第25話 望まぬ決着
「む、無茶するわねぇ、あんた……」
主砲を損壊したサジタリオを睨むリベルタのコックピットで、ウィスタが呆れ交じりにそうこぼす。
「仕方なかったんだよ。使える火器が少ない以上、サジタリオの主砲を破壊するならこれが最短の方法だったんだよ」
肩をすくめつつ、サブモニタを一瞥する。
モニタに映ったリベルタの船体ステータスには、装甲へのダメージこそあれど「致命的損壊」の項目は見当たらない。即興の無茶をかました以上、もっと手ひどいダメージが返ってきていてもおかしくはなかったのだが、我が愛機はどうやら痛みをこらえて最大限の成果をもたらしてくれたようだった。
「まぁ、それは理解できるけど……ほらティル、泣かないの。主砲がもげるなんて過去に何度もあったでしょ?」
「そうだけどぉ……」
一方、もうひとつのサブシートに座るティルナは、サジタリオの損害状況を見てか眉尻を下げて涙目になっている。
無理もない話だ。内装を自力で弄るほど手塩にかけた船が、仕方ないこととはいえあんな様になれば、誰だって泣きたくなるだろう。
「……まぁ、さすがにぶつけて潰すのはちょっとやり過ぎたかもな。主砲の修理代、いくらか持たせてもらうよ」
「い、いえ、気にしないでください。お姉ちゃんの言う通り、あのくらいなら直せばなんとでも――」
ぷるぷると首を横に振り、ティルナが遠慮したその矢先――
「レン、まだよ! サジタリオはまだ動いてる!!」
今度は、ウィスタが鋭く声を上げた。
報告に視線を正面へ引き戻せば、確かにサジタリオがゆっくりと回頭をしている姿が目に入る。
リベルタに背を向けたサジタリオは、損壊して脱落した長距離砲の残骸を船体で押しのけるようにして急加速。文字通り、尻を捲って遁走するかのごとく、全速力で飛翔を始めた。
「このコース……まさか、長距離砲が使えなくなったから、コロニーへ自爆特攻するつもりじゃ……?!」
ブーストをかけ、追いすがるように発進したリベルタのコックピットでは、予測した航行経路がもたらすであろう結果をはじき出したティルナが、口元に手を当てて震える声を漏らす。
前を飛ぶサジタリオの向こう側を目視してみれば、そこには確かに、先ほどよりも距離が近づき、その影をほんの少しだけ大きくしたルーメンプライムコロニーの姿があった。
「ちっ……わかっちゃいたけど、主砲だけ壊して終わりってわけにはいかないか!」
罠へのかけ方も悪辣ならば、その運用方法も飛んだ悪辣さだ。エレボス帝国――というかこの状況を仕組んだ奴は、ずいぶんと趣味の良い手合いらしい。
「お兄さん、遠隔ハッキング用の回線が確立できました! もう少し時間を稼いでもらえれば、なんとか……!」
「わかった! 何とか足止めする!」
「レン、エンジンを狙って! ティルが硬くしてるけど、リベルタの火力なら充分に抜けるわ!」
「了解!」
サジタリオを止めるべく、再びレーザーリピーターを射掛ける。
対するサジタリオは、回避を選択。航路を大きく曲げ、レーザーリピーターの光弾を嫌がるように軌道をうねらせる。
どうやら、向こうのシールドシステムは未だにダウンしたままらしい。その証拠に、サジタリオの船体に着弾した数発のレーザーは、青白い光に阻まれることもなく、その装甲を赤く熱したのが見えた。
「往生際の悪いウィルスだな!」
逃げるサジタリオに、追いすがるリベルタ。構図は変わらないまま、宇宙空間で熾烈なドッグファイトが繰り広げられる。
適宜レーザーリピーターで攻撃を仕掛けるが、やはり相手のシールドは復活しない。好機と言えば好機だが――どうにも、言いようのない「不気味さ」がぬぐえなかった。
「あっ……あ、ぁ……!?」
そんな中、背後でティルナが声を漏らす。
何かを察した……にしては、その声色はずいぶんとこわばっていて、焦燥している。
それはとりもなおさず、良くない何かを確信したことの証明だった。
「どうしたのよ、ティル?」
ウィスタが声をかけると、たっぷり数秒の沈黙を経て、ようやくティルナが口を開く。
「どう、しよう、お姉ちゃん……サジタリオ、が……もう、助からない…………っ!」
そうして、つっかえづっかえの声で絞り出された言葉は——俺たちの背筋を凍らせるような、痛々しい沈黙をもたらした。
「……どういう、ことよ。説明して、ちゃんと」
宣告を飲み込み切れていない様子で、強張った声のウィスタが問いかける。
対するティルナは、弱々しくか細い声でありながらも、とぎれとぎれに説明を始めた。
「このまま、飛び続けたら……リアクターが臨界を起こして、爆発する……。でも、サジタリオの航行を止めさせたら、今度は、あの自立巡航魚雷が、爆発、する……!」
