ドッペルゲンガー6
6.
弘が家に帰りつく頃、すでに部屋は暗くなり部屋の隅々にまで夕闇が侵食していた。いつもならばこのくらいの時間ならこんなにも暗いとは思わないのだが弘の精神状態が視界の暗さにまで影響を与えているように感じられる。
自分の家のはずなのに自分の家のように感じられないでいる弘は玄関に一歩踏み込んだまま扉を閉めることができないでいた。
誰もいないはずの部屋の奥に誰かがいる、そう感じ取った弘は、
「誰か、いるのか? 」
そう呟くが、返答は全くない。それもそうだろう誰もいるはずなんてないのだから。全ては自分の妄想でしかなく誰か部屋にいるなんてことはあり得ない。そう自分に言い聞かせ弘は玄関から部屋へと入っていった。
電気をつけるとそこには、脱ぎ捨てられた服、飲みかけのペットボトルのお茶、実家から先日送られてきた荷物、そして散らばった参考書。全てはいつも通りの弘の部屋であった。ほら、やっぱりあるわけないじゃないか全ては悪い妄想なのだ。きっと、沙織がみたのも瞳が見たのも全て他人の空似なのだ。そうやって言い聞かせながら風呂にお湯を張り始めた。今日はもう疲れたから集めの湯舟につかり眠りに落ちてしまいたいと弘は心の底から思っていた。
そんな時、インターフォンがなる。
宅配便化と思い、玄関まで行く弘。
だが、おかしい。弘は何も注文した覚えはない。実家からの救援物資も先日届いたばかりだ。
ぴーん、ぽーん。
またしてもチャイムが鳴る相手の声は聞こえない。弘の背筋に生暖かい汗がだらりと流れるのを感じた。
悪寒もする。嫌な予感ってやつだ。
出てはいけない。玄関ドアの先に何が待っているのかわからないが弘はそれを直感でそう理解しているはずなのに彼の足は玄関ドアへ吸い寄せられるように一歩一歩と歩を進めていた。
ぴーん、ぽーん。
またしてもチャイムが鳴る。
弘はドアスコープを覗き込んでいた。そこに一人の人影がある。男ではない。頭頂部だけが映っていて黒のロングの身長の低い女性が立っているようだった。
弘の体から力が抜ける。
相手は、瞳だ。
背格好からして間違いないだろう。ガチャリとドアを開けると、そこにはいつもと変わらぬ瞳が立っていた。
「どうしたんだ、部室で一緒だったのに家にまで来るなんて? 」
そう尋ねる弘の目をじっと見つめたまま瞳は微動だにしない。怒っているわけでも、笑っているわけでも、泣いているわけでもないその表情から何かの情報を得るにはあまりにも不可思議な表情であった。
「なんだよ? 」
焦り気味に弘が瞳に言うと瞳はぽつりぽつりと言葉を発し始めた。その間もずっと弘の目を見たまま不可思議な表情がそこにあった。まるで魂の通っていない蝋人形のような存在がそこにたって言葉を発している。唇が動いているはずなのに動いていないように錯覚してしまうほどだ。
「あなたは弘くんじゃない、弘くんはあなたじゃない。」
ゆっくりと、ぽつりぽつりと発せられる言葉は今そこにいる弘の全てを否定するようなもので恐怖のあまり弘は瞳によく似たその存在を突き飛ばし鍵もかけず部屋から走り出してしまった。
靴さえ履かず靴下のまま弘はまばらにある街頭の光の奥の奥へと走り去っていくのだった。
部屋の明かりはついたままで、浴槽からは熱いお湯があふれ出てしまっていた。




