第13話 商業区画での出会い
「……はい、確認が取れました。はじめての依頼達成、お疲れ様です!」
受付カウンターの向こうで、数時間前にも顔を合わせた受付のお姉さんが、にこやかな表情でこちらを労ってくれる。
最後の依頼であるパトロール任務中に生じた宙族との戦闘ののち、俺とリベルタはなんとか五体満足の状態でルーメンプライムコロニーへの帰還を果たしていた。
本当なら依頼満了まではもう少しの時間があったのだが、戦闘の反応をキャッチしてすっ飛んできた星系軍がその場の事後処理と巡視を引き受けてくれたので、初戦闘で精根尽き果てた俺はこれ幸いとばかりに申し出を承諾。後のことを星系軍に任せ、予定よりも早い着港と相成ったのだ。
「にしても、まさか初仕事でいきなり宙族に絡まれるとは思わなかった……」
「それは、本当にお疲れ様です。あれほどコロニーに近い宙域で族が出没するのはかなりのレアケースですので、対処して頂けて助かりました」
「そう言ってもらえると嬉しいです。俺としても、慣らし運転ができて助かりましたからね」
習うより慣れろ、というように、いくら脳内でシミュレートをかけたとしても、船の動かし方が身につくわけではない。
なので、俺からすれば今回の宙族戦は「アクシデント」というよりも「降って湧いた好機」という印象が強かった。
「何はともあれ、これでレンさんの本登録は完了となります。ライセンスの交付はすでに完了していますので、ご確認ください」
受付さんに差し出されたタブレットには、俺の名前とリベルタの船名、そして傭兵ギルドから正式な認可を受けているということを示すアイコンが並んでいる。
また、下へスクロールすれば、そこにあるのはライセンスに紐づいた個人口座も開設が完了したという旨のメッセージ。
傭兵活動の第一歩が無事に踏み出せたことの証明をこの目で確認できたことで、俺は一気に肩の力が抜けるのを感じた。
「それと、こちらが依頼達成の報酬となります。パトロール任務中に討伐していただいた宙族の懸賞金も、合わせて送付させていただきますね」
受付さんが手元のPCを操作すると、手にしていたタブレットの画面が変化。
電子マネー口座の確認ページが立ち上がると、そこに刻まれていたゼロの数字が、瞬きのうちに2万近くまで膨れ上がった。
「うおぉぉ……!」
思いがけず、感動の声が漏れてしまう。
これだけあれば食費にはしばらく困らないし、安いモジュールであればいくつか買ってもお釣りが来るレベルだ。
「それぞれの依頼の報酬金が2000ユニット、宙族討伐による懸賞金が三隻合わせておよそ1万ユニットになります。あの宙族はどうやら、他の星系でそこそこ名の知れた相手だったようですね」
受付さんの言葉を聞いて、やはりかと合点がいく。
手管といい船の改造方針といい、あのやり口は素人目に見ても手練のそれだった。〈スタユニ〉時代に培った操船スキルと戦術が功を奏したが、それがなければおそらく俺はリベルタもろとも宇宙ゴミにされていたことだろう。
「何はともあれ、これで所定の手続きは全て完了です。他にわからないことやお聞きしたいことはありますか?」
受付さんの言葉に、俺は少し考えて口を開く。
「えっと……実は、携帯端末とか食料品とか、色々入り用なものが多くて、この後あちこち回る予定なんです。よければ、ギルドから見てお勧めできそうな店を教えてもらえますか?」
「でしたら、商業区画にいくつかギルドとの提携を結んだ店舗がありますよ。提携店にはギルドのマークが掲示されているので、よければご利用ください」
「助かります。すみません、こんな業務と関係ないことお願いしてしまって」
「いえいえ。傭兵の皆様の円滑な活動をサポートするのが私たちの仕事ですので」
そう言って、受付さんはにこやかに笑って見せる。
