第2話 窓〈ウィンドウ〉越しの世界の中で
〈Starry Universe〉。略称を〈スタユニ〉。
それは、俺ことレン――本名を宮野 蓮太郎という男が、社会人なりたての頃から長くプレイを続けている、「オンラインゲーム」の名前だ。
ゲームジャンルは、恒星間航行技術が発達し、人類がその版図を広大な星々へと広げた時代を題材とした、王道のSF系。
宇宙船の操縦免許を手にした主人公を自分の分身として、大小さまざまな宇宙船を駆り、プレイヤーが思うままの宇宙生活を繰り広げていく……というのが、このゲームの基本的な骨子だ。
自由度の高さと洗練されたアートデザインで好評を博し、世界的に大人気……とまではいかずとも、その手のジャンルの好事家たちでにぎわう、中堅どころのオンラインゲームだった。
かくいう俺も、その世界観に魅せられた好事家の1人である。
宇宙船を駆ってさまざまな仕事に身を投じ、そこで得た報酬を使って船を強化したり、新しい船で新しい仕事に手をつけてみたり。
このゲーム以外ではなかなか味わえない「宇宙で暮らしている感覚」が好きで、ゲームを始めてからは、余暇のほとんどを宇宙生活に費やしていたのだ。
で、先ほど俺が目にした広告の企業たちは、いずれも「スタユニ世界で名の知れていた造船企業」の名前だ。
特に、〈メディオテクノロジーズ〉が手がけた「とある船」には、訳あって長いことお世話になっているという背景がある。その繋がりで覚えていた会社名が、巡り巡って現状の把握につながることになったのだ。
つまるところ、今の状況を簡潔に説明するなら、『俺は「スタユニ」というゲームの舞台である、宇宙へ進出した人類圏の中にいる』。
言葉にすればあまりにもフィクションの産物過ぎて笑いが漏れそうになるが、しかし夢や妄想と切って捨てるにはあまりにも「鮮明すぎる」のだ。
頬をつねればきちんと痛いし、胸に手を当てれば自分の鼓動が手のひらに伝わってくる。
シーツを掴めばさらりとした感触が、窓ガラスに触れれば指先にはひやりとした感触が返ってくるその明瞭な感覚は、夢特有のおぼろげな感覚とは真反対だ。
この現状を正確に言い表すには、「ゲームの中に迷い込んだ」という表現が最も適切だろう。
我ながら頭がおかしいとは思う。だが、現状を鑑みればそう考えるのがいちばん自然なのだ。
「……もしもし、レンさん? 聞こえていますか?」
「え? あ、すいません。ちょっと考え事しちゃって」
なんてことを考えていたら、対面に座った男性――白衣と首にかけた聴診器というステレオタイプな装いのお医者さんに、心配そうな顔で声をかけられる。
そういえば今は診察中だったことを思い出し、素直に謝罪すると、お医者さんは俺が反応を返したことに安堵した様子を見せた。
「では、簡潔ですが、あなたがここに来た経緯をもう一度ご説明します」
対面のお医者さん曰く、俺はこのコロニーのハンガー区画……要するに宇宙船を停泊させる港で倒れているところを、通りがかった傭兵に発見され、病院に担ぎ込まれたそうだ。
検査の結果、外傷や体内の異常は全くのゼロ。周囲には躓くようなものや怪しい人影も見られなかったので、おそらくはなにかしらの精神的な要因で気を失っていたのだろう……という推察を、傍のホログラムに表示されたカルテと共に教えてくれた。
「それで、あなた自身、あの場で倒れていた理由に心当たりはありますか?」
「いやぁ……それがまったく」
そもそもの話、自分がどういう経緯を経てこのコロニーにやってきて、この場で診察を受けるに至ったのかすら判然としていないのだ。
そんな状態で「なにがあったの?」と聞かれても、俺としては首をかしげることしかできないのである。
「俺自身、ここにいる理由をまったく覚えてないんです。ここのベッドで目を覚ます前にどこで何をしていたのかも、正直あいまいで」
「なるほど。記憶障害……あるいは一時的な記憶の混濁といったところでしょうか。こればかりは、時間や外的要因による解決を望むしかありませんね」
そう言って、お医者さんは難しい顔で手元のタブレットに指を走らせる。
その様子を眺めていると、はたと気になる点が浮かんできた。
「……ところで、どうして俺がレンだって知ってるんですか? 俺、何か身分証持ってましたっけ?」
「あぁ、それは『港湾局』に教えて頂けましたよ。宇宙港に『あなたの名義で登録された宇宙船』が係留されていたそうなので、暫定としてお名前を使わせていただきました」
直後、お医者さんの口からは、衝撃的な発言が飛び出してきた。
