第3話 ウィスタの案内
「……つまり、あなた今記憶喪失なの?」
ウィスタに引きずられ――もとい連れられた俺は、コロニー内を移動するため、メトロへと乗り込んでいた。
作業着姿の男性やアーマーを纏った傭兵らしき人物、買い物帰りらしい私服姿の親子など、多種多様な利用客がたむろしている中、隣の座席に腰を下ろしていたウィスタは、俺の簡潔な説明を聞いて驚いたようにそうこぼした。
「ちょっと違うけど、だいたいそんな感じ。で、ハンガーにある俺のものらしい船を見れば何か思い出すきっかけになるんじゃないかって言われて、今に至るってわけだ」
「はー、なるほどねぇ。訳アリだろうとは思ったけど、思ってたより厄ネタかもしれないわね、あなた」
「そんなことはない……と思いたい……」
ウィスタの言う通り、突如現れた記憶喪失の謎めいた男など、はたから見れば厄ネタ以外の何物でもない。
当事者からすれば笑うに笑えない事態なのだが、俺がウィスタの立場なら同じようなことを思っていたであろう事を考えると、あまり強く言い返す気にもなれなかった。
「とりあえず、ハンガーに船があるってことは、あなたは元々パイロットだった可能性が高そうね」
「……あぁ、たぶんな」
ウィスタの推察に、窓の外を流れる照明の群れを見ながら曖昧な頷きを返す。
本当はたぶんどころか自他共に認めるレベルのベテランパイロットなのだが、それはあくまでゲーム内の話。
ゲーム内の常識や知識がこの世界で通用するかわからない現状、下手なことを口走るのは極力避けた方がいいというのが、俺の考えだった。
*
しばらくの雑談を経て、宇宙港の停車駅でメトロを降りた俺は、そのままウィスタの案内に従い、宇宙港を奥へ奥へと進んでいく。
「おぉ……!」
雑踏に混じって歩く俺の視界に映るのは、ひどく見覚えのある光景。
頑強さを優先した無機質な金属製の内装に、ホログラムで表示された案内板。遠くから響くアナウンスの声や、周りを歩くパイロットらしき人々の喧騒。
モニター越しに何百回、何千回と見てきた「宇宙港」の光景が、寸分違わず俺の目の前に広がっている。その光景に、思わず俺の口からは感嘆の声がこぼれ落ちた。
「その反応を見るに、この辺は見覚えあるみたいね」
「あぁ、ある。どこ見ても既視感しかなくて、逆にビックリしてるよ」
「それは何よりね。ほら、そんなにキョロキョロしてたら笑われるわよ」
しきりに周囲を見渡す俺の姿がおかしかったのか、ウィスタが苦笑交じりに俺を手招きする。
「悪い、つい。……えっと、俺の船はたしか32番ハンガーにあるんだってさ」
「32番ね。なら、エレベーターはあっちよ」
案内に従い、ちょうどロビーに泊まっていたエレベーターへ乗り込む。
エレベーターといっても、このコロニーで利用されているのは縦ではなく横に動くエレベーターだ。さながら電車が動く時の如く横向きに働く慣性は馴染みがなく、思わず壁に手をついて踏ん張るという間抜けな絵を展開し、ウィスタから苦笑をもらう羽目になった。
「っとと……そういえば、ウィスタが俺を見つけてくれたっていってたけど、具体的に俺はどこで倒れてたんだ?」
体勢を整えながら、ふと気になった俺は携帯端末をいじるウィスタにそう問いかける。
「さっき通ってきたところよ。エレベーターホールからちょっと進んだあたりで、こう、うつ伏せにバターってね。最初はいざこざ起こした傭兵が撃ち殺されて転がってるのかと思ったわ」
「縁起でもない話だな……」
「だって、本当にピクリとも動かなかったんだもん。それで、おっかなびっくり調べてみたらちゃんと息があったから、余計にビックリしたわ」
そう言って、ウィスタは肩をすくめて笑う。
口調こそ軽く流すものだったが、実際のところ彼女なりに心配してくれていたのだろう。病院に預けっぱなしでいいところを、わざわざ様子を見にきてくれたことが、その証左と言えた。
「まぁ、俺がウィスタの立場でも同じことになってただろうな……ホント、助けてくれてありがとうな」
「別に、大したことしてないわよ。ま、感謝してくれるんなら飲み物でも奢ってもらおうかしら?」
「それはぜひとも。まぁ、まだ無一文だからお金が手に入ってからになるだろうけど」
「構わないわ。どのみちあたし達もしばらくここで仕事するつもりだからね」
そんな雑談を交えて時間を潰していると、ほどなくしてポーン、という電子音が目的地への到着を告げた。
圧縮空気の抜ける音を立て、開いた扉の先にあったのは、これまた〈スタユニ〉プレイヤーにはお馴染みの場所であるハンガーの景色。
現代では考えられないほどに広々とした人工の空間を埋めるのは、外からやってきた船を係留するためのランディングパッド。
そしてその上には、一隻の宇宙船が駐機されていて――
「ぁ」
瞬間、雷に打たれたような衝撃を覚える。
「その顔、覚えがあるみたいね」
ウィスタの言葉に返答のひとつも返さないまま、俺は完全に足を止め、食い入るように目の前の宇宙船を見やる。
覚えがある、なんてものじゃない。
むしろ、「自分の船」という単語を聞いて、なぜこの船のことを思い出さなかったのかが不思議なくらいだ。
直線と面を多用した、鋭角的でシャープなシルエット。
今は駐機のために後方へ折り畳まれているが、展開すればXの文字を描くよう配置される主翼。
それらが構築するヒロイックな勇姿は、たとえ視点が違っても見間違えようもない。
「〈リベルタ〉……本当に、お前なのか……」
それは、〈スタユニ〉の世界において、俺が最も長く乗り回してきた船。
仮想の宇宙を何百時間も共に飛び回り、数多くのコンテンツへ共に挑み、心血を注いで強化を施してきた、唯一無二の我が「相棒」。
メディオテクノロジーズ製のマルチロール型宇宙船〈Liberta〉。
モニタの中にしか存在し得ないはずの愛機が、確かな存在感をともなって、静かにその翼を休めていた。




