第15話 商業区画を巡って
「……というわけで、基本的な使い方はこんなところですね」
ハンバーガーショップを飛び出したティルナに連れられて……というか半ば強引について行くことになった俺は、彼女のアドバイスを元に、キャリアショップで携帯端末を手にしていた。
実機を使ってティルナから操作方法のレクチャーを受けてみたが、おおよその使い勝手はスマホのそれと変わらない。
相違点と言えば液晶が金属板に置き換わっており、そこへ投影した「触れるホログラム」を介して操作する形式になっている程度。だが、実際に操作してみるとこれがなかなか面白い機能で、立体表示されたインターフェースを操作するたびフレキシブルに形が変わっていく様子は、現代日本人からすればかなり新鮮な体験だった。
「ありがとう、ティルナ。頼んで正解だったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。最近は新しい企業の端末も増えましたけど、やっぱり選ぶなら元祖のMALUM製ですよね」
推しの会社の製品を買わせることができて嬉しいのか、ティルナはどこかほくほくした表情だ。
俺としても、スマホといえばどちらかといえば本家本元の機種が好きなクチだったので、ティルナの言い分もなんとなくわかるような気がした。
「……お?」
それからしばらくして。
ティルナから操作方法のレクチャーを受けつつ、その流れで買い物を済ませるために商業区画を歩いていた俺の目に、一軒の店舗が映る。
ギルドとの提携店舗の証であるマークを掲げたそこは、どうやら船舶コンポーネント……要するに船の内装部品を扱う店らしい。軒先に投影されたホログラムには、ゲーム時代に見た覚えのある部品の名前やビジュアルが、入れ替わり立ち替わり映し出されていた。
「わ、LC-36が安売りしてますね。民間用とはいえクラスAのコンポーネントが提携店に出回るなんて珍しい……」
エンジニアの性ゆえか、横にいたティルナは興味津々と言った顔で店先のホログラムを見物している。
――もしかすると、専門家が隣にいる今こそ、コンポーネントを品定めする良いタイミングなのかもしれない。
ティルナの様子を見た俺は、ふとそんなことを考えていた。
「気になるなら、冷やかしにでも行ってみるか?」
「へっ? でも、お兄さんの買い物がまだ終わってないんじゃ」
「あとは日用品とか食料くらいだから大丈夫だよ。それに、俺も何が売ってるかはチェックしておきたいしな」
提案を受けたティルナはやや逡巡するそぶりを見せたが、すぐに興味と関心が遠慮を上回ったらしい。
「じゃあいきましょうか!」と声を弾ませ、勇み足でコンポーネントショップへと突撃していく姿に苦笑しつつ、俺もその背中を追いかけて店へと入っていった。
*
ティルナと共に入ったコンポーネントショップの中は、右も左も見覚えのある品物で埋め尽くされていた。
シールドジェネレーターに冷却装置、レーダーシステムや恒星間航行用ユニットなど、さすが提携店というだけあって基本的なものは全て揃っている。
の、だが――
「思ってたより高いなぁ……」
どの製品も、覚えている相場より全体的に高い。
それも、単に高いのではなく、かなりの値上げだ。3割増しで済めばいい方で、物によっては5〜6倍ほどの値段になっているものすらある。
あわよくば何かしら交換を、と考えていたのだが、今の財布事情からすれば不用意に手を出すのは憚られる値段のものばかりだった。
「仕方ありませんよ。もともと僻地な上に商業星系でもありませんから。むしろ、近隣よりも人が多い分安い方だと思いますよ?」
「マジか……買い物には不向きそうだとは思ってたけどここまでとは……」
ルーメン星系は買い物に向かない、という事前情報は得ていたものの、こうして実際に釣り上がった値段を目の当たりにすると改めて実感が湧いてくる。
