第29話 傭兵ギルド再び
2026/09/22…
ストーリー進行の仕方にやや不自然な点が見受けられたため、一部校正を実施しました。
内容に変更はありませんので、予めご容赦いただけると幸いです。
「……で、今日の予定はどんな感じの予定だ?」
朝っぱらの一悶着からしばらく経ち、ところ変わってコロニーを走るメトロの車内。
相変わらず多様な人々が乗り合わせていて、ほどほどに手狭となった車内で、俺は車内の壁にもたれかかりつつ、傍らの座席に座る姉妹へ問いかける。
顔を上げ、俺の質問に答えるウィスタは、すっかりいつも通りの面持ち――のように見えて、まだ微妙に顔の赤みが取れていないように思えた。
「とりあえず、まずはギルドへ転属の申請を出すわ。あと、昨日起きたあれこれに関しても、一通り報告はしといたほうが良いと思うわ」
「自立巡航魚雷と、その出所の件か。確かに、仮にあれがエレボス帝国の策略なら、きちんとギルドへ通しておいたほうが良いだろうな」
あれが本当に帝国の仕掛けてきた攻撃だった場合、それはとりもなおさず「ルーメン星系が戦火に晒される危険がある」ということの証明でもある。
俺たちの持つ情報は極めて断片的、かつ信憑性も不確かなものであるが、それでも情報であることに間違いはない。人々のために働く傭兵として、情報の提供は半ば義務であると言えるだろう。
「なるほど、方針はわかった。だったら、報告と申請のついでに依頼の吟味でも……と思ったけど、流石に昨日の今日で仕事する気分にもなれないよな」
「そう、ね……レンには悪いけど、もう少しだけ気持ちに整理をつけてからにしたいわ。初仕事は、明日まで待ってくれないかしら?」
困ったように眉尻を下げて、ウィスタがそう嘆願してくる。
無理もないだろう。なにせ、何年も付き合ってきた愛機を失っているのだ。そんな精神的に不安定な状態で仕事をさせるような真似は、俺としてもしたくはない。
「構わないさ。なら、ギルドに寄った後は商業区画をぶらつきに行こう。二人の要望……内装の模様替えも、ついでに済ませるとするか」
「ありがとうございます、お兄さん。約束通り、費用はわたしたちも負担しますね」
「了解。……あ、そうだ。その代わり、よければ今日の飯代は俺に持たせてくれないか?」
ふと思い立ってそう切り出すと、あまりにも唐突だったせいか、姉妹が揃って首を傾げる。
「えっと……? 申し出はすごく嬉しいんですけど、急にどうしたんですか?」
「深い意味はないさ。朝っぱらの迷惑料と……あと、ウィスタに関しては道案内してもらった日のお礼も込みだよ。『なにか奢る』って約束、まだ果たせてなかっただろ?」
それは、俺がこの世界で目覚めた初日のにさかのぼる。
あの時ウィスタは、たしか道案内の礼として「ジュースの一杯くらい奢って」という感じのことを言っていたのだ。当時の俺は一文無しなので礼を先送りにしていたのだが、そろそろ俺も一端の傭兵としてそこそこ稼げるようになってきた。ちょうどいい機会でもあるし、返せる恩は返しておくべきだろう。
で、当のウィスタ本人はしばし視線を逸らし、記憶を振り返る体勢に入っている。
かと思えば、ようやく得心が行ったように「ああ!」と両手を打ち合わせた。
「そういえば……あんた、よく覚えてたわね? あんな些細な口約束、律儀に守らなくたっていいのに」
「ウィスタにとっては些細でも、俺にとってはすごく助かったことなんだよ。いい機会だし、さっきのお詫びも兼ねて、まとめて返させてくれないか?」
「ん……まぁ、そこまで言うなら遠慮なく。じゃあ、叩き起こしちゃったティルの分も合わせて、なにか美味しいもの食べに行きましょうか」
そんな約束を取り付けつつ、俺たちはメトロに揺られ、商業区画へと向かっていった。
*
「あら、ウィスタさんにティルナさん。それにレンさんも……ようこそ傭兵ギルド支部へ」
ギルドの建物へ入り、受付を済ませてカウンターに顔を出すと、顔見知りの職員さん——俺が登録した時に応対してくれた人でもある——が、にこやかに笑いかけてくる。
「ども。えっと、所属船団の変更届ってお願いできますか?」
「はい、承りますよ。どちらの方の変更ですか?」
「あたしたちよ。……色々あって、サジタリオを失っちゃってね。しばらくレンのところで厄介になるつもりなの」
苦い笑みと共にウィスタが説明すると、職員さんは思いもよらないことを聞いたと言わんばかりに驚きの顔を見せる。
「ウィスタさんとティルナさんが、ですか? それは……にわかに信じられないお話ですね」
「事実よ、残念ながらね。……コロニー近域で傭兵同士の船が戦ってたとか、そういう記録は回ってきてない?」
問われた職員さんは、傍らのPCへ手を伸ばす。
ホロキーボードをタイプする電子音だけがしばらく鳴り響いていたが、やがてモニタから目を離した職員さんは、神妙な面持ちで俺たちへと視線を戻した。
「……ありました。星系軍から『傭兵同士の小競り合いが起きていた』という報告が上がっています」
「やっぱり、ですか。状況的に、そうじゃないかなとは思ってましたけど……介入してこなかったのはそういうことだったんですね」
職員さんの一言で何かを察したらしいティルナが、沈痛な面持ちでふぅと小さくため息をつく。