「なっ……」
ティルナの口から明かされたのは、俺の口から洩れかけた「なんだって」という言葉すらつっかえてしまうほどの、不条理な結論。
サジタリオを止めようと必死になっていた俺たちの行動をあざ笑うかのような仕掛けに、俺たち三人は揃って言葉を失ってしまった。
「――だったら、まずあのミサイルを破壊すればいいのよ!」
「だめ……! あれを壊せば、センサーが働いて、爆発する……!」
「ッ……じゃあ、なんとか船の動きを止めれば!」
「それも、だめ……動けないことを感知されても、自立巡航魚雷が……」
「なに、よ、それ……ッ! じゃあ、ハッキングでミサイルのシステムを止めれば!」
最後の問いかけに、返事は聞こえてこなかった。だが――
「ッ……なによ! なんなのよ、アイツ!!」
コックピット内にこだまする、だんっ! という音。
やり場のない怒りがこもったウィスタの拳が叩きつけられる音は、どうあがいても状況の好転が望めないという事実を、これ以上ないほど雄弁に物語っている。
サジタリオを追う俺の目には、二人がどんな表情をしているかうかがうことはできない。
だが、握りしめて振り下ろされた拳のきしむ音がこちらにまで聞こえてくるかのような空気感は、その心境を察するには余りあるものだった。
「……どうにも、ならないのか?」
操縦桿を握る手に、力がこもる。
やや遅れて、すんと鼻を鳴らしながら、涙声のティルナがか細く声を漏らした。
「どうにも、ならないです……。わかるんです……わたしが、あの船をいちばん弄ってたから……!」
「ッ……」
それは、他ならぬ当事者だからこそ知りえる答え。それがもたらすのは、心を黒く澱ませるような絶望。
なんとか声をかけようとするが、俺にあるのはゲーム知識と、仮想の存在への愛着だけ。
どんな言葉でどう寄り添えばいいかなど、わかるはずもなかった。
だが——
「――ティルナ」
できる範囲だけでも、持てる知識だけでも、何とかしてやりたい。
そう思う気持ちに、貴賤はないはずだ。
「だったら、コンポーネントの入った機関ブロックを、なんとか強制的に切り離すことはできるか?」
「え……?」
唐突に問われたティルナが、弱々しい返事をこぼす。
「ミサイルへのハッキングができないなら、船だ。——たとえ船自体がどうにもできなかったとしても、全部を諦める必要はないだろ。」
――形は違えど、同じように船を愛した者同士、その辛さはわかるつもりだ。
そして、こんな光景を見続けることこそが、一番堪えがたいことであることも、また知っている。
だからこそ、これから抱えるであろう大きな悲しみを、少しでも小さくすることができれば。そんな思いで、俺は気持ちのままに言葉を紡ぐ。
「あんなクソみたいなトラップに何もかもしてやられたままなんて、俺ならごめんだ。何かひとつでも……例えばティルナが手を加えたコンポーネントだけでも、残せるものがあるなら、それだけでもきっちり取り返すべきだ。——だろ?」
その言葉には、合理性もへったくれもない。ただの心情を思いつくまま言葉の羅列に変えただけの、気休めにもならない、慰めともつかない慰めだった。
――だが、そこに込めた俺の気持ちだけは、しっかりと伝わってくれたらしい。
ちらりと背後を見やれば、ぐす、と鼻を鳴らしたティルナが、静かに顔を上げる。
そこに宿っていたのは――くしゃくしゃだが、前を向くことを決めた表情だった。
「……そう、ですね。お兄さんの、言う通りです」
ともすればすぐに砕けてしまいそうな、儚く弱々しい笑み。
だが、その眼差しに宿った決意を確たる熱へ変えるようにして、ティルナはサブシートのコンソールへと向き直る。
「やってみます。わたしだって、なにもかもしてやられたままなんて、嫌ですから……!」
ほどなくして、ホロキーボードを叩く電子音が、コックピット内で静かに響き始めた。
――直後、それに呼応するような形で、ウィスタが大きなため息をついたのが聞こえてくる。
「はぁ……。ったく、ティルがこんなじゃ、ぎゃんぎゃん騒いでたあたしが子供みたいじゃない」
反対側のサブシートを見やれば、いくばくか冷静さを取り戻したウィスタが、自嘲気味に肩をすくめているさまが目に入る。
その顔に浮かぶのは、ティルナとそっくりの、覚悟を決めた表情。
「レン。サジタリオの船主権限でお願いするわ。ティルを手伝ってやってちょうだい」
「ああ、任せろ。言い出しっぺは俺だからな」
ウィスタとティルナ、二人の了解を得て、俺は再び前を向く。見据える先は、なおも抵抗を続けるウィルスに乗っ取られた、サジタリオの姿。
「さぁ、もうひと仕事だ。頑張ろうか、相棒!!」