ここで下手に内装の交換に走ると、安物を不釣り合いな額で買う羽目になる。後々もう一度換装する必要が生じた際に余計な出費がかさむことを考えれば、少なくとも内装弄りは避けたほうが無難だろう、というのが俺の結論だった。
「お兄さん、もしかして、何か入り用なコンポーネントでもありましたか?」
「何か……というか、強いて言うなら全部入り用というか……。まぁ、話せば長くなるんだけど……」
言っている意味を掴み損ねたのか、きょとんとした顔で首を傾げるティルナに、俺が置かれている状況を要点だけ――主にリベルタの窮状に関する内容に絞って語り聞かせる。
しばらく相槌も打たず聞いていたティルナは、ややあってことの重篤さを理解したのか、さっと顔を青くしていた。
「それは……その、ご愁傷さまです……。お兄さん、そんな大変なことになってたんですね」
「まぁな。でも、船そのものは無事なんだ。だったらまた強化し直してやればいい……ってことで、今はどうにかして計画を練ってるところなんだ」
昨日出会い、立ち直るきっかけをくれた女の子の言葉を思い出しつつ拳を握ると、ティルナはどこか眩しいものを見るような顔で感嘆の声を漏らした。
「すごいです……同じような状況になったら、わたしはたぶん立ち直れません」
「俺だって完全に立ち直ったわけじゃないさ。でも、腐ったところで船は戻ってこないし、生活だってできないからな。ティルナと会った時みたいに腹を鳴らすのはもうごめんだ」
冗談めかして肩をすくめると、その時の出来事を思い出したのか、ティルナはくすりと笑いを漏らす。
自分の話のせいとはいえずっと顔が青ざめていたので、ようやく気持ちを上向かせてあげられて内心で安堵のため息が漏れた。
「じゃあ、またお腹がぺこぺこになる前に、お仕事しないといけませんね」
「そういうことだ。リベルタの再強化にも早く取り掛かりたいからな」
なら、と呟いたティルナは、懐から携帯端末を取り出して操作し始める。
何を調べているのか、と思った矢先、今度はこちらの懐で着信音。驚きながら端末を取り出して見てみれば、そこにはティルナから送られてきたらしい、いくつかの「依頼書」の写しが表示されていた。
「これは?」
「わたしたちが目星をつけていた、『報酬の良い依頼』です。受けようか悩んでいたんですけど、別の依頼を受けることになったので、よければ役立ててください」
ティルナの提案に、思わず驚きの声を漏らす。
「ありがたい、けど……いいのか? こういうのって、あんまり同業者に共有するものじゃないと思うんだけど」
「ふつうはそうかもしれませんけど、いいんです。助けてもらったほんのお礼ですから」
「そんなにしてもらうほど大したことをした覚えはないんだけどなぁ……」
昼食のおごり、端末選定の手伝いときて、さらにこれではいよいよ釣り合いがとれない。
そう思ったのだが、目の前のティルナはにこにこと嬉しそうに笑っていて、その笑顔と厚意にケチをつけるのは、なんだかはばかられるような気がしてならなかった。
「……まぁ、いいか。助かるのは事実だからな。ありがたく活用させてもらうよ、ティルナ」
「はいっ! わたしもお兄さんのこと応援してます!」
むんっと胸元でガッツポーズを作ったティルナだったが、直後に響いた短い着信音で小動物のようにびくっと身体を跳ねさせる。
「……あ、お姉ちゃんからです」
「帰って来いって?」
「はい。明日の仕事の作戦を詰めるから、なるはやでって」
「そっか。じゃあ、今回はここでお別れだな」
俺の言葉に小さく頷くティルナは、とても名残惜しそうな表情をしていた。
「……あの。お兄さんは、しばらくここにいるんですか?」
「そうだな。よそへ移るにも先立つものがないから、しばらくはここで金策に精を出すつもりさ」
「じゃあ、もしお仕事で一緒になる時があったら、その時はぜひ協力しましょう!」
「ああ、そうだな。こちらこそ、その時はよろしく頼むよ」
そんなやり取りののち、ティルナは青空色のロングヘアをふわりと翻し、こちらへ向けて大きく手を振りながら立ち去って行った。




