第14話 ティルナとお昼ご飯
「うめぇ…………」
二日ぶりの食事に、喉の奥から絞り出すような声がこぼれ落ちる。
「ふふ、良かったです。わたしも、ここの味がお気に入りなんですよ」
テーブル席の対面に座っているのは、ティルナと名乗った青髪の女の子。
俺が注文したものより一回り小さな「ハンバーガー」を片手に笑う彼女を横目に見ながら、俺はもう一度、手元のハンバーガーにかぶりついた。
タチの悪いナンパ野郎どもに絡まれていたティルナを助けたあと、お礼がしたいという申し出を受けた俺は、彼女の行きつけだというハンバーガーショップで念願の食事にありついていた。
「なんでも頼んでくださいね」と言われ、最初は一番安いセットを頼もうとした。
だが、いざ注文の段になったタイミングで、またしても腹の虫が盛大に鳴くという間の悪いアクシデントが発生。案の定ティルナが微笑ましそうに小さく笑みを漏らし、自主的にいちばん大きなセットを頼むという行動に出たあと、半ば押しつけられるような形で今に至るというわけだ。
「むぐっ……確かに、これは美味しいな。ティルナが気に入ってるのもわかるよ」
「お口に合って良かったです。なんでも、ここは運用しているフードプリンターが完全な特注品なんだそうで、他のお店には真似できないみたいなんです」
「へぇ……」
ティルナの話を聞いた俺の関心は、手元のハンバーガーではなく、言及された「フードプリンター」という単語の方に向く。
SF系の創作物では人工肉やら合成食料といった物が必ずといっていいほど登場するが、〈スタユニ〉のゲームでもそれは同じだった。
スペースも自然環境の再現性も限られる宇宙空間においては、オーガニック食品の生産というのは難しい課題になる上、多くの人間の食糧を賄うにはどうしても絶対数が足りなくなる。
そんな問題を解決するためにしばしば出てくるのが、フードカートリッジとそれ専用の自動調理機だ。
俺たちが食べているこのハンバーガーもまた、例に漏れず自動調理機によって作られている。
養殖された藻やプランクトンを加工して作られた「フードカートリッジ」と呼ばれるものを原材料として、形や味を限りなく本物へと近づけたもの……らしいのだが、実際に口にしてみるとこれがなかなかに美味い。
本物のような「味の複雑さ」こそないものの、テイストとしてはまさしくハンバーガーのそれだ。丸一日分の空腹感も相まって、満足するには充分過ぎるほどのものだった。
……なんてことを考えながら食べていると、向かいの席からなんだか生暖かい目線を感じる。
視線の主は、当然ティルナだ。
「……食べカスついてた?」
「あ、いえ、そんなことないですよ。ただ、すごく美味しそうに食べてるので、申し出た甲斐があったなと思ったんです」
醜態を晒していたわけではないとわかってホッとするが、それはそれでなんかいたたまれないというか気恥ずかしい。
微妙な心境を立て直すのも兼ねて、ひとつ咳払い。それから、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「ところで、ここでゆっくりしてていいのか? 商業区画にいるなら、何か用事があったんじゃ?」
問われたティルナは、付け合わせのポテトをつまみながら小さく首を横に振る。
「たしかに用事はありました。ただ、必要なものはもう全部買って船へ送ったので、今はちょうど自由行動中なんです」
「なるほどな。……そんなタイミングであんなのに絡まれるなんて、運が悪かったな」
「そうでもありませんよ。おかげさまでお兄さんと知り合えて、その流れで迷っていたお昼ごはんも決められましたから」
「へぇ……その言い草だと、なんか昼飯選びのダシにされたような感じだなぁ」
「そ、そんなことありませんよ! 感謝してます、すごく!」
慌てて弁明してくるティルナに対し、苦笑しながら「冗談だよ」と宥めすかすと、当の本人はホッとした表情を浮かべる。
額面通りに受け止められるのも一種の才能だが、こうも素直だと、よくないいたずら心を刺激されてしまいそうだ。
「ちなみに、ティルナは一人で傭兵をしてるのか?」
「いえ、お姉ちゃんといっしょです。お姉ちゃんが船を動かす役で、わたしはサブパイロット兼エンジニアですね」
意外な回答が返って来て、思わず感心の声が漏れる。
この子の気質的にてっきりオペレーターだと思っていたが、まさかエンジニアまで担当しているとは思わなかった。
「意外だって思いました?」
「え、あぁ。悪い、文句があるつもりじゃないんだ。ただ、珍しいなって思ってさ」
「よく言われます。でも、わたしとしてはこれが一番性に合ってるというか、一番楽しいと思える仕事なんですよね」
そう語るティルナの目は、鮮やかに輝いている。
姉ができないから仕方なく、という説も一瞬考えたのだが、その語り口はここまでの会話で聞いたことがないほどに明瞭だ。どうやらエンジニアは、彼女にとっての天職といえる仕事らしい。
「その歳の女がそんなしみったれた仕事するな、なんてよく言われますけど……わたしが好きでやってるんですから、ほっといてくださいって話ですよね」
頬を膨らませて愚痴をこぼしていたティルナだったが、はっと我に返って申し訳なさそうに頭を下げる。
「す、すみません。せっかくご飯中なのにこんなお話聞かせちゃって」
「いやいや。いい姿勢だなって思って聞かせてもらってたよ」
そんなやり取りを経た後、ふと思いついたことがあった俺は口を開く。
「そうだ、ティルナ。船のエンジニアをやってるってことは、機械系には強いのか?」
「へ? うーん、そうですね。明るいか明るくないかで言えば、明るいほうだと思いますけど……なにかご相談ですか?」
「ああ。実は携帯端末を買いたいと思っててさ」
「もし詳しそうなら、選ぶのを手伝ってもらいたいんだけど……どうかな?」
腹ごしらえは済んだので、残す用事は携帯端末の購入だ。
ギルドの提携店に足を運んで店員のおすすめを買うのが一番確実な手段だろう。だが、どうせなら使用している側の意見をもとにして、なるべく使い勝手のよさそうなものを選びたいのだ。
「もし詳しそうなら、選ぶのを手伝ってもらいたいんだけど……どうかな?」
言い切ってから「出会って数十分の相手に図々しかったか?」と後悔の念が経ち始めたが、当のティルナは俺の申し出を聞くなりぱっと明るい表情を作る。
「もちろんです! わたしでよければ、なんでもお教えしますよっ」
「本当か? 助かるよ」
その声は、頼ってもらえて嬉しい、とでも言いたげな弾みっぷりだ。
急に距離を詰めたせいで引かれなくてよかった――と安堵したのもつかの間、ティルナは勢いよく席を立つ。
「そうだ、近くにわたしとお姉ちゃんが愛用してる端末のメーカーショップがあるんです! 使いやすくて、お兄さんも気に入ると思いますよ! さ、行きましょう!」
「え? あっ、ちょっと待って!?」
言うが先か、ティルナは制止も聞かずにハンバーガーショップの出口へ直行。
おそらくは趣味が高じたものであろう、たおやかな風貌と言動から一転した猪突猛進っぷりに驚かされつつも、俺は残っていたポテトを頬張ってから、小さな背中を追って店を後にした。
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これもひとえに、この作品を読んで評価をつけてくださった皆様のおかげです!本当にありがとうございます!!




