第5話 無情な現実
「……いやいや、そんなわけないだろ。モニタの設定がおかしいんじゃないか?」
あまりにも聞き捨てならない言葉を耳にして、おれは思わず操縦席から立ち上がる。
「いいえ、エンジニアリングのタブはこれだけよ。ほら、見てみればわかるわ」
だが、当惑気味のウィスタは先の発言を覆そうとしない。
そんなバカな、と思いつつも、俺はサブシート側へ移動。ウィスタの横からサブモニタを覗き込み――びしり、と身体を硬直させた。
「……そんなわけないだろ」
震え声と共に半歩後ずさったのち、俺は踵を返して再び操縦席へ飛び込む。
まさか、そんなわけが。何かの冗談だろう。
そう自分に言い聞かせながら、操縦席のサブモニタを切り替え。各種コンポーネントとモジュールの管理画面を呼び出す。
だが、そこに映っていたのは――
「…………うそ、だろ?」
「EMPTY」の文字で埋め尽くされた船体情報。
いくつもの桁が失われて、見る影もないほどに弱体化したスペック情報。
それらが意味することは、ただ一つ。
我が愛機〈リベルタ〉に取り付けてあったはずの、たくさんの強化装備たち。
その全てがことごとく失われているという、無情な現実だった。
「……その反応を見るに、想定外の事態なのは間違いないみたいね」
俺の様子を見かねたのか、サブシートから席を外したウィスタがどこか心配そうな声音をこぼす。
「……想定内なわけない。こんなの、何かの間違いだ」
うわごとと共にサブモニタを操作する……が、結果は何度やっても変わらない。
何度もタブを切り替えようが、映し出される表記は同じ。
エンジンを切って再始動してみようが、画面に映る大量のEMPTY表記は、そこに焼きついて消えてくれなかった。
取り付けた装備の全てが失われている。
それはとりも直さず「この船に詰まった思い出」と「費やしてきた時間の象徴」がまるごと消えてしまったということだ。
「嘘だって言ってくれよ……!」
〈スタユニ〉を遊んできた時間の大半を費やして積み重ねてきた、俺だけの記念碑とも呼べる姿。
それらが全て水泡に帰してしまったという事実にようやく追いついた俺の心は、まるでこの世の終わりかのような絶望感で埋め尽くされていた。
「心当たりは……まぁ、あるならそんな死にそうな顔しないわよね」
「あるわけないだろ……好きこのんで愛機をこんな有様にする船乗りがどこにいるんだよ……」
絶望が嘆息となって口からこぼれ落ちると同時、前のめりに項垂れた拍子にがつんとコンソールに頭をぶつける。
「……いや、そうか。この状況、『再請求』したときと同じなんだ」
それが契機となったのか、俺の頭の中に、この状況を説明できる有力な可能性が一つだけ浮かび上がってきた。
リベルタの強化装備が全て剥げ落ちた理由を説明するのに、最も説得力の出る可能性。
それは、「どこかで船が壊されてしまい、それを保険で再請求した」という説だ。
宇宙船は基本的に壊されればそれきりだが、あらかじめ船に損失保険をかけておくことで、お金を支払って同型の船を新たに取り寄せることができる……というシステムがある。
だが、保険を使って取り戻せる船はあくまで「デフォルト装備の船」。プレイヤーが追加で設置したコンポーネントや追加モジュールまで再現してくれるわけではない。
撃墜された船をサルベージできれば装備を取り戻すことはできるが、そうでなければ船の状態は完全にリセットされてしまう。今のリベルタは、まさしくその「完全にリセットされた状態」にある……というのが、俺の推測だった。
「……ってわけだ。まぁ、俺の知ってる保険がこっちでも通用するなら、って但し書きはつくけどな」
「ええ、確かにそういう損失保険があるわ。更新費用が重たいからあたしは使ってないけどね。……どうやってこのステーションまで戻ってきたのかは引っかかるけど、その説なら確かに辻褄が合うわ」
「そこは聞かないでくれ。俺自身、どうやったのかなんてさっぱりわからないんだからさ」
自分なりの推論を話すと、顎に手を添えたウィスタが納得したように頷く。
「となると、あなたがロビーで倒れてたのも、もしかしたらそれが原因なのかもね」
「っていうと?」
「心理的ストレスってことよ。大事な船がまっさらな状態になって、その事実で心に負荷がかかったせいで気を失ったのかもね。記憶が飛んでるのは、そのショックから心を守るためなんじゃない?」
「そんなわけ…………ありそうだなぁ」
何も覚えてない状態でリセットされてたことを知った時でさえこの反応なのだ。もし仮に船が落とされた瞬間を目の当たりにしていたなら、それこそ発狂ではすまなかったであろうことは想像に難くなかった。
「……そう考えると、覚えてないのは幸運だったのか?」
「そう思っといたほうが建設的だと思うわ。少なくとも、『撃墜された場所も覚えてないからサルベージは諦めないといけない』なんて考えて腐るよりもずっとマシね」
「わざと意識しないようにしてたことを言わないでほしかった……」
はぁぁ……と、どうにもならなさそうな現状に対して、大きなため息をひとつ。
――だが、ウィスタのいう通りだ。こうして腐っていたところで状況に変化が起きるわけでもない。
放っておけばまた沈みそうな心に無理やりでも熱を入れるために、俺はバチン! と強めに頬を叩いた。
「……決めた。やり直しだ」
煮え切らない気持ちに踏ん切りをつけるため、俺はあえて決意を言葉に変える。
「中身を失おうが、リベルタはここにいる。なら、もう一度元に戻してやればいいんだ」
宣言するのは、再出発の誓い。
もっとも、リベルタに施していた強化の数は膨大だ。口で言うだけなら容易いが、集め直そうとするなら、それこそまた何百という時間を費やすことになることは想像に難くない。
それに、強化がなければリベルタの性能は凡百の一言に尽きる。極端な話、この船を売り払った元手で別の船を買った方が、よほど安全に暮らせるだろう。
――だが、それでも。
俺の相棒は、もはやこの船しか考えられないのだ。
幸いというべきか、俺にはまだ「この船を乗りこなしてきた経験」と、「ゲーム内で培ってきた知識」がある。
むろん、全てが同じように通用するとは限らないし、かつて使っていた装備と全く同じものを手に入れられる保証はどこにもないが……そんなことはどうだっていい。
俺にとって重要なのは、「俺のかけがえのない相棒に、もう一度理想の船へ仕立て上げること」ただそれだけ。
そのためならば、俺はできうる限りのことをするつもりだ。
「どうやら立ち直れたみたいね」
「完全にではないけどな。――ありがとう、ウィスタ。おかげさまで目が覚めたよ」
「礼を言われるようなことはしてないわよ。あたしはただ、自分なりに思ったことを口走っただけだし」
「それでも、そのおかげで腐らずに済んだんだ。礼くらいは言わせてくれ」
「そう? なら、遠慮なく受け取っとくわ」
実際、ウィスタの助言で気を強く持ち直すことができたのだ。彼女自身がなんとも思ってなかったとしても、俺からすればそれは立派な「救いの手」だった。
「――ともかく、そういうわけだ。これからまたよろしくな、相棒」
そんな宣誓を口にしながら、俺は相棒の操縦系をそっと撫でる。
元通りにするのが困難だとしても。
そこに至るまでの間に、どんな苦労が待ち受けていたとしても。
目指す目的はただ一つ。
もう一度、相棒を「最高の船」にすることだ。




