第23話 射手《サジタリオ》を射貫く悪意
《サジタリオ!!!》
絹を裂いたようなウィスタの叫びが、通信機越しにこだまする。
ミサイル――ティルナの言うところの”自立巡航魚雷”は、その弾体を深々とサジタリオへめり込ませている。
ひしゃげて突き破られたコックピットブロックから飛散する超硬ガラスの破片が反射する煌めきは、まるで痛みに耐えかねてこぼれ落ちた涙のようだった。
――――だが、爆発しない。
あれほどクリティカルな衝突の仕方をしたならば、サジタリオをもろとも吹き飛ばすほどの大爆発が起きてもおかしくない。
しかし、そんな俺の予想を裏切るかのように、ミサイルは沈黙を貫いている。炸裂もせずにただ刺さっているだけのミサイルという様相は、いっそ不気味ですらあった。
《……爆発、しない?》
《不発弾だった、のかな……そう、だよね……?》
双子姉妹からしても同じような感覚なのか、その声は揃って怪訝そうだ。
とはいえ、完全に失われるという最悪の事態は回避されたこともあってか、どことなく安堵の色が混じっているようにも聞こえた。
《……どちらにせよ、コックピットは完全にやられたわね》
《た、確かに……でも、ミサイルが直撃してあれだけの損害で済んだなら、安いほうなんじゃないかな?》
《まぁ、一理あるけど……はぁ、まさかコンテナじゃなくて中のミサイル自体がトラップだったとはね。たまたまセンサーに引っかかる向きへ回転させたのが…………?》
ふと、ため息交じりのウィスタの声が、不自然に途切れる。
何があった、と口走りかけた俺の、走らせた視線の先。
そこに、信じられない光景が映り込んだ。
《ちょっと……なんで? なんでサジタリオが動いてるのよ!?》
そう、動いている。
操縦を担当する姉妹が船外へ出払い、挙句コックピットブロックを潰されて操船不能となったはずのサジタリオが、動いている。
それも、ただ動いているだけではない。姿勢制御スラスターを細かく吹かし、ミサイルの激突でゆっくりと旋回していた船の体勢を安定させてすらいる。
かと思えば、今度はスラスターを駆使して、その場でいずこかへ向けて回頭まで始める始末だ。
「どうなってんだ……?!」
破壊された操縦系がエラーを起こした故の挙動、という線も考えられなくはないが、それにしては妙に滑らかな挙動だ。
コックピットブロックから突き出したミサイルの弾体という異様な光景さえなければ、「人が乗って動かしている」と言われても全く違和感を覚えないだろう。
ほかならぬ姉妹が驚きの声を上げている以上、遠隔操作の線も限りなく薄い。
ならば一体だれが――という疑問は、メインエンジンに青白い炎を灯し、ゆっくりと加速を始めるサジタリオの姿で強制中断させられた。
《サジタリオが……!》
「どこかに飛んでいくつもりだ! ――二人とも、リベルタに来い! 急いで追いかけるぞ!」
こちらの指示を受け取った二人が、急いでリベルタへトラクタービームを向ける。
《あぁもう、何がどうなってんのよ!》
《滑り込みます! お兄さん、ハッチを閉めてください!》
ティルナの指示に合わせ、カーゴベイのハッチを閉口。
ゆっくりと閉じていくハッチの隙間を縫うように飛び込んできたのか、船外作業服の反応はリベルタの腹に収まって消失した。
《乗ったわ、急いで出して! この船ならあの子に追いつけるはずよ!》
「わかった!!」
姉妹が無事転がりこめたことを確認した俺は、すぐさまペダルを踏みこみ、リベルタを全速力で前進させた。
「レン!」
サジタリオを追いかけ、宇宙空間を飛翔するリベルタのコックピット内に、焦燥した様子の声が響く。
操縦席の背もたれ越しに背後を振り返ってみれば、そこには船外作業着を脱いでいつもの姿に戻ったウィスタと、その後ろから追随してくるティルナの姿があった。
