第30話 姉妹とお買い物
傭兵ギルドにて、登録情報の変更とデータの提供、その他もろもろの用事を済ませた俺たちは、ギルドの建物を後にして、商業区画を物色していた。
目的としては、昨日姉妹が同乗の条件として提示した「生活空間の模様替え」。加えて、今後のために何かしら必要なものがあれば買いこんでおこう、という話になっている。
そのため、まずは手分けして日用品や雑貨を買い込み、そのあと三人で、船の部品や設備を総合的に取り扱う大きめの商店に行こう……という計画を立案。二人の了承を得ていくつかの買い物を終えた後、俺たちは全員そろって商業区画を歩いていた。
「で、取り替えるのはソファと自動調理器だけでいいのか? 他に欲しいものがあるなら受け付けるぞ」
俺が問うと、前を歩く双子姉妹は鏡合わせの形でまったく同じ所作を取り、おとがいに指をあてて考え込む。
「せっかくだから、ソファに合わせてモニターなんかも取り付けたいわね。全員でネットを見たり、作戦会議するのに使えると思うし」
「わたしは、なにか壁紙が欲しいですね。今のままだと、声がすごく反響して、ちょっと落ち着かなくて」
「なるほど……そうだな、その辺も変えよう。他には?」
「うーん……改まって聞かれると意外と思いつかないわね。他に欲しいものと言えば、だいたい戦闘用の装備とかコンポーネントになっちゃうわ」
そう言って、ウィスタが眉尻を下げて苦笑する。
確かに、俺としても欲しいものはおおむねリベルタの強化に使えるものばかりだ。ガサツな生活で満足できる男であることもそうだが、スタユニ時代のゲーム内クレジットの使い道が船の強化に偏っていたせいで、「船をいじる」と聞くとどうしてもそっち方面に寄ってしまうのだ。
「まぁ、せっかくショップに行くんだしな。ついでに、買えそうな装備やコンポーネントも物色するとしようか」
折衷案とも呼べない方針を立て、ウィスタがそれに同調。
そんな折、不意にティルナが「あっ」と声を上げ、後ろを歩く俺に向けて振り返る。
「そういえば、お兄さん。コンポーネントで思い出したんですけど……リベルタのコンポーネントって、どのくらい弄ってますか?」
「リベルタの? いや、まだ何も手は付けてないな。この前買った外付けのシールドセルチャンバーが初めての強化アイテムだよ」
俺の回答に、ティルナはなるほど、と一言。
「でしたら――もしよければ、サルベージした〈サジタリオ〉のコンポーネントを、リベルタに組み込んであげてもらえませんか?」
それから、間髪を入れずに切り出された提案は、俺に大きな驚きをもたらすものだった。
「サジタリオの……っていうと、あの時の戦闘でパージさせたブロックの中にあったやつか?」
「はい。昨日のあの後、軽く調べてたんです。リアクターがオーバーロードしかけてた影響で損傷は激しかったんですが……レーダーシステムと冷却装置は、奇跡的に無事だったんです」
ティルナが懐から端末を取り出し、表示されたホロモニタを俺に見せてくる。
内容は、サジタリオの機関ブロックから取得した情報のまとめのようだ。ほとんど大部分が赤文字で「致命的損傷」だの「サルベージ失敗」だのと書かれている中、ティルナが言っていたレーダーシステムと冷却装置の欄だけは「損傷なし」の文言だけが。緑色に光っているのが見て取れた。
「レーダーとクーラー、ね。たぶん、ティルが手を加えてたから、その分頑丈になってたのね」
「たぶん、そうだと思う。それで、このままカーゴベイに置いておくのももったいないと思って。どうせなら、なんとかして活用できないかな、って思ったんです」
「それで、俺のリベルタにか。ありがたい話だけど……いいのか?」
問うと、ティルナは静かに頷く。
「もちろんです。……ほんの一部とはいえ、サジタリオの部品です。今のところは手放すつもりもありませんし、それならいっそ、新しい出番をあげたいんです」
「そうね、いいと思うわ。新しい船を持つまでずっと抱え込んだまま置いておくのももったいないものね。……どうかしら、レン?」
ティルナのみならず、ウィスタからもGOサインが下りる。となれば、俺の答えはひとつだけだ。
レーダーシステムの性能は言わずもがな、端末に表示されたコンポーネントの型番を見るに、冷却装置はかつてのリベルタが装備していたものと同等レベルのハイグレード品だ。
これがあれば、今後武装を更新した際の熱量管理に悩まされることもないし、サジタリオがやっていたサーマルステルス戦法も使えるようになる。活用しない手はないだろう。
「そういうことなら、喜んで。大切に使わせてもらうよ」
