
先生の低い声が現実へと引き戻す。
コウは机に頬杖をつきながら先生に問いかける。
「それって1回でもですか?」
「当然だろう。コウ、お前は今回のテスト、明らかに勉強不足だったな」
「…知ってまーす」
(チッ…教会について調べる時間が減った)
コウは内心悪態をつきながら言った。
でも、先生の言うことは正しかった。
ただ、昔から負けず嫌いなところがあるせいか、素直に認めるのが少し癪なだけだった。
「じゃあ、明日から放課後は補習室に来い」
「はーい…」
こうして、コウの補習が決まった。
──だが、これを知った千織たちは黙っていなかった。
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「えっ!? コウが補習!?」
昼休み、いつものように屋上で皆と昼食をとっていた時、その話を聞いた千織は、思わず声を上げた。
「いやいや、だってコウって成績良かったじゃん?」
翔も驚いたように目を丸くする。
「まさかの赤点……」
セイラも呆然と呟く。
「テスト勉強をしていなかっただけだっての」
コウは淡々と答えた。
「ふーん?」
千織はじっとコウの顔を覗き込む。
「勉強しなくても大丈夫って思ってたんじゃないの?」
「……そうかもな」
コウは認めるように小さく息を吐いた。
「まあ、でも先生の補習なら、ちゃんと身につきそうだよね」
セイラが楽しげに笑う。
「あの人のの補習かぁ……キツそうだな」
翔が渋い顔をする。
「まあな」
(…やるしかないか)
そう思いながら、コウは静かに風のざわめきを聞いていた。
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その夜。
家で夕食を終えた後、コウはいつものように机に向かっていた。
開かれているのは、教科書ではなく、古びた文献。
(……教会の扉。やはり何か意味があるはずだ)
そう考えていると、不意に先生の声がした。
「お前な……本ばかり読んでいないで、少しは勉強をしたらどうだ?」
「別に……あと少しだけ」
コウは文献から目を離さないまま、淡々と答えた。
「別に、か」
先生は静かに息を吐いた。
「お前は賢い。だが、学ぶことを怠れば、将来後悔するかもしれないぞ」
(将来、ねぇ……)
この世界に来て、自分の将来のことなんて気にしたことも無かった。
コウは頬杖つきながら先生を見上げ指を指す
「俺は後悔なんてしねぇから、大丈夫」
先生は静かに首を振り、コウの額に指をトン、とおく。
「後悔してからじゃ遅いんだぞ」
「……」
その言葉が、胸の奥に引っかかった。
昔、誰かにも似たようなことを言われた気がする。
「…先に風呂に入ってくる。お前も読書は程々にろよ。」
と言って部屋を出ていった。
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─翌日
放課後、補習室。
「さて、まずはこの問題だ」
先生が黒板に書いたのは、斜面上の物体に働く力の合成の問題だった。
コウは計算式を立てる。
(…えっと、確か)
答えを書く。
しかし──
「違うな」
「は?」
先生が即座に指摘する。
「お前の計算は、考え方は悪くない。だが、途中の処理が間違っている」
そう言われて、自分の書いた式を見る。
(……ほんとだ)
コウは再び解き直す。
──そのうち、コウはいつの間にか、学ぶことに集中している自分に気づいた。
(刀と似てると思えば…)
繰り返しの鍛錬が必要。
ただ感覚で振るうのではなく、己の動きを見つめ直し、最適な形を探す。
「次は化学の範囲だ」
先生の声が響く。
「まだやるんですか?」
「当たり前だ」
先生は微かに笑った。
「お前が合格点を取るまで、俺は容赦しない」
「……」
(チッ……)
コウは少しだけ、唇を噛んだ。
でも、たまにはこういうのもいいかもしれないと思い、化学の問題に向き合う。
こうして、コウの補習は続いていった。
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補習が終わる頃には、コウのノートにはびっしりと計算式が並んでいた。
コウは、自分の書いた答案用紙を見ている先生を見て、懐かしい人を思い浮かべていた。
教官には珍しい目立つ赤色の髪をした彼女。
''あの先生''はよく、実技に精を出し座学をサボっているコウを呼びつけていた。
(そして、こんな風に勉強させられてたっけ……)
懐かしい気持ちにかられていると、先生の声で現実に引き戻される。
「はい、100点」
手渡された答案用紙にははなまるがついている。
(よくあの先生もつけてくれたっけな……)
いつも笑顔で答案用紙を渡してくれた彼女と先生が重なる。
思わずコウは笑顔でピースをして見せた。
笑顔になれたのは久しぶりだった。
先生は微かに目を細める。
「良かったな、コウ。」
──人の意見に耳を傾けることも、大切なのかもしれない。
そう思いながら、コウは静かに空を見上げた。
「次のテストでは赤点は取らないようにする」
「当然だ」
先生は満足げに頷いた。
こうして、コウの補習は終わった。
学ぶということは、これからも続いていくのだろう。
閲覧ありがとうございました。
誤字脱字等ありましたらすみません。




