第7話 傭兵ギルドへ
翌日。
リベルタの船内に設けられた船員室のベッドで目を覚ました俺は、寝て起きた後でも状況に変化がない事を受けて「現状が夢の産物でないこと」を改めて認識。
昨日中に立てた大まかなプランに添い、リセットされてしまったリベルタの再強化計画を実行に移すべく、早速行動を開始することにした。
とりあえず、目下優先するべきは「傭兵サービスへの登録」だろう。
〈スタユニ〉の世界にも存在していたそれは、名前のごとく「傭兵として活動する宇宙船乗りたちのために運営されているネットワークサービス」であり、ここに登録することで初めて各種の依頼を仕事として引き受けることが可能になる。
一度登録してしまえばGALNET経由でどこでも依頼の受諾が可能で、実際にゲーム中では船の中から仕事を受けることも多かった。だが、開始時点で登録が済んでいたゲームの世界とは違い、本来ならば初回登録のために各地の支店――いわゆる「傭兵ギルド」へ出向く必要があるらしい。
なので、まずはそこへ顔を出すのが、傭兵として最初の仕事だと言えた。
「……変じゃないよな、この格好?」
自室――というか適当に自分用と決めた船員室の姿見と睨めっこしながら、俺は眉根を寄せる。
今の俺の格好は、簡素なシャツとその上に羽織ったジャケット、膝当て付きのズボンに頑丈そうなワークブーツといった、カジュアルかつ実用性の垣間見えるいでたちだ。
病院から出る際、「俺が倒れていた時に来ていた服だ」と言われて受け取ったそれは、何を隠そう〈スタユニ〉時代に俺がアバターに着せて愛用していた衣装である。船はリセットされてしまったが、アバター側の装備は喪失を免れたようで、腰のホルスターには同じく愛用していたピストルタイプのレーザーガン――殺傷力の有無を自由に切り替えられる優れものだ――がしっかりと収められていた。
「普段の俺の顔でこの服を着ると違和感半端ないなぁ……」
そうぼやく姿見の中の俺は、実に情けない表情をしている。
顔立ちは、まぁ人並みに見れる程度に凡庸だとは思っているが、ゲームの中で使っていたアバターのワイルドなイケメンっぷりと比べればどうしても容姿や体格は数段劣ってしまう。
そんなレベル差の開いた人間が着こなしていた服を自分が着るとなると、酷い違和感に苛まれてしまうのは無理からぬ話だと言えた。
「ま、どうしてもの時は買い替えればいいか」
こんなところでグダグダ悩んでいても、時間は待ってくれない。
すっぱり割り切ることを決めた俺は、もう一度姿見を確認。ジャケットをしっかり羽織り直してから、改めてリベルタの自室を後にした。
*
昨日も乗ったメトロに乗り込み、俺は一路、コロニーの主街区へと移動する。
時間帯が時間帯ゆえなのか、車内にたむろしているのは、仕立ての良いスーツや煤汚れの目立つ作業服といった、いかにもな仕事着を纏った人間たち。数こそまだ少ないものの、仕事人間が揺られる車内の光景はまさしく通勤ラッシュのそれだ。
文明レベルは現代日本と隔絶しているのに、こういうところはどこの世界もあまり変わらないらしい。変なところで妙な安心感を覚えつつ、俺はしばしメトロの走行音に耳を傾けていた。
「ギルドの建物ならあっちの奥だ。ロゴマークが建物の壁に書いてあるから、すぐわかると思うぞ」
「了解です、ありがとうございます」
そんなこんなでメトロを降りたあとは、駅前に詰めていたコロニーガードへ接触。傭兵ギルドの位置を教えてもらい、案内してもらった通りのルートで街を歩いていく。
目的の建物は商業区画を少し歩いたところにあるようで、道すがらには大小さまざまな商店が軒を連ねていた。
食料を扱うスーパーマーケットに衣料品店といった一般的なものはもちろん、星系の外から仕入れられた雑多な品々を取り扱う貿易品店や、奥まった場所には個人用の銃火器を取り扱うガンショップなど、この世界ならではな店まで。
中には船舶用の部品を取り扱う店もあり、真っ先にリサーチへ行きたい気持ちが俺の足を引き留めてくるが、今の目的を思い出してなんとか踏みとどまり、その場を後にするという一幕もあったりした。
そうして商業区画を抜けた先に、一棟の建物が見えてくる。
サイズ感は周りのビル群と大差ないので一見すれば風景に埋もれてしまいそうだが、建物正面の窓のない部分にでかでかと描かれた「星の周りを飛ぶ宇宙船を模したロゴ」が、これでもかとばかりに存在感を主張している。〈スタユニ〉の中でも馴染み深かったそのマークは、間違いなく傭兵ギルドの建物を示すものだ。
おのぼりさんムードを出しすぎないよう、なるべく平静を装って自動ドアをくぐると、意外なほどに小綺麗なエントランスが俺を出迎える。
傭兵という荒っぽいイメージの付きまとう職を束ねる組織の支部ということで身構えていたのだが、明るい照明や整然と配置された待機用の座席、仕切りを挟んでずらりと並ぶ受付用のカウンターなど、その装いはどちらかといえば銀行のそれに近い。