「ありがとうございます! あ、もしよければ、取り付けはわたしに任せてもらってもいいですか?」
「もちろんいいけど……メンテナンスサービスなしでできるのか?」
「ふふん、うちのティルを舐めないでちょうだい。時間と機材さえあれば、メンテナンスサービスに改装を頼む必要なんてなくなるわよ」
「そ、そんな大層なものじゃないよぉ……」
我が事のように自慢げに胸を張るウィスタと、それを聞いて顔を赤らめながらわたわたと否定するティルナ。
見ていて飽きない二人の所作にひっそりと忍び笑いを漏らしつつ、俺はじゃれあいながら先を行く姉妹を追うように歩いて行った。
***
俺たちが足を運んだのは、ギルド公認の大型商会が運営する、船舶設備用の総合商店だ。
そして、そこでの買い物は――当初の予定に反して、思っていた以上の時間と予算が持っていかれることになった。
実のところ、姉妹の財布に負担をかけたくなかったのもあり、本当はあまりお金をかけるつもりはなかった……はずだったのである。
計算外だったのは――ショップの店員さんが、なかなかの「やり手」だったということだ。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
お決まりの営業スマイルと共に、鮮やかな一礼を見せる男性店員さん。
こちらの用件を伝えたところ、彼はいっさいのよどみを感じられない所作をもって、次々と流れるようにセールスを繰り出し始めたのだ。
「船内用のソファですね。柔らかめの材質となれば……こちらなどいかがでしょうか?」
「どれどれ……あー、丁度いいかもしれないわ。よくこんなピンポイントでわかるわね?」
「手の入っていない船内設備の傾向は、おおむねどの船でも同じようなものでして。そこから生じるお客様のご所望内容もだいたいの傾向が似通っていますので、当店ではそのニーズに合わせたものを取り揃えているのです」
「へー、やるじゃない。なんか悔しい気もするけど、これでいいかもって思えちゃうわね……」
その腕前たるや、ソファを選びに行けば、一発で好みを見抜かれたウィスタが篭絡され。
「自動調理器でしたら、〈クリス&ジョニー〉社の最新モデルが入荷しておりますよ」
「わっ……あの〈CJバーガー〉の会社の! これ、半年前にリリースされたばかりのモデルですよね?」
「その通りでございます。信頼と実績のある同社のナノテクノロジーによる高品質な自動メンテナンス機構と、同社開発のレシピが一通り実装されておりますよ。少々お値段は張りますが……」
「大丈夫です! 予算には十分収まりますし、良いシールドジェネレーターを一基買い足すよりはぜんぜん安いですから!」
自動調理器を吟味しようとしたら、見知った名前のブランド――どうやら前に寄った店の親会社らしい――に釣られたティルナがその場で即決し。
「お客様。お聞きするところによると、お客様の船は船内設備がほとんど弄られていないとのことですが……」
「あー、まぁ。やっと稼げるようになったばっかりなもんで、まだ手付かずですね」
「なるほど。では、もしよければ、QOL向上も兼ねて、予算の範囲で他にもいくつか設備を入れ替えてはいかがでしょうか? 対象の設備を同時購入していただけるなら、お値引きしたうえで二年間の保証もお付けして、設備入れ替えの工賃はこちらで負担いたしますよ!」
「…………なる、ほど? ……具体的に言うと、何が対象なんです?」
なんでもかんでも受け入れるのはよくないと思っていたはずの俺は、乱舞するお得ワードの数々に盛大に心を揺さぶられ。
「――はい、確かに! お買い上げありがとうございます! お客様の船がギルドより返却され次第、すぐさま施工にかからせていただきますね」
最終的には、変える予定のなかった部分――具体的に言うなら浄水設備や空調設備、姉妹の部屋として使う予定の船員室に設置するベッドや細々とした家具などまで取り替えることが決定。
店員さんから、それはそれはニッコニコの笑みを頂戴することとなってしまった。
「恐ろしいセールストーク力だった……」
船内設備の売り場を離れ、携帯端末に表示されている目減りした預金残高を眺めながら、俺はしみじみと感想をこぼす。
とはいえ、ティルナが言っていた通り、船内設備は船の主要コンポーネントなどと比べればはるかに安いものだ。
今回導入したもの全てを合わせても、お値段はおよそ4万5千ユニット程度。相場よりだいぶ高かったとはいえ、小型のシールドセルチャンバーを9万ユニットで買い付けたことを思えば、経費としてはむしろ安いぐらいだ。