「……俺の船、ですか?」
「はい。船舶IDの登録名義は、間違いなくレンさんのものだそうです。覚えはありませんか?」
問われるが、やはり俺には首を横に振ることしかできない。
いや、正確に言うなら覚えはあるのだが、それはあくまで「ゲームの中の話」だ。その「俺名義の船」がどういうものかわからない以上、憶測だけでものを語るのは避けた方がいい、というのが俺の考えだった。
「すみません、まったく。……ちなみに、その船ってどういう船なんですか?」
「えぇとですね……いや、実物を見てもらったほうが早いかもしれません」
良いことを閃いた、と言いたげなお医者さんは、再びタブレットへ指を走らせる。
「退院の許可はもうお出しできますので、一度病院を出て件の宇宙船を見に行ってみてはいかがでしょうか。実物を見れば、あなたの記憶に何かしら良い影響があるかもしれません」
続けて聞かされたのは、俺にとっても願ってもないような提案だった。
「いいんですか? その、俺たぶん一文無しで、入院費用とか払えないと思うんですけど……」
「大丈夫ですよ、ここはツケも効きます。駆け出しでお金のない傭兵さんに向けたサービスではありますが、一般人相手に適用してはいけないというルールはありませんからね」
「……ありがとうございます。お金が入ったら必ず支払いますので」
深々と頭を下げると、お医者さんは意外そうな顔をしつつ「気にしないでください」と苦笑を漏らした。
*
「では、お大事になさってください。宇宙港への行き方は、コロニーガードの職員に聞けば教えてくれるでしょう」
「はい、ありがとうございます」
いくつかの手続きを経て、俺は病院の総合受付を後にする。
踵を返し、いざコロニーの街へ――と思ったその矢先、どこからか聞こえてきた「あっ!」という声が、俺の耳を叩いた。
「そこのあなた! 目が覚めたのね!」
「え?」
周囲に目線を向けるが、受付の待合所は閑散としていて、誰かと誰かが話し合っているような姿も見えない。
ならば一体誰が、と首を傾げる俺に、ひとつの影が近づいてきた。
「数時間ぶりね。といっても、あなたは気を失ってたから顔も知らないとは思うけど」
俺の目の前にやってきたのは、「ピンクがかった赤色の髪」という鮮烈な個性を持った、ポニーテール姿の女の子。
裾の短いジャケットとタイトなパンツをばっちりと着こなし、両手を腰に当てながら、整った顔に笑みを浮かべてこちらを見やっている。
そのしぐさと立ち振る舞い、髪色も相まって、まるで周囲とは隔絶したような「明るさ」のある女の子だった。
「……えっと、どちら様?」
「よく聞いてくれたわね。あたしは〈ウィスタ〉。何を隠そう、倒れてたあなたを見つけてここに担ぎ込んだ張本人よ」
その口から飛び出した発言が、再び俺を驚かせる。
たしかに、お医者さんからは「通りがかった傭兵に発見されてここに搬送された」といういきさつを聞かされていた。よもや、その第一発見者とこんなにも早く顔を合わせることになるとは。
「そうだったのか、ありがとう。俺はレン、改めて感謝するよ」
「どういたしまして。当事者として様子を見に来たんだけど、無事なようで何よりだわ」
謝意を伝えると、ウィスタと名乗った女の子はひらひらと手を振って笑う。
いいとこ十代後半にしか見えない容姿だが、それにしてはずいぶんと落ち着いた、あるいは気負いのない自然な振る舞いだ。
「こうしてここにいるってことは、もう退院なの?」
「ああ、一応な。で、先生からハンガーに俺名義で登録された船があるって聞かされたから、一度そこに行こうかなって思ってたんだ」
「へー、船を? まぁ、確かに倒れてた場所が場所だから、船があるのは当然といえば当然ね」
そういって納得したそぶりを見せるウィスタが、ふと閃いたと言わんばかりに表情を明るくする。
「ねえ、あたしも着いていっていいかしら。あなたがどんな船に乗ってるのか気になるわ」
「え? まぁ、俺は構わないけど……なら、ついでで悪いんだけど道案内を頼めないかな。コロニーの中には明るくなくてさ」
「もちろん、任せときなさい。じゃ、そうと決まればさっそく行きましょ!」
言うが先か、ウィスタは俺の腕をガシッと掴む。
見かけ通りに華奢な腕と指先だな――と思った直後、襲ってきたのはアスリートもかくやの凄まじい膂力。
「うぉっ、ちょ?!」
「ほらほら、置いてくわよ!」
華奢な体格と可愛らしい顔立ちに似合わない力強さに思わずつんのめりながら、俺は半ば引きずられるような格好で病院を後にした。