自分の中にあったひなびた内装のイメージとかけ離れたあつらえに面食らっていると、近くにいた職員と思しき女性が、こちらの存在に気づいてなめらかに一礼して見せた。
「傭兵ギルド、ルーメンプライム支部へようこそ。本日はいかがなされましたか?」
「えっと、傭兵サービスへの新規登録をお願いしたいんですけど」
「かしこまりました。では、こちらへお越しください」
職員の女性に連れられ、俺は空いていた受付の一席へ腰を下ろす。
「新規登録をご希望とのことですが、登録には市民IDかご所有の船舶のID、どちらかの登録が必須となります。どちらで登録なさいますか?」
「あー……じゃあ、船舶IDでお願いしたいんですけど、船のIDを把握してなくて。確認しに戻ったほうがよさそうですかね?」
「いえ、大丈夫ですよ。港湾局に問い合わせを行えばすぐに照合できますので、寄港中のハンガー番号をお願いします」
やらかしたか、と一瞬後悔しかけたが、流石にその辺りはいくらでもやりようがあるようだ。
内心胸を撫で下ろしつつ寄港中のハンガー番号を伝えると、職員さんは手元の端末をすいすいと操作する。それを眺める傍ら、俺は先のやり取りからふと気になる点があった。
「市民IDって、必須じゃないんですね?」
「そうですね。当ギルドでは正規の市民であるかどうかよりも、傭兵として徴用に値する人材であるか否かの方が重要視されます。なので、犯罪歴さえなければ非正規市民の方でも登録は大歓迎ですよ」
「へえ……なんか、もっと厳重に審査するものだと思ってたんで、ちょっと意外ですね」
「ベルメリア皇国内には、さまざまな理由から正規の手段で市民IDを取るのが難しい方もいらっしゃいますからね。無戸籍の方も意外と珍しくないので、手広く人材を登用するために、あえて戸籍を必須としていないのです」
無戸籍が珍しくない、というのは意外だったが、複数の星系にまたがる超広大な国土の全てを――それこそ小さな星の小さな生活圏に済む人間一人に至るまでの全てを国が管理するのは、それだけ容易ではないということなのだろう。
文明レベルの高さの割には緩いところもあるんだな、と思うが、今はそれがありがたかった。
「……はい、確認が取れました。パイロット名が〈レン〉様、船舶名が……あら、珍しい船ですね」
少し待っていると、おそらくリベルタの名前を目にしたらしい職員さんが、口元に手を当ててぱちくりと目を瞬かせた。
「昨日世話になった人にも同じことを言われました。やっぱり、リベルタってマイナーな船なんですね?」
「そうですね。私もいろいろな方の登録を請け負ってきましたが、少なくともこの船を持ち込んでくる方は初めてです。市場に回る数もごく少なかったようですからね」
どこか感慨深そうに呟いたのち、職員さんは思い出したようにこほんと咳払いを挟む。
「と、脱線してしまいました。船舶名は〈MTS-07 Liberta〉でお間違い無いですね?」
「はい、大丈夫です」
「わかりました。では……はい、これで仮登録は完了です」
もう少し色々とあると思っていたが、拍子抜けするほどあっさりと手続き終わってしまう。
思わず面食らったが、職員さんの口ぶりからするに、登録そのものはまだできていないようだ。その証拠に、職員さんはカウンター上にこちらへ向けたタブレットを置いてみせた。
「では、次は本登録のために、実践形式でテストを受けていただきます」
「実践……っていうと、もう依頼に取り掛かるんですか?」
「そうなりますね。傭兵ギルドでは『依頼をこなせる能力』が何よりも重要視されます。その能力を最も手早く、確実に評価するために、まずは新人向けの仕事をこなしてもらうのが、当組織の規則となっているのです」
そう説明する職員さんに促されるまま、俺はカウンター上のタブレットへ目を落とす。
「こちらに、新人向けの依頼を三つ用意しました。これらの依頼を全て達成して頂けた暁には、本登録の申請を受理させていただきます」
指し示されたタブレットの画面には、確かに三つほどウィンドウが表示されている。
断りを入れてタブレットを手に取り、依頼内容に目を通してみると、仕事内容はどれもまさしく初心者向けといった簡単な雑務ばかりだった。
「了解です。達成に期限はありますか?」
「特には設けておりませんね。迅速に達成していただければそのぶん評価はされると思いますが、まずはなにより自分のペースでこなしていただくのが一番かと」
「なるほど、わかりました」
職員さんのアドバイスへ素直に頷きながら、俺はタブレットに指を走らせ、全ての依頼に受諾の旨を伝えるチェックをつける。
「はい、依頼の受諾を確認しました。仮登録ではありますが、この依頼にも報酬金は発生しますので、そのつもりで頑張ってくださいね」
にこやかな笑みで俺を送り出す職員さんに会釈を返しながら、俺はさっそく依頼に取り掛かるべく、がたりと席を立った。




