第9話 試験依頼 その1
動くもののない静かで真っ暗な空間を、一隻の船――リベルタが、スラスター光をたなびかせて切り裂いていく。
上下左右。ひねったり回ったり、あるいはその場で直角に折れ曲がったり。
複雑な軌道を描く飛行を終え、ゆっくりと通常速度へ遷移するリベルタのコックピットで、俺は操縦席の背もたれに身体を預けながらふぅと息をついた。
「キーボードもマウスもないからどうなるかと思ったけど……慣れれば意外となんてことないな」
ルーメンプライムコロニーを離れた俺は、まるきり変わってしまった操縦系に慣れるべく慣熟飛行を行っていた。
もともと〈スタユニ〉で使っていたのがキーマウ操作だったので、物理的なスティックやらスロットルやらの操作を覚えるのは大変だろうと想像していた。
だが、ここにある操縦系が司る操作はすべて、キーボードやマウスで行えるものと一致している。なので、「キーマウ時代の操作割り当て」と「今の操縦系が持つ役割」を一つずつすり合わせていけば、操縦桿とスロットルによる操作方法は意外なほどあっさりと体得することができた。
「挙動は重たいけど、ひとまず肌感は取り戻せた。――行くとしますか」
一通りの慣熟飛行を終えた俺は、いよいよ初仕事に臨むべく、リベルタを動かす。
操縦席のコンソールをいじり、「星間航行装置」――いわゆる超光速移動のためのシステムを起動。依頼受諾の際に受け取った座標情報を打ち込み、航路を指定の座標へと修正する。
「フィックスドライブ、システムアクティベート。ビーコンは……あっちだな」
コックピットのホロディスプレイに映る情報を元に、リベルタの船体を回頭。周辺環境をコンピュータに読み込ませ、航路の微細なズレを修正させる。
これを行わずに星間跳躍航行を行った場合、よほど運が良くなければあらぬ方向へすっ飛んでしまうことになる。急いでいる時は特に焦れったく思える作業だが、安全な航行のためには必要な工程なのだ。
「航路修正ヨシ、スプール完了。――星間跳躍航行、起動!」
号令と共にサブモニタのタッチパネルを叩くと、船のリアクターがひときわ甲高く唸りを上げる。
同時に、周囲に瞬く星々の光点がぐぅっと引き伸ばされ、無数の光の線へ変化。さらに、黒一色だった世界にサイケデリックな虹色が混じり、急激に後方めがけて流れ始める。
全身を突き抜ける、急加速に伴う強烈な衝撃。舌を噛まないよう口を引き結びながら、俺は星間跳躍が始まったことを肌と目で感じ取った。
本来なら、星間跳躍航行を行っている間はオートパイロットが働くので、航行中は休憩時間になる。
だが、今回の依頼で指定された目的地は、出発地点であるルーメンプライムコロニーからさほども離れていない。なので、操縦席に座したまま30秒も待っていれば、引き伸ばされた窓の外の星々が、急激に元の姿を取り戻していくのが見えた。
ドォン! という、音の伝わらない宇宙空間にあってなお響く独特な炸裂音と共に、リベルタは星間跳躍を終え、通常航行に回帰する。
「クルーズモードディアクティブ。各部異常なし、と。……コンピュータ任せとはいえ、現実だと考えると緊張するなぁ」
正直な感想をこぼしながら、操縦桿とフットペダルを操作。近傍に迫った目的の座標めがけてリベルタを発進させる。
ホロディスプレイ上のビーコンを頼りにしばらく航行すれば、やがて黒一色の宇宙空間に、ぽつりと浮かぶ残骸たちの姿が見えてくる。
スラスターの出力を絞り、慣性ダンパーのブレーキ性能に頼りながら減速。アポジモーターを吹かし、間近に迫った残骸のすぐそばでリベルタを停止させれば、そこにあるのが「小型輸送船の残骸」だということがわかった。
「戦闘で撃ち落とされたって聞いたけど……なるほどな、〈G-5〉なら仕方ないか」
長方形の箱の両端にエンジンをポン付けしたような簡素なビジュアルが特徴的な船は、正式名称を〈G-5 Transporter〉という。
輸送船を専門に手掛ける小規模シップメーカー「ガーランド・スターヤード」の製品であり、積載許容量の大きさと貨物積載時に運動性能が落ちにくいというのが独自の強みだ。
しかし一方で、武器に使うペイロードまで全て積載量に割り振っているせいで「武装モジュールがいっさい装備できない」という大きな弱点も孕んでいる。
目の前に放棄されているG-5もその例に漏れず、リベルタに比べて一回り小さな船体に破格の積載量を備えている反面、単独では自衛もままならない。デブリ除去用のレーザーすらないので、単機で戦闘に巻き込まれればあっという間にデブリの一部になってしまう……という、かなり極端な性能の船だった。
「安いからハマりやすいよな、この罠。……とりあえず、目的の基幹ユニットは残ってそうだから、予定通りやるとしますか」
苦笑まじりにぼやきながら、俺は操縦席から離れ、コックピットを退室する。
今回の目的は、座礁してしまったG-5の基幹ユニット――いわゆるフライトレコーダーに相当する、「船に関する全情報が詰まった装置」を回収することだ。
本来ならその手の仕事は回収用ドローンの領分なのだが、あいにく初期状態のリベルタにはそういう便利な装備すら備わっていない。となれば、残された手段はただひとつ。
