ハッピーバースデー
──先生の誕生日、一週間前。
「ねえねえ、先生の誕生日、みんなでお祝いしない?」
放課後の教室。
千織が提案すると、セイラがすぐに乗った。
「それ、いいね! 絶対楽しいよ!」
「だな。サプライズでやったら、あの人も驚くんじゃねぇか?」
翔がニヤリと笑う。
「でも、場所はどうする?」
セイラが尋ねると、少し考えてからケンが続けた。
「剣道部の部室の近くに空き部屋がある。そこなら誰にも邪魔されないし、飾りつけもできる」
「本当ですか!」
千織が手を叩く。
「それなら、準備もしやすそうですね!」
「よし、決まりだな」
翔が満足そうに頷くと、千織がふとコウの方を見た。
「コウは先生と一緒に住んでるから、計画を悟られないように注意してね!」
「…分かってるよ」
コウは静かに頷いたが、千織はじっと睨むような目で念を押す。
「ほんとに分かってる? ちょっとでもバレたらダメだからね!」
「……俺がそんなミスをすると思うか?」
「うーん……しなさそうだけど、念のため!」
「……」
コウは小さく息を吐いた。
(まあ、確かに慎重に動く必要はあるな)
こうして、先生のサプライズパーティー計画が動き出した。
────────────
誕生日の前日──
コウはプレゼントを買う為電車に乗り、島の中では最も賑わっている町へ向かっていた。
(プレゼント……)
これまで、誰かに誕生日プレゼントを贈るという経験はなかった。
何を選ぶべきか、どうすれば喜んでもらえるのか──それが分からない。
だが、ある程度考えはまとまっていた。
先生が「換えを買わなきゃな」と言っていた腕時計のことを。
(あれにしよう)
決まれば、あとは選ぶだけだった。
──しかし。
店に並ぶ腕時計を見て、コウはすぐに問題に気づく。
(高……)
当然のことだったが、まともな時計はどれもそれなりの値がする。
カフェの手伝いで稼いだ金では、選択肢が限られる。
(だが、適当なものを贈るわけにはいかない)
コウは店を回りながら、慎重に選び続けた。
そして、長い時間をかけた末に──
一つの時計を選んだ。
派手ではないが、シンプルで丈夫そうなもの。
(これなら……)
手に取った瞬間、なぜかしっくりと馴染む気がした。
──先生が、これを身につけている光景が浮かんだからだ。
コウはそれを購入し、電車に乗って帰路についた。
カバンの中の小さな箱を確認しながら、静かに思う。
(これでいい)
これが、今の自分にできる最高の贈り物だった。
そして、誕生日当日
─────理科室
放課後、先生は明日の授業のプリントを作っていた。
部活のない生徒は帰っていき、窓から運動部の声が少し聞こえる。
教室内は紙とペンの音が響いている。
そんな静寂を破るかのように
コン。と扉がノックされた。
(…誰だ?)
最近色々なことがあったため、予定外の出来事は少し、体を強ばらせる。
「…入れ」
扉がゆっくりと開く。
「今、ちょっといいですか」
入ってきたのは意外な人物だった。
「コウ?どうした、何か分からない問題でもあったか?」
「…あー、剣道部近くの空き部屋から…物音がするって。千織に誰か連れてこいって言われて来た」
「…物音?」
嫌な予感がする。
「分かった。案内しろ」
─────空き部屋前
「…ここか。」
「……さっきまで、ガタガタ物音がしていた」
「…千織達はどこへ?」
「…さぁ?」
ガタンッ。
「…!」
突然物が落ちたかのような音が響く。
「この音だ。」
(…もしかしらこの部屋の中に千織達がいる?)
だとしたら早く確かめなければならない。ただ妙な違和感がある。何かに踊らされているような…
「…コウ、下がっていろ。」
そうコウに伝えると先生は思いっきり扉を開けた。
すると…
「「「先生、お誕生日おめでとう!」」」「ございます。」
空き部屋には、簡単な飾りつけがされ、机の上には食べ物やケーキが並べられている。 どうやら先程のやり取りは先生を連れてくるための芝居だったようだ。
「……お前ら、これは一体」
先生がやや驚いたように部屋へ入ってくる。
「サプライズです!」
セイラが笑顔で言うと、翔が続けた。
「誕生日くらい祝ってやるよ!」
先生は静かに室内を見渡し、少しだけ口元を緩めた。
(なるほど…サプライズパーティか)
「今日までコソコソしていたのはこのためか。だが、サプライズのためとはいえ、もっと平和な嘘をついて欲しかったな」
とコウに視線を向けながら言う
「…じゃあ、猫が迷い込んだ。と言われたら来たんですか?」
とコウが言うと千織が口を開く
「えっ?じゃあコウはなんて言ったの?」
「空き部屋から物音がする」
「いや怖ぇよ!」
と翔がツッコミを入れる
「まぁ、結果的にサプライズが成功したんだからいいだろ。」
とケンが言うとセイラが続ける
「そうですね!それよりも早くケーキにロウソクともしましょ!」
「そうだな。…レモンケーキか」
「…前、『マリアンヌ』の店主に先生の好物を聞いたらレモンケーキって言ってたから皆で作ったんだ。」
「へぇ…お前たちが」
「まぁ〜コウは味見係だったけどな!」
と翔太がニヤニヤしながら言うと、コウは「家庭科室が燃えるよりマシだろ」と答える。
(いやいや…お前の料理の腕はどうなってるんだ…。だが、まぁ)
先生は談笑するコウ達を横目に
「ありがとな。」
と呟いた。
それだけだった。
だが、それが先生の精一杯の感謝の言葉だったのだと、皆は分かっていた。
パーティーは和やかに進み、センセイも珍しく生徒たちと共に時間を過ごしていた。
千織とセイラは先生に貝殻で作ったネックレスを贈り、ケンは少し立派なペン、翔はふざけて選んだのであろう電流が流れるペンを贈っていた。
そして、終盤。
「コウ」
ふいに、先生が名前を呼んだ。
「お前も何か考えてきたのか?」
「……まぁ」
コウはカバンの中から、小さな箱を取り出した。
「はい、プレゼント」
静かに差し出す。
先生は一瞬驚いたように箱を見つめたが、無言でそれを受け取った。
箱を開ける。
中には、シンプルな腕時計が収められていた。
「……お前が選んだのか」
「……悪い?」
先生は黙って時計を手に取り、しばらく眺めていた。
そして、ゆっくりと腕につける。
「悪くない」
そう言って、先生は微かに微笑んだ。
それは、ほんの僅かな変化だったが、コウはそれを見逃さなかった。
先生の左手首に、新しい時計が馴染んでいるのを見て、コウは小さく息を吐いた。
(……よかった)
この贈り物が、先生にとって無意味なものではなかったと、確信できたから。
「ありがとう、コウ」
先生の低く静かな声が、部屋の中に響く。
「…どういたしまして」
コウは短く答えた。
──この距離が、少し縮まった気がした。
パーティーの喧騒の中で、コウは静かにそれを感じていた。
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