贈り物の理由
静かな波の音が、柳田町の朝を包み込んでいた。
コウは、商店街の通りを歩きながら、何かを考えていた。
(先生の誕生日が近い……)
誕生日というものが、この世界においてどれほど大切にされるのかは、コウにはよく分からなかった。
だが、少なくとも──
先生に、何か贈りたいとは思っていた。
(一応、世話にはなってるし…)
ふと、思い出す。
──先生がいつもつけていた腕時計。
「…ん?あぁ、壊れてしまったか……換えを買わなきゃな」
そんな風に呟いていた姿が、頭に浮かんだ。
(あの腕時計…)
ならば、新しいものを贈ればいい。
──だが、問題があった。
コウは、この世界のお金をほとんど持っていなかった。
日々の生活に困るほどではないが、気軽に贈り物を買えるほどでもない。
それに──
(…お小遣いでプレゼントをするのも、違う気がする)
何か、自分で手に入れる方法はないだろうか……。
そう考えながら、海辺を歩いていると──
「……?」
ふと、近くのベンチに座り込んでいる初老の男性を見つけた。
(確か…この前千織と行った、この近くのカフェの店主…)
コウは酒場には馴染みがあったが、''カフェ''というものには全く馴染みがなく、千織に誘われなければ行くこともなかっただろう。
「……あの、大丈夫ですか?」
コウが声をかけると、店主は顔をしかめながら足を押さえていた。
「すまんな……ちょっと転んじまったみたいでな……」
どうやら、足を軽く痛めてしまったらしい。
店主は苦笑しながら言う。
「…カフェの人ですよね?カフェまで肩、貸しましょうか?」
「あぁ、助かるよ」
───────────
柳田町の一角にある海の見える老舗のカフェ、 『マリアンヌ』。
窓は海を彷彿とさせる青いステンドグラスになっていて町で人気のカフェだ。
扉を開けると、チリン。と鈴の音が鳴る。
「あぁ、いらっしゃい…ってあなた?どうしたの?」
店主の妻の女性が駆け寄ってくる。
「すまんな…少し足を挫いてしまって、座り込んでいたところをこの子が助けてくれたんじゃ。」
「あらあら、大変。君、主人を助けてくれてありがとね。」
女性はコウに感謝の言葉を述べると、「さぁ、座って。お礼に冷たい飲み物をご馳走するわ。」と微笑み厨房のほうへ消えていった。
柳田町は気温が高く、この日も気温は30度近くとなっていた。確かに喉が渇いていた為、ありがたくご馳走されることにした。
───暫くして、女性が飲み物と簡易的な救急箱を持って戻ってきた。
「はい、『マリアンヌ』特製メロンソーダです。」
女性はコウの前にあるテーブルにメロンソーダを置くと、近くに座っている店主の手当に取り掛かった。
それを横目にコウはメロンソーダを眺めていた。
──確か、前来たとき千織が飲んでいたものだ。
(…あの時は、追っ手に襲撃されたばかりの頃で、妙に緊張して水しか飲まなかったな…)
そう思いながらメロンソーダを口に運ぶ。
炭酸がきいていて舌がピリつくが甘くて美味しい。体験したことの無い味だった。
初めて味わう風味を堪能していると、店主の男性が口を開いた。
「美味しいか?君、確か前にも千織ちゃんと一緒に来てくれたことがあっただろう。何も頼まずに出て行ってしまったから記憶に残っていてね。」と店主の男性が微笑みながら話す。
(…確かに、千織が居たとはいえ、何も頼まずに店を出たのは失礼か…)
と反省していると
「また来てくれた時は、ウチの自慢のメロンソーダを出してやりたいと思っていてね。…願い事とは案外早く叶うものだな。」
「ふふっ…そうねぇ」
と2人は笑ってくれる。
てっきり何か言われるのではないかと思っていたコウは少し拍子抜けしてしまう。
何を言えばいいのか分からず沈黙していると
──チリン。
「すみませーん、2名なんですけど…」
「あっ!はーい、ただいま~」
と女性が入口の方へ小走りで向かう。
12時30分。ちょうどお昼時、昼食やランチに来た人々でカフェは一気に賑やかになった。