「サジタリオは、どうなってますか?」
「絶賛巡航中だ。いちおう、初動で引き離された分は取り戻せてるけどな」
「みたいね。ったく、何が起こってるのよ……」
正面に戻した視線の先では、なおも変わらずサジタリオがエンジンを唸らせて航行を続けている。
ここまでくると、いよいよただの暴走で済ませられるような現象ではない。二人も同じようなことを思っているのか、背後からは姉妹の苦悶に満ちた声が聞こえて来ていた。
そんな折、サジタリオのメインエンジンに灯る火が、その輝きの色をわずかに変える。
同時に、わずかばかりの減速を伴うその挙動は——
「ッ、マズい! 星間跳躍航行する気だ!」
ただ飛ぶのみならず、星間跳躍航行まで起動してのけるとなれば、いよいよただの不具合ではない。何者かによるハイジャック、あるいはハッキングだ。
とにかく、なんとかして止めなければ突き放されてしまう。
そう考え、レーザーリピーターのトリガーを引き絞ろうとした時、背後から鋭く諌める声が上がった。
「レン、待って!」
「ダメだ、待てない! 傷つけたくないのはわかるけど、ここで足止めしないと——」
「そうじゃないの! サジタリオとのデータリンクがまだ生きてる! 星間跳躍航行の同期も生きてるの! 今撃ったら、敵対判定を喰らって追随ができなくなる!」
ウィスタの訴えを聞いて、見開いた目をサブモニタへよこす。
レーダーに映るサジタリオの光点は確かに、友軍機を示す緑色のままだ。
それに、レーダーの隣に表示したインジケータには、「サジタリオが星間跳躍の準備をしている」という警告文と、リベルタもそれに従うか否か、という文言がポップアップしている。
試しにYESを選択してみれば、コックピット正面にホログラム投影されたHUDに「オートパイロット機能が働いた」という表示が出現。同時にリベルタの船体が傾き、サジタリオの斜め後ろに追従するような機動を取り始め——
それからいくばくかの後、サジタリオに続く形で星間跳躍を始めたリベルタのコックピットには、虹色に輝くサイケデリックな光が差し込み始めた。
「……こういうことか。助かったよウィスタ、おかげで逸らずに済んだ」
無意識に入っていた肩の力を抜いて、くたりと背もたれに体を預けながら、俺は背後のウィスタへ声をかける。
「こっちこそ、わざわざサジタリオを追いかけてくれて助かるわ。……それにしても、アレはどういうことなのよ……」
もっとも、当のウィスタ本人は釈然とした様子を崩さない。
当然といえば当然のことだ。いきなり船が攻撃を受けたかと思えば、その船がクルーである自分たちの操作なしで勝手に動き始めるなんて状況に出くわせば、誰だってこんな調子になるだろう。
「……もしかしたら」
そんな中、ティルナがぽつりとこぼす。
「あの自立巡航魚雷……最初から攻撃じゃなくて、ハッキングを目的にしてた、のかも」
ややあって切り出された推論は、リベルタのコックピットに、一瞬の冷たい沈黙をもたらした。
「……嘘だろ? そんなものがあり得るのか?」
「あくまでも、可能性の話ですけどね。……かなり昔、エレボス帝国との戦争で、帝国側がそういう類の兵器を運用していたっていう記録を見たことがあります。対抗装備で無力化されて、それからは見かけなくなったそうですけど……」
「それが、今になってこんな形で運用されて、あたし達のサジタリオを乗っ取ったってこと? ……ふざけた話すぎるわね」
ウィスタの苦々しい呟きが、虚空に溶けて消える。
俺としてもにわかには信じ難い話だが、状況証拠を考えれば、サジタリオが暴走を始めた原因は自ずと絞られる。ティルナの仮説はある種突飛でこそあったが、一定の説得力があるように思えた。