それに、裏を返せば当面は設備取り換えの心配もなくなったとも言える。長い目で見るのであれば、早期に更新を行えたのは悪い選択ではなかったのだろう……という言い訳で、ひとまずは自分を納得させることにした。
「リビングのインテリアだけで済ませるつもりだったのにね……まぁ、悪い買い物ではなかったんだし、良いんじゃないかしら?」
「まぁな。予定よりもだいぶ多めに吸われたけど、予算の範疇にはギリギリ収まったしな」
「ご、ごめんなさい……でも、クリス&ジョニーの自動調理器は捨てがたかったんです……!」
苦笑するウィスタと、謝罪しながらも小さな拳をぐっと握って熱弁するティルナ。
全員――というか俺の財布と姉妹の財布で折半することを決めていたため、二人としてもまあまあの出費だったとは思われるが、結果として目的以上の成果は出せたのだ。姉妹どちらも渋い顔をしていないのであれば、これはこれで良しと言っていいだろう。
「そういえば、レン。武装を変えるお金ってまだ余ってる?」
そのまま、流れで施設内にある別の売り場を見物していたところで、不意にウィスタがそう切り出してきた。
「まぁ、それなりには。何か欲しいものでもあるのか?」
「ちょっとね。この際だから、リベルタ用の外付けミサイルラックと、ミサイルを買い足しておきたいのよ」
ミサイル? とおうむ返しに聞き返すと、ウィスタは小さく頷く。
「サジタリオの時も、その前の小惑星帯での戦いのときも、リベルタは火力不足で苦しんでたでしょう? 丁度あたしたちの持ち金も使えるし、これを機に戦力の増強をしておいたほうがいいと思うのよ」
たしかに、ここまでの戦いにおいて、リベルタは慢性的な火力不足に悩んでいた。
姉妹のおかげで勝利をもぎ取ることはできていたが、小惑星の陰に逃げた相手を追撃することもかなわず、強力なシールドを前にすれば飽和の前に振り切られ、戦績としては散々たるもの。
かつての主砲を取り戻す手立ても無く、サジタリオという火力の要すら失われた今のままでは、致命的な火力不足に喘ぐことになる日は、そう遠くない未来だと言えた。
「……ウィスタの言う通りかもな。でも、コンポーネントがそうだったように、ミサイルもここだと高いぞ?」
「それは仕方ないわよ。あとからするなら、無いものをねだって苦しむよりも、骨折り損だったって笑うほうがよっぽどマシよ」
それはそうだ。仮に後から選択を悔やむ機会があるのなら、いっそのこと笑える後悔のほうが良いだろう。
「あの……それなら、無誘導のロケット弾を買うのはどうでしょうか?」
なんてことを考えていると、やや控えめにティルナが挙手と共に意見を挟んでくる。
「無誘導かぁ。俺も考えたんだけど……命中精度を考えるとあんまり気乗りしないんだよなぁ」
スタユニ時代にも無誘導ロケット弾は存在していたのだが、その扱いはどちらかというと「安かろう悪かろう」な塩梅だった。
ミサイルより安く、それでいて火力そのものは高いのだが、レーザー系の装備と比較すると弾速が遅いために偏差撃ちの難易度が高い……という欠点を抱えている。
静止目標相手ならばともかく、「ドッグファイト中の高速で動く敵の船に」「こちらも細かい操縦や姿勢制御を行いながら」「相対速度を計算して狙い撃つ」という煩雑さを鑑みると、どうしても採用には二の足を踏んでしまうのだ。
「でしたら、わたしやお姉ちゃんが専門で扱う形にすればどうでしょうか?」
腕を組み、首を傾げて迷っていた俺だったが、そこに飛んできたのはティルナの妙案。
「二人に? ……そうか、今はソロじゃないから、サブパイロットの手が借りられるのか。一人で全部やる必要はないんだな」
「はい。サブパイロット用のタレットシステムにもランチャータイプのものがありますし、レーザータイプの副砲の代わり、として考えればいいんじゃないかと思います」
「あたしもティルの意見に賛成するわ。今のあたしはあんまり仕事がないから、そういう意味でもちょうどいいんじゃないかしら」
二人の提案を、わざわざ否定する道理はない。むしろ、単純な戦力増強になるのならば、こちらとしても歓迎だ。
「わかった。そういうことなら、ロケットランチャーを見繕うか。ついでに、買えそうなら少しでいいからミサイルも積みたいな」
「はいっ。じゃあ、目利きはわたしに任せてください! 昔いろいろ試した経験がありますから、自信ありますよ!」
ふんす、と自信に満ちた顔で握りこぶしを作るティルナに「頼んだ」と笑いかけながら、俺たちは総合商店での買い物を続けるのだった。




