第26話 回顧の先に
リベルタの下層後端にあるカーゴベイへと続く、一枚の扉。その手前で、俺は傍らのタッチパネルへ手を伸ばす。
手を添えたパネルの表示が「カーゴルーム内 与圧完了」に切り替わったのを確認して、俺はそこに軽く手を触れる。すると、俺の操作を受け取った扉が、パシュ、という圧縮空気の抜ける音を立てて開け放たれた。
「——あぁ、レン」
開いた扉の向こう、そこそこの広さを持つカーゴベイの中には、すでに先客の——船外作業服から身を出し、その場に降り立ったばかりのウィスタの姿がある。
そしてその背後には、ごく小さなプレハブ小屋とほぼ同じサイズを持つ、金属質の大きな塊が……強制排除コードによって宇宙空間へ投棄された「サジタリオの機関ブロック」が、静かに鎮座していた。
「お疲れ、ウィスタ。サジタリオの機関ブロック、無事に回収できてよかったよ」
ねぎらいの言葉と共に水のボトルを差し出せば、ウィスタはぱしっと受け取り、ひとくち中身を煽る。
「ありがと。……ティルはどうしてる?」
「まだコックピットだよ。今は、そっとしておいてあげた方がいいんじゃないかなって思ってさ」
「それがいいわ。あの子、泣いたら止むまでが長いから。……今回は、それも仕方ないとは思うけどね」
眉尻を下げ、困ったように笑うウィスタは、カーゴベイの壁に背を預けると、また一口水のボトルを傾げた。
「……サジタリオはね。あたしたちが駆け出しのころ、偶然出会った船だったの」
なんとなく隣に並んで壁に背を預けていると、ぽつりぽつりと、遠い記憶を懐かしむように、ウィスタが過去を語り始める。
「スクールを卒業した次の日から休まずせっせと働いて、ようやくビギナー用の支給船を卒業できるくらいのお金がたまり始めた頃よ。ティルが趣味で覗いてた中古の船を取り扱うサイトで、たまたま手の届く金額で売られてたの」
「サジタリオがか? 普通に買えば、どう見積もっても300万ユニットは下らないような船だろ?」
「そう。それがなんとたったの48万って聞いて、二人して飛びついたわ。……注意書きも何も見ずにね」
苦笑交じりに、肩をすくめる。
ことの仔細は知りようもないが、ウィスタの口ぶりからするに、とても良い商談にはならなかったことは明白だった。
「送り付けられてきたのは、内装も武器もぜーんぶ引っこ抜かれて、基礎フレームと装甲だけになった抜け殻。コックピットブロックだけは残ってたけど、とうていまともに動く代物じゃなかったわ」
「そりゃ……まぁ、値段相応といえば相応だな」
「ええ、別に詐欺でもなんでもなかったわ。駆け出しが安さに釣られて無駄にお金を失ったっていう、どこにでもあるマヌケなお話よ」
でも、と、ウィスタは続ける。
「膝から崩れ落ちたあたしとは逆に、ティルは目を輝かせてこう言ったの。『何もかもを自分好みにできるなんて最高だよ』ってね」
そう言われて、当時のティルナの様子を幻視する。
全てを自分の思うままに染め上げてやれる船。そんなものを手に入れたティルナは、きっとかつての俺と——リベルタの特性に気づき始めた頃の俺と、同じような表情をしていたことだろう。
「不思議だな。まるで当時のティルナを見てたみたいに想像できるよ」
「まぁ、あの子わかりやすいものね。……で、それから先はギリギリでやりくりしてたわ。残ったはした金でやっすいリアクターとやっすい星間跳躍装置だけ買って、しばらくは船外作業服で手作業に明け暮れてたの」
「火器もシールドも無しにか? 無茶するなぁ」
「そうしないと立ち行かなかったのよ。手放せばまたレンタル船は借りられるようになるけど、曲がりなりにも貴重な船だったからね。二人で意地張って頑張ってたのよ」
「なるほど……船外作業に慣れてたのは、そういう理由があったからなんだな」
まぁね、と首肯しながら、ウィスタはまたボトルを傾げる。
当時を回顧するその顔には、苦労した記憶に対する疲れたような表情と、輝かしい記憶を懐かしむような表情が、同時に現れていた。
「稼いでは直し、稼いでは直しの繰り返し。大変だったけど、ティルが楽しそうにしてて、そのおかげでサジタリオが強くなっていくのを見るのは、すごく楽しかった。規格の合う大型の主砲をやっと手に入れて、実際に試射を成功させた時なんて、抱き合って喜んでたわね」
「ほとんどゼロの状態から、俺が知ってるあのサジタリオまで仕上げたってことか。凄いな」
リベルタの改装に力を入れていた俺でも、そんな状態から船を立て直すなんて芸当はしたことがない。
まして、ゲームとは違い生活にも金がかかる以上、姉妹が経験してきた苦労は想像に余りあるものだった。
「ほんと、ティルには頭が上がらなかったわ。あの子、あたしが休んでる間もずっとサジタリオに張り付いてあれこれ作業してたもの。きっと、あたしなんかより何倍も愛着があったんじゃないかしら。……だからこそ、あの子にとっては、救えなかったことが何よりも悔しいんだと思うわ」
「……だろう、な」
ウィスタの語る過去を聞くに、きっとティルナはサジタリオに深い愛着を――それこそ俺のリベルタに対するものとは比べ物にならないほどの感情を抱えていたことだろう。
それが、こんな形で別れを告げることになってしまったとなれば、どれほど辛いだろうかなど語るべくもない。