「要するに、あのコンテナそのものがただの密輸品じゃなくて、初めからこうなるよう仕組まれたものだった、ってことか。……とんだ悪趣味だな」
「まったくよ。仕組んだ奴を殴り飛ばしてやりたいわ。……とにかく、経緯の推測よりも、今はサジタリオをなんとかすることを考えないと。レン、今どこに向かって星間跳躍してるかわかる?」
ウィスタに問われ、サブモニタへマップを投影する。
縮尺をいじり、航行経路から最終的な到着予想地点を絞り込むと——
「……コロニーだ。コロニーに向けて跳躍してる」
サジタリオが、星系唯一の居住圏たる〈ルーメンプライムコロニー〉へ向かっているということがわかった。
「……ただコロニーへ帰ってる、とは到底考えられないわね」
「うん。……もし、あの自立巡行魚雷が本当にエレボス帝国製のものなら…………サジタリオを使って、コロニーへ攻撃を仕掛けるつもりなのかもしれない」
そうこぼすティルナの表情は、見たことがないほどに険しい。
もし、という枕詞をつけているが、おそらく彼女の中では単なる可能性の話ではなく、予測に基づいた結論なのだろう。不安と、それ以上の絶望感に揺れる瞳が、何よりもそれを物語っていた。
「なら——止めなきゃいけないな」
コックピットに漂い始めた陰鬱な空気を吹き飛ばすように、あえて俺は毅然とした声をあげる。
「ティルナ。突き刺さったミサイルを破壊すれば、サジタリオは止まると思うか?」
「そう、ですね……可能性は低いですが、やってみる価値はあると思います。とはいえ、リベルタの兵装で狙い撃つなら、まずはサジタリオを足止めしないといけません」
「……狙うつもりなら、最低でもエンジンは壊さないといけないわね。あと、撃ってくるようなら主砲も」
「主砲って、そこまでしていいのか? 乗っ取られてるとはいえ、仮にも二人の大切な船だろ?」
「良くはないわ。でも、背に腹は変えられない。少なくとも、乗っ取られたまま好き放題させられるよりは万倍マシよ」
背もたれ越しに見やったウィスタの瞳には、こんな状況を作り上げたトラップの仕掛け人へ向けたものと思われる怒りの色。そして、それに劣らない硬い覚悟の光が垣間見えた。
「……少しでもサジタリオが壊されるのは、正直辛いです。けど、わたしも、お姉ちゃんと同じ気持ちです。サジタリオが罪のない一般人を傷つけるなんて、可能性であっても許せません」
他方、隣に立つティルナの瞳には、悲壮な覚悟の色が灯っている。
メカニックとして、自分が手を加えた船に並々ならぬ愛着があるのであろうことは容易に感じ取れる。だがそれでも、ティルナは毅然とした口ぶりで、確かにそう宣言してみせた。
「レン。リベルタのサブシート、借りてもいい? コパイ経験はあんまりないけど、サポートするわ」
「わたしも、シートをお借りします。スキャンをかけて、なんとか遠隔でハッキングができないか、試してみたいんです」
「ああ、構わないぞ。ろくすっぽ使われてない新品のサブシートで良ければ、ぜひ使ってくれ」
俺の許可を得て、ウィスタとティルナがそれぞれ背中合わせになるよう配置されたサブシートへ身を滑り込ませる。
——実のところ、リベルタのサブシートはゲーム時代にもほとんど使われていなかったものだ。
それがこんな形で埋まる日が来るとは、当時の俺はつゆほども思っていなかったことだろう。
「跳躍終了と同時に仕掛ける。——全員で力を合わせて、サジタリオを止めるぞ!」
「ええ!」
「はい!」
俺の宣言に合わせて、サブシートについた双子姉妹からそれぞれに返事が返ってくる。
——それからしばらくの間を置いて、前を飛ぶサジタリオと、俺たちを乗せたリベルタは、ほぼ同時に星間跳躍航行を終了させた。