「どういうことだ? あのときの状況と、星系軍が来なかったことに何か関係があるのか?」
「えっと……あの時のサジタリオは、あくまで『制御系を乗っ取られた』以外の被害を受けていなかったんです。識別信号や所属登録は、書き換えられずに元のまま使いまわされていたってことですね」
確かに、サジタリオの制御が奪われた後も、リベルタ側の識別は友軍機のままだった。
だからこそ星間跳躍航行を同期させることもできたし、その穴をついてこちらから先制攻撃を叩き込むこともできたのだ。サジタリオがリベルタと敵対したのは、あくまでもこちらが攻撃を仕掛けたからであり、それがなければずっと俺たちの味方として扱われて――
というところまで考えて、ようやく俺は合点がいった。
「……なるほど。識別信号が変わってなかったから、星系軍もまさか『サジタリオがコロニーを攻撃しに来た』なんて思いもしなかった、ってことか」
「そういうことになるわね。あたしたちで対処できたからよかったものの、もしあたしたちが出遅れてた場合、認知し遅れた星系軍の迎撃が間に合わなくて、コロニーに大きな被害が出てた可能性もあったかも」
ウィスタが口にした最悪のケースを想像して、思わず背筋がうすら寒くなる。
そう考えれば、ほかならぬ俺たちの手でサジタリオを止めることができたのは、思ったよりも大きな戦果だったのかもしれない。
当然、当事者である姉妹からすれば、これ以上ないほどに悲しい結末だ。だが、予測される被害の甚大さを鑑みれば、最良の決着とはいかずとも、最悪の事態を引き起こすことを未然に防げたことは喜ぶべきことと言えるだろう。
「えぇと……お三方の話からすると、サジタリオの喪失にはなにか事故以外の理由があった、ということでよいのでしょうか?」
なんてやり取りをしている中、カウンターの向こうからやや緊張感のある声で問いかけてくる職員さんに、俺たちはもうひとつの本題である、昨日起きた事件の顛末を説明する。
星系外縁部でのサルベージ任務中、エレボス帝国から流れてきたと思しき密輸コンテナを発見したこと。
証拠として持ち替えろうとしたところ、仕込まれていたブービートラップによってミサイルが放たれたこと。そのミサイルがただのミサイルではなく、自立巡航魚雷と呼ばれる兵器だったこと。
自立巡航魚雷に仕込まれていたらしいウイルスがサジタリオを乗っ取り、コロニーへ攻撃を行おうとしていたこと。
リベルタがそれを阻止するべく奮闘したものの、最終的に奪還は叶わず、船が失われてしまったこと。
起こった出来事を姉妹と共に包み隠さず打ち明けると、ひとしきり話を聞き終わった職員さんは、その表情をにわかに険しくしていった。
「……皆さん。一応の確認ですが、虚偽の報告ではありませんよね?」
「当り前よ。その言葉の続きは、どうせ、『もしも虚偽だった場合、偽の情報で国家間の緊張をいたずらに煽った罪に問われる恐れがある』っていう警告でしょう?」
「その通りです。皆さんのおっしゃることが本当であれば、これは憂慮すべき情報となりますので」
それはそうだろう。「交戦状態にある隣国で昔使われていた兵器が秘密裏に持ち込まれていて、あげく罠として使われた」なんて情報など、いち傭兵ではなく国家で対策を講じるべき案件だ。
「一応、リベルタのレコーダーを調べてもらえれば、証言の裏付けは取れるはずです。俺があの自立巡航魚雷を止めようとして、避けられたシーンまできっちり映ってると思いますから」
「なるほど……わかりました。では、レンさんの船のログはこちらでサルベージするよう手配します。船のほうは、しばらくギルドでお預かりさせていただいても良いですか?」
「ええ、構いませんよ。この後はしばらく街にいる予定なんで、夜になるまでには返してもらえれば」
「承知しました、ご協力に感謝します。……と、ウィスタさんとティルナさんの登録情報の変更がまだでしたね」
重大情報によって忘れられかけていた二人の所属変更を待つ傍ら、少し遠慮がちにティルナがカウンターへ身を乗り出す。
「あの。もしよければ、自立巡航魚雷の出所が分かった時は、教えてもらえませんか? サジタリオを罠に嵌めた相手がもしわかったなら……わたしたちで仇を討ちたいんです」
静かで、それでいて揺るがない決意に満ちた、明朗な宣言。
それを聞いた職員さんは、しかしどこか残念そうな面持ちで首を横に振った。
「お気持ちはやまやまですが……おそらく、何かわかったとしても、こちらに情報が下りてくることはないと思われます。なにぶん、事が事ですので」
「……そう、ですか。そうですよね」
おそらく、職員さんの回答はティルナもうすうす予感していたのだろう。その顔には、拒否を言い渡されたことに対する憤りではなく、納得ずくの落胆が見て取れた。
「ごめんなさい。ですが、もし開示が許可されれば、その時はお伝えいたします。ほんの小さな情報になるとは思われますが……」
「それでも、かまいません。その時は、お願いします」
「あたしからもお願いするわ。やられっぱなしのままでなんていてやるもんですか」
「わかりました。お二人がそうおっしゃるのであれば……ご期待に沿えるよう、いくらか手は尽くしてみますね」
姉妹それぞれの意気込みを受け取った職員さんは、眉尻を下げて困ったような表情を交えつつも、了承と共に笑いかけてくれた。