『マリアンヌ』は老夫婦2人で営んでいるようで前来た時も2人は忙しそうにしていたが、今日は妻の女性1人だけ。この人数を相手するのは大変そうだった。
店主が口を開く
「…この時間帯はいつもお客さんが多くてな、2人でも大変なんだ。助けてもらったのに恩を仇で返すようで申し訳ないが、ワシの足が治るまで、この店を手伝ってくれないか?」
「……店の手伝い?」
「ちょっとした雑用だよ。もちろん、報酬は払う」
それを聞いた瞬間、コウの中で答えが決まった。
(……なら、ちょうどいい)
「分かりました。」
こうして、コウは柳田町の老舗カフェ『マリアンヌ』を手伝うことになった。
────────────
「じゃあ、お皿を拭いて並べてもらえる?」
「はい」
「あと、注文が入ったらメモを取ってね!」
「メモ?」
「えっとね、こういう風に書くのよ。ほら」
店主の妻が優しく教えてくれる。
(…覚えることが多い…)
コウは慣れない仕事に少し戸惑いながらも、一つずつこなしていった。
そして、昼ごろになると──
「おーい、コウがいるって聞いて来てみたぜ !」
翔が、セイラ、千織、ケンと一緒にカフェへとやってきた。
「お前、本当に店員やってるのか?」
ケンが興味深そうにコウを見る。
「……まぁ」
「コウが働いてるなんて、なんか新鮮!」
セイラが微笑む。
千織もどこか楽しげに頷いた。
「じゃあ、せっかくだし何か頼もうかな?」
「…はい、メニュー」
「お、サンキュー!」
こうして、コウは学友たちの注文を取り、運ぶ。
彼らはいつもと変わらず楽しげに話していたが、どこかコウのことを気にかけているようでもあった。
(……心配されているのか?)
だが、それが嫌な気持ちではなかった。
こうして過ごしていると、少しだけ……自分がこの町の一部になったような気がした。
────────────
仕事をこなすうちに、コウはふと、店主の妻に問いかけた。
「あの…珈琲の淹れ方を教えてくれませんか?」
「え?」
「珈琲の入れ方、よく分からなくて…」
店主の妻は驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。
「……いいわよ。ちゃんと教えてあげる」
コウは、ある人のために珈琲を学んだ。
何度か練習をしながら、店主の妻に味を見てもらう。
最初は苦すぎたり、薄すぎたり。
しかし、何度も繰り返すうちに、少しずつそれらしいものになってきた。
「……うん、だいぶいい感じになってきたわねぇ。」
「…本当ですか?」
(…これなら、あの人に出せるかな…)
コウはそう思いながら、店内の扉が開く音を聞いた。
先生が、カフェに入ってきた。
先生は静かにカウンターに座ると、ちらりとコウを見た。
「……お前がここで働いているとはな」
「…ご注文は?」
「…じゃあ、珈琲をひとつ。砂糖やミルクはなくて良い」
「…少々お待ちください」
コウは慎重にドリップを行い、一杯の珈琲をカップに注ぐ。
(……完璧とは言えないけど)
店主ほどの腕はない。
だが、今の自分にできる最善を尽くした。
コウは、先生の前にそっと珈琲を置いた。
先生はカップを手に取り、ゆっくりと口をつける。
……静かな時間が流れた。
そして、先生は目を細め、静かに微笑んだ。
「……悪くない」
「そう」
コウは、どこかほっとしたような気持ちになった。
先生がカップを持つ手を止め、コウを見つめる。
「お前が自分で考えて、淹れたものなら……それで十分だ」
その言葉が、なぜか胸の奥に染み渡る。
「……ふぅん」
コウは小さく頷いた。
──この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。
そう、ふと願ってしまった。
だが、それは叶うものなのだろうか。
珈琲の湯気が、静かに揺れていた。
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誤字脱字等ありましたらすみません。