営業スマイルとは少し違う、どこか職務への誇りのようなものを滲ませた笑みに尊敬の念を抱きつつ、俺はもう一度頭を下げた。
*
傭兵ギルドの支部を後にした俺は、さっそく携帯端末を入手するべく、受付さんにおすすめしてもらった店へと足を進める。
昼下がりということもあってか、商業区画を歩く人の数は朝に訪れた時よりもはるかに多い。
スピーカーから流れる広告の音と雑踏の足音、そしてそこかしこから聞こえる人の声のおかげで、「ここは人間が住んでいる場所だ」という実感が今更ながら湧いてくるような感覚があった。
「にしても腹減ったなぁ……」
往来を歩く傍ら、胃の縮むような感覚にお腹を抑えて一人呻く。
考えてみれば、昨日病院で目覚めてから何も口にしていないのだ。
幸いというべきか、リベルタの船内に備え付けられたウォーターサーバーのおかげで、水分不足で倒れるという最悪の事態は避けられている。だが、やはり腹になにも入っていない状態が長く続くと、さすがに心身が滅入ってしまうのは避けられないようだ。
端末を買ったら、まず腹ごしらえをするべきか。
いや、いっそ先に何か口にするべきか……。
「――やめてください!」
そんなことを考えていた矢先、たくさんの音をかき分けて、俺の耳に甲高い声が届く。
思わず足を止めて声の出所を探ってみれば、それは思ったより近くだったらしい。
視線の先、行き交う人々が交差する景色の向こう。そこにある路地裏への入り口に、声の主であろう女の子と、その子を取り囲むようにして立ちはだかる二人の男たちの姿があった。
「なんでだよ、つれないなぁ。いいじゃねえか、ちょっとお茶するだけなんだからさ」
「そーそー、怪しいもんじゃないぜ? ただキミがカワイイから声かけただけなんだって」
「ッ……め、迷惑ですっ。わたし、用事があるので、付き合えないです!」
少したどたどしいながらも抗議の声をあげる女の子を見て、しかし二人の男は口角を吊り上げ、にたりと笑う。
……3人の様子と聞こえてくる会話からするに、どうもナンパのようだ。それも、かなりタチの悪いタイプらしい。
介入するべきか否か、少しだけ判断に迷う。
ケンカが得意なタチというわけでもないので、仮に男二人に絡まれればボコられること請け合いだ。
それに、助けたところで何か得をするとは限らない。最悪俺が新手のナンパ野郎と思われてコロニーガードに突き出される可能性だって――
「あ〜めんどくせぇ。ほら、つべこべ言わずついてこいよ!」
「きゃ――」
――なんてヘタレた考えは、ナンパ男が女の子の手首を強引に掴み上げたその瞬間に吹き飛んだ。
「――おい、そこのあんたら!」
踵を返しながら、声を張り上げる。
思っていたより大きな声が出たおかげか、女の子に絡んでいた男二人は弾かれるようにこちらを向いた。
「あぁ? なんだお前、なんの用だよ」
剣呑な視線に怯みそうになるが、ここで隙を見せれば負けだ。
なるべく平静を装いながら、俺は男たちを睨みつつそのそばを回り込み、女の子の手前に移動。同時に、女の子の腕を掴んでいる男の腕を掴み返す。
「悪いけど、この子は俺の連れだ。ナンパなら他を当たってもらえるか?」
当然、真っ赤なウソだ。だが、こういう手合いは相手が孤立しているわけじゃないと悟れば攻勢に陰りが出やすい。
そして案の定、男たちは女の子の腕を掴んでいた手を離し、代わりに俺に向けて忌々しげな視線を向けた。
「連れだったらなんなんだよ。オレらはその子に用事があるんだけど?」
「だったらなおさら放ってはおけないな。どんなゲスな下心を抱えてるのか知らないが、あいにくあんたらが介入できるような余地はないんだよ」
そう返しつつ、男たちの様子をつぶさに観察する。
服装や立ち振る舞いを見るに、傭兵ではなく非武装の民間人。二人とも軽装なので、どこかに武装を隠し持てそうな部分もない。ならば――