ニュアンスは少し変わってしまうが、あえて例えるなら「小さいころに引き取って大切に世話していたペットが、狂犬病にかかって暴れまわった末、自分たちの手で処分を強いられてしまった」ようなもの……とでも言うべきか。
……こんな例えで抱えた気持ちのすべてを理解することなどできるとは思えないが、どちらにせよ、俺にできるのは理解の及ぶ範囲でその心情を推し量ることだけだ。
少年漫画の主人公のように、寄り添って慰めてやるなど、到底できる気はしなかった。
「……ごめんな。大切なサジタリオを……二人の思い出を、あんなことにしてしまって」
「あんたが謝ることじゃないわよ。サジタリオを止めるために、リベルタが傷つくのも構わず頑張ってくれたあんたを責める理由なんて、どこにもないわ」
足先へ視線を落とす俺に対して、ウィスタはゆるりと首を横に振る。
「悔しいし、死ぬほどムカついてるけど、それはあくまであんな罠を仕掛けてきた奴に対してのものよ。あたしはあんたを恨んじゃいないし、ティルも、そりゃ悲しんではいるけど、そんな薄情者じゃない。——サジタリオを失ったのは、絶対にあんたのせいじゃない。それだけは、覚えておいて」
ね? と、念を押される。
その顔に浮かべた、痛々しくも優しい笑顔に、俺はそれ以上の言葉を続けることができなかった。
「……ごめんなさい。湿っぽい話をしちゃって。そろそろ戻りましょうか。ティルも、もう泣き止んでる頃じゃないかしら」
「ん……そうだな。リベルタの装甲も修理してもらわないといけないから、一度コロニーへ寄港しよう」
「それが良いわ。地に足をつけて、ゆっくり気持ちを落ち着けましょう」
壁から背を離し、ウィスタがうんと伸びをする。
ここ数日で見慣れるようになってきた、しかしいつもよりも少しだけしおれたようにも見える背中を視線で追いながら、俺もまたコックピットへ戻るべく、カーゴベイを後にした。
***
それから、リベルタは回収したサジタリオの機関ブロックを抱え、ルーメンプライムコロニーのハンガーへと戻っていた。
船の管理タブレットを介して、星間跳躍装置への補給と、二度のアタックを経てボロボロになった装甲の修理をメンテナンスサービスへと依頼した後、俺は無人となったコックピットの席を立つ。
そのまま、リベルタのリビングルームへ足を運ぶと、そこにあったのはソファに腰かけたふたつの人影。
背もたれに体を預け、ぼんやりと上を見ていたウィスタと、その隣で目元を赤く腫らしていたティルナは、俺の入室に気づくと、静かにこちらへ視線を向ける。
「レン。ドッキングは終わったの?」
「ああ。メンテナンスサービスも頼んだから、あとは休むだけさ。……そっちは落ち着いたか?」
「おかげさまでね。悪いわね、任せきりにしちゃって」
「わたしも、もう大丈夫です。……その、お兄さん。さっきはごめんなさい。泣いたまま、ロクに返事も返せてませんでしたね」
「気にしなくていいさ。あんなことになったんだ、仕方ないよ」
そんな感じで、ほんの少しぎこちないやりとりを経てから、俺は二人の座るソファの対面に誂えてあったスツールに腰を下ろした。
「……その、さ。今この状態でこんなことを聞くのも悪いとは思うんだけど……二人は、これからどうするんだ?」
細く息を吐いてから、ずっと気になっていたことを問いかける。
「どう、しましょうかね。……正直、まだ何も考えつかないです」
「とりあえず、あんな罠を仕掛けた奴へ報復してやるのが目下の第一目標だとは思ってるけど……まぁ、まずはギルドに報告ね。代わりの船を買うにはちょっと手持ちも心許ないし、しばらくはまたあのレンタル船に頼ることになりそうね」
「……そっか。そういえば、ウィスタが代船保険は更新費用が重いから入ってないって言ってたな」
「そうですね、お姉ちゃんの言うとおりです。まぁ、そもそもあの船は7割以上がわたしたち姉妹のハンドメイドみたいなものだったので……どのみち保険なんて利かなかったと思います」
確かに、正規品のカスタマイズならまだしも、出所も怪しい中古の船を魔改造した機体となると、保険が適用されるかは怪しいだろう。
それに、仮に保険が効いていたとしても、それで帰ってくるのはあくまで代替品。俺のリベルタがそうだったように、「姉妹が手塩にかけて組み上げてきた船」ではないのだ。そう考えると、どのみち姉妹のサジタリオはあの時点で完全に失われたも同然なのだろう。
「悔しい話だけど……こうなった以上、なるようにしかならないもの。再出発のいい機会だと思って、また二人でなんとかするわ」
そう返してくるウィスタの、眉をしかめながら作った笑顔。
間違いなく、いろいろな感情を喉元で飲み込んだであろうその顔は、気丈さと同時に、どうしようもない痛々しさがぬぐい切れないものだった。
「……要するに、今後の予定はまだ決まってないんだよな?」
「そうね、決まってないわ。それがどうかしたの?」
ウィスタの表情。そして、隣で肩を落とすティルナ。
見ているこちらの心が痛むような姿を目の当たりにした俺は、そこで意を決し、口を開く。
「実は――二人に、お願いというか、提案したいことがあるんだ」
唐突な申し出にきょとんとした表情を見せる姉妹の顔をゆっくりと見回してから、俺はひとつ深呼吸して——
「もしよければ、だけどさ。うちの……〈リベルタ〉のクルーになってくれないか?」
ずっと考えていた提案を、言葉にした。