すなわち――「生身で船に取り付いて回収する」ことだけだ。
*
「よ、っと」
船体左舷にある昇降口の真反対、右舷下部にあたる場所には、宇宙空間へ出るためのエアロックがあり、そこには船外活動用の宇宙服が備え付けられている。
宇宙服と書けば宇宙飛行士のアレが真っ先に想起されるが、スタユニの宇宙服はそれと比べればかなり大きい。
およそ3m強の全高を持ち、着衣状態でもそのまま中に入り込めるほどの余裕が設けられたそのビジュアルは、どちらかといえば「パワードスーツ」と形容するのが適切だろう。
「こんなデカいの着心地悪そうだなって思ってたけど……案外快適だな、これ」
スーツの中の作りに感心しつつ、俺は宇宙服を動かしてエアロック内のコンソールを操作。
照明の色が切り替わると、エアロック内が急速に減圧され、船外へ出るためのドッキングカラーがその口を開いた。
「こんな形で初めての宇宙遊泳かぁ。人生ってわかんないな」
苦笑しつつ、とんと床を蹴る。
人工重力のくびきから解き放たれた俺の身体は、漆黒の宇宙空間へふわりと流れていく。
見渡す限り、全てが遥か遠くに在る巨大な空虚。闇を貫いて星々が輝く様は筆舌に尽くし難くもあるが、それは同時にどこか薄ら寒いものを覚えさせる光景だった。
「ほいっと」
宇宙服の中で身をよじり、ぐるりと姿勢を反転。
背後に取り残したリベルタを上下逆さまに視認しつつ、左手をリベルタに向け、デバイスを起動する。
すると、左腕の手首付近に備わった銃口のような部分から、淡く輝く光の帯が出現。
波打つ光の先端がリベルタの装甲へ当たると、とたんに俺と宇宙服は光の帯をたどり、リベルタへ引き寄せられていった。
「っと……ゲームやってる時も思ったけど、トラクタービームって便利だなぁ」
本来ならば重量物の円滑な移送を行うためのツールであるトラクタービームだが、「無重力下で自身よりも質量の大きなものへ向けて照射した場合、ビームは照射対象ではなく自分を引っ張るワイヤーアンカーとなる」……という仕様がある。
スラスターを吹かして微調整するよりも早く、正確に目標地点へ接近できるということもあり、宇宙服による船外活動を行う際には幾度となく世話になったものだ。実際に体感してみると独特の挙動に振り回されそうになるが、それ以上に「自由の効きづらい船外でもスイスイ移動できる便利さ」を強く感じることかできた。
「G-5の本体は……あれだな」
宇宙服の靴底に仕込まれた電磁石でリベルタの装甲板に立ったまま、頭上を見上げて飛びつく先を見据える。
今一度跳躍し、宇宙空間へ身体を投げ出したのち、トラクタービームを起動。漂流するG-5の残骸のうち、最も大きなブロック目掛けて照準を合わせれば、先ほどと同じように俺の身体は光の帯にすいと引き寄せられていった。
「あ、やべ早」
が、相当分の距離を引っ張られ続けたおかげで、思っていたよりも勢いがついてしまう。
「うごふっ」
慌てて姿勢制御を行なおうとするが、時すでに遅し。俺は真正面から残骸へ叩きつけられる羽目になってしまった。
「うぐ……危なかった。面白いからって調子乗るもんじゃないな」
もしもこの場にウィスタ――昨日助けてくれたあの女の子がいたら、もれなく呆れ笑いを買っていたところだろう。
だが、今は一人なうえ、宇宙空間のど真ん中にいるのだ。誰かに助けてもらえる環境にない以上、もう少し危機感というか、慎重さを持って挑むべきだという実感が、急に強く感じられたような気がした。
「あんまり外ではしゃぐのもよくないしな。ちゃちゃっと終わらせるか」
気を取り直して、俺は宇宙服のスラスターで姿勢制御。気密扉が脱落して剥き出しになった入り口から、G-5の残骸の中へと入り込んだ。
長距離輸送用であるが故に整えられた船内居住区画を抜け、コックピットへと潜り込む。
リアクターが停止しているためか、船の機能の大部分は同様に沈黙していたが、その中に一つだけ、チカチカとインジケーターランプが光る場所があった。
「取り出しは……こうか」
近くに貼ってあった手順書のシールを頼りに操作すれば、指先越しに伝わる微かなモーター音とともに、小脇に抱えられる程度の機械が出現。
ソケットから外して眺め回してみれば、側面に「Control Core」という印字が見つかる。目的の品は、どうやらこれで間違いないようだ。
「よっしゃ。……この船を撃ち落とした奴が戻ってこないとも限らないし、さっさとずらかるか」
戦闘で撃墜された――あるいは一方的な襲撃に見舞われたという背景を考えれば、それを実行した犯人が2匹目の魚を狙いに来る可能性もないとは言い切れない。
リベルタは元軍用艦であるため、初期状態でもある程度戦うことはできるが、不十分な状態で余計な戦闘が発生すれば、その分必要なかったはずの修理費が嵩む可能性がある。そう考えれば、極力戦いは避けたいというのが本音だった。
「これともう一つが終わったら、最後はパトロールなんだよなぁ……どうか面倒ごとになりませんように……」
脳裏をよぎる嫌な予感に苦笑いを漏らしながら、俺はこの宙域を早々に退散するべく、基幹ユニットを抱えてG-5の残骸から離脱。リベルタへ帰還するべく、今一度トラクタービームを照射した。