「あんまりしつこいようなら――こっちにも考えがあるぞ」
片足を後ろに回して身体を傾け、翻したジャケットの下からレーザーガンのホルスターを覗かせる。
これ以上は、実力行使も辞さない。
そんな意思表示は無事男たちにも伝わったようで、明らかな驚きと悔しさの入り混じった表情を見せた。
「……ちっ、つまんねぇな!」
「おめーみたいな奴の連れなんざこっちから願い下げだ!」
ビックリするほどテンプレじみた三流の捨て台詞を吐いた男たちがすごすごと引き下がり、雑踏の中へ消えていくと、ようやく張り詰めていた空気が緩んだような気がした。
「ふうぅ……抜く羽目にならなくてよかった」
愛用していた武器なのでいちおう携行してはいるが、実銃を撃った経験なんて一度もない。
もし相手がやぶれかぶれの抵抗を選択していた場合、上手く撃てるか、そもそも人相手にトリガーを引けるかすら怪しかったのだ。向こうが退くことを知ったカスで本当に良かった。
「あ、あの……」
内心でダラダラ流していた冷や汗を拭っていると、不意に背後から遠慮がちな声がかかる。
振り返れば、そこにいるのはナンパ男どもに絡まれていた件の女の子。
ふわりと風に流れるつややかな青空色のロングヘアを揺らし、裾の短いジャケットとワンピースをゆったりと着こなしたその人物は、おっかなびっくり、しかしどこかキラキラとした瞳で俺のことを見上げていた。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして。あと、急に知り合いヅラしてごめんね」
「い、いえ! あの人たち、何度断ってもついて来てたので……本当に、ありがとうございます」
そう言って、女の子はぺこりと頭を下げる。
「あのっ、何かお礼にできることはありますか……?」
かと思うと、今度はその柔和な眼差しに決意の光を垣間見せて、やや前のめりに切り出して来た。
「え? いや、そんなのいいよ。お礼目当てで助けたわけじゃないんだし」
「でも、このまま何もせずさようならなんて、失礼です! なんでも良いので、お礼させてください!」
先ほどまでの弱々しい調子とは打って変わって、その口ぶりは強情さすら感じさせるものだ。
助けてもらったという念がそうさせているのか、あるいは元々そういう性格なのかはわからないが、どうもこの様子だと俺が了承するまで諦めてくれそうにないのは、どう断ったものか――
なんてことを考えていた矢先、ぐぅ、という大きな音が鳴り響く。
「…………ごめん、俺の腹の音。忘れて」
昨日から何も食べていない影響が、こんなところで出てくるとは思いもよらず、俺は気恥ずかしさについと視線を逸らす。
その様子がおかしかったのか、きょとんとした顔になっていた女の子は、思わずといった様子で笑いをこぼした。
「じゃあ、ぜひご馳走させてください。わたしの好きなお店がこの近くにあるので、ご飯にしましょう」
「……わかった。お言葉に甘えるよ」
豪快に腹の虫が鳴いた手前断りづらくなった俺がしぶしぶ折れると、女の子は「やった!」と小さく拳を握る。
「わたし、〈ティルナ〉です。こんなですけど、お兄さんと同じ傭兵をしています」
「そうだったのか。俺はレンだ。よろしくな」
挨拶と共に手を差し出すと、ティルナと名乗った青髪の女の子は、どこか気恥ずかしそうにしながらも握手を交わしてくれた。
皆様のご声援のおかげで、自分史上初となる
・[日間]宇宙〔SF〕 - すべて …TOP10入り
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を達成いたしました!本当にありがとうございます!
これからも「リビルド・スターシップ!」をよろしくお願いいたします!