傍らのサブモニタをそっと撫でてから、フットペダルを強く蹴り込む。
増速したリベルタは、蛇行を続けるサジタリオの下へ向けて、一直線に距離を詰めた。
「システム強制アクセス、ファイアウォールの突破に入ります! お兄さん、もう少しだけ近づけられますか?!」
「任しとけ!」
叫びながら、操縦桿とフットペダルを全力で捌き、リベルタをサジタリオに追随させる。
無人制御なだけあってか、サジタリオの機動は人間にはこなせないほど複雑な蛇行だが、その軌道はどこか「固い」。
おそらく、ルーメンプライムコロニーへ突っ込むことを最優先タスクとしているからなのか、どうにかしてコロニー側へ向けて近づこうとしているのだろう。一見すれば追撃もままならないほどに動き回っているように見えるが、その動きからは、AI特有の機械的な法則性が――コロニーへ近づこうという露骨な思考が見て取れるのだ。
「待てよ! もう少し付き合え!!」
コロニーへ向かおうとするサジタリオの機動を妨害する形で、リベルタが横に、前に躍り出る。
衝突を防ごうとサジタリオが軌道を曲げるたび、彼我の距離は着実に縮まっているのが分かった。
「船体管理プログラムへのバックドア……確立! コード送信準備、できました!」
そんなドッグファイトが続く最中、準備を整えたティルナが、ひときわ大きな声で叫ぶ。
「レン、少しでいいからアイツの動きを止めてやって! あんな動きのまま機関ブロックが排出されたら、回収できるものもできなくなるわ!」
「オーケー! そういうわけだから――ちょっとは大人しくしやがれ!」
叫びながら、リベルタのシールドシステムを一時的に落とし、姿勢制御スラスターを全力稼働。
なおもこちらを引きはがそうと動き回るサジタリオに向けて――
リベルタの船体を使って、横っ飛びのタックルを叩き込んだ。
「ぐぅっ……! どうだ!」
本日二度目となる、船体そのものを武器にしたダイレクトアタック。
リベルタの悲鳴、あるいはぞんざいな扱いに対する憤慨とも取れるダメージアラートを聞きながら、コックピット越しに間近へ迫ったサジタリオを見やる。
「蛇行、止まったわ!」
「よっしゃ! ティルナ、今ならエンジンは撃っても問題ないな?!」
「大丈夫です! 停止と同時に、わたしが分離用のコードを送ります! ――お願いします!!」
「ああ!!」
覚悟をにじませたティルナの嘆願に答えて、操縦桿のトリガーを目いっぱい引き絞る。
サジタリオのメインエンジンはティルナの手で強固に補強されているらしかったが、デリケートな部位である以上、施せる強化にはどうしても限界がある。
リベルタのレーザーリピーターによる間断ないフルオート射撃は、次々とサジタリオのメインエンジンめがけて突き刺さり――
やがて、限界を迎えたメインエンジンは、噴射孔に灯していた青白い光を霧散させ、代わりに赤い火の粉交じりの排煙を噴き上げる。
同時に、推力を失ったサジタリオの船体が、一瞬だけ慣性の軛に捕らわれて、完全な無防備状態となった。
「ティルナ! 今だ!!」
「はいっ!! サジタリオ! 機関ブロックを——強制排除!!」
ティルナの操作に従い、サジタリオへ命令コードが送り込まれる。
上手くいくか、とかすかな不安が、その場の勢いを上回りかけたその時――サジタリオの船底、コックピットブロックの直下部分がわずかに駆動。
直後、オレンジ色の火花を散らして、小さなプレハブ小屋ほどのサイズをした船体ブロックが、勢いよく射出されたのが見えた。
「いよしっ! ティル、パージを確認したわ!」
「サジタリオ、完全に航行不能! 自立巡航魚雷が自爆を実行します! お兄さんっ、急いで離れて……!!」
慣性に流され、彼方へ飛んでいこうとするサジタリオの機関ブロックへ追いすがる形で、リベルタもその場を急いで離脱する。
――直後、背を向ける形となったサジタリオの本体……正しくはそこに突き刺さった自立巡航魚雷から発された反応が、急激に増大する。
姿勢制御スラスターを吹かし、背後を顧みるようにリベルタを旋回。
振り向いたその先には——自立巡航魚雷から発生した毒々しい青色の光に焼かれようとする、サジタリオの姿だった。
「……ごめんね、サジタリオ。長いこと、ありがとう」
ぽつりと、物悲しい声が、リベルタのコックピットに溶ける。
声の主――ウィスタの口からこぼれるのは、こんな結末を迎えたことへの謝罪。
そして、苦楽を共にしてきたであろう愛機への、様々な感情が入り混じった、感謝の言葉。
「さよなら。——おやすみなさい」
かすかな涙の色をにじませながら、手向けの言葉が紡がれた直後。
――銀の射手は、漆黒の宇宙空間の只中で、青黒い爆炎の中に消えていった。




