第9話 好きな色
ザッ。ザリッ。ザシュッ! ドコッ!
向かってきた魔物を切り裂いて蹴り飛ばす。
今日は魔物を倒しながら、先日も行ったショッピングモールへ向かっていた。
前までは食糧優先で他の物に目をくれなかったが、生活が一旦落ち着くと、他の物資の補充があまり無い事に気が付いたのだ。
さまざまな栄養素が足りず、身体機能の維持が難しい日々だった。
そのために全員の思考能力が低下して、そういった人間としての最低限の生活に意識が向かなくなっていたようだ。
結晶石で丈夫な身体は手に入れていたから動けはしたものの、そうでなければ、どうなっていただろうか。
塩ひとつの不足で生物は壊れる。
特にこうして移動し魔物と戦えば汗を多くかく。
いくら水は飲めても、3年間調味料含め切り詰めて生き残ったのは、奮闘したと言える。
もう、いつ終わってもおかしくなかったのだ。
この限界にユノという善人に出会えた奇跡への感謝は、言葉に言い表すことが出来ない。
あの初回の、ミランの盗みから多くのものをくれている。
見捨てず、より多くのものをだ。
調味料は味だけでなく思考を生き返らせてくれた。
彼女がどう思い、どうしてこの行動をしているのか奥深い部分は分からない。
だが、気まぐれでも良い。
その気まぐれが1日でも多く続いてくれるなら、我々は地面に何度だって頭を擦りつけることだろう。
「ギャッ! ギャッ!」
小さく緑色の人型魔物、それらは幼い子供に近い背丈だが、顔は絵物語の小鬼に似ている。
似ているだけで言葉は通じないし、悪意が強く、切れば他の魔物と同じく砂になった。
ザシュリッ!
魔物を倒し結晶石を集めながら余っている石鹸等を探していく。
モールといった場所には人型の魔物の率が多く、大抵が展示物のベッドや休憩用のソファーを寝床にしている。
「ギャギッ! ギャギッ!」
何度も何度も小鬼の首をはね落とし、魔物は砂になり、時折小さな赤い結晶石を見付け拾っていく。
ザリッ。
「うわ、食べられてら……こっちのは大丈夫か……」
仲間が見付けた石鹸は魔物の食糧の代わりになったらしい。
結構な量が食い荒らされていた。
砂になる魔物が空腹なのは意味が分からないが、アレはアレで何かしらの構造があるのだろう。
「おえッ」
「流石に石鹸食おうとか思ったことないな……」
「とりあえず無事なのだけカートに乗せていこう」
ミランの収納空間は今、おからパウダーと卵で埋まっているので、物は詰め込めない。
しかし、彼の能力が開花する前から自力での運びが主流だったので、隊員達は誰も気にしてはいなかった。
誰もが知り合いに頼まれた物や自分が必要な物を好きにカゴやカートに詰め込んでいく。
ミランもひげ剃り関連の物や肌用の物、新しい下着、服関連等を選んでカゴに入れる。
無意識に身支度を整えようとしていた。
ガラゴロ……ッ。ガラゴロ……ッ。
商業店にある業務用の通称カゴ台車を頂戴し、折りたたみコンテナを開く。
その中へ荷物を入れては重ねて縛っては、どんどん詰め込む。
簡単に落ちない形にしてから、それぞれ2人ずつが前後で動かして、4人が護衛で周りを囲んだ。
残り2人、ミランとアスは魔物を見かける度に先陣切って倒しながら中環地点の市役所を目指した。
中間地点の市役所へたどり着き、ミランは声を出す。
「よし。今日もここで休んで、明日基地へ戻るぞ!」
「「「はいッ!」」」
早速手に入れた石鹸を使い、トトンが用意した水で手や顔を洗った面々は一息吐いて、今日も食べれると期待している茹で卵に想いを寄せる。
グツグツ……。
沸騰した湯の中で踊っている卵を、うっとりと見つめている男達。
まるで恋でもしているかのようだ。
「茹で卵、今日も1人2個食べて良いそうです」
今はトトンがニコニコ笑顔で茹で卵を作っている最中だ。
「トトンの代わりに鍋の見張り1人」
「はい!」
ミランはトトンを茹で卵調理から外し、新しい指示を出す。
「トトンと一緒に、この持ってきた器とスプーンを軽く水洗いしてくれるか」
「「はい!」」
隊員達は期待から、キビキビと動いていた。
市役所の手洗い場で器とスプーンを洗い終え、キラキラした瞳がミランに向けられる。
期待いっぱいの瞳、揺れる尻尾が幻覚で見えそうだ。
その感情に前までは断り、絶望を与えるしか出来なかったが今は違う。
ミランは薄く口端を上げた。
「……今日も、ある」
「「「うおおおおおお!!」」」
男達の喜びが市役所に木霊する。
「ありがとう! マジで天使ちゃんッ!」
「キスしたいぜ!」
1人が空虚に向かって投げキッスをしている。
「蒸しパンかな? あれ、美味かったよな〜」
「茹で卵と食えたら良い感じだよな!」
ミランは先ず麦茶が入った薬缶を収納空間から取り出す。
ニコニコ顔の男達は、鞄に着けているコップとは別の各自持っている水筒の蓋にお茶を注いでいく。
コップには茹で卵を入れる予定なのだ。
次にミランはサツマイモ蒸しパンを出した。
男達の瞳が見開かれる。
「え?」
「イモ?」
ハッとした男が叫ぶように言った。
「昨日の進化バージョン!」
「魔物の進化は嫌だけど、料理は嬉しい!」
「愛してるぜ!」
「まだだ……」
ミランが低い声で呟いて男達の言葉が止まった。
1人1個、芋蒸しパンを仲良く手にしていた面々は戸惑いの瞳を向けた。
ミランの手には業務用寸胴鍋。
「へぁッ」
「す、スープ付き?」
「しかも量が……」
「え、良いの?」
パカッ。
寸胴鍋の蓋が開くと白い湯気が立つ、覗き込んだ中には赤い野菜スープが入っていた。
多くの者に馴染みのあるトマトスープの香りがする。
「「「うおおおおおおお!?」」」
「マジ? マジかよ!」
「ずっと食いたかったやつ!」
「トマト缶、もう見つかんなくて諦めてたのに……」
懐かしさに瞳を潤ませながら唾を飲み込む。
「おれの故郷さ……トマトが有名で収穫の時期になるとトマト投げして祝うんだよね」
「映像で見た事ある」
「今じゃ貴族でもできない祭りだよな」
「アハハッ! してたら殴っちまうよ!」
「トマトとザリガニ煮込んだの好きだったなあ……」
ぐるぐる……たぷんッ。
お玉で中をかき回し気付く。
「マ、まってッ、は? 具材凄くね?」
「物凄い野菜入ってる……よな?」
「肉も!」
「肉!?」
「え、肉!?」
「うわ! 肉……デカい肉……」
「凄え……あちこちに肉が……」
「あわわ……」
一部、言葉を失って涎を垂らしだした。
「全員分ある」
「余裕である……」
「食って良いって、ことだよな……?」
「そう……良いんだ……」
「やった……」
「あ〜……泣けてきた……」
全員の器に、野菜のざらざら感が強いスープが盛られる。
全員がユノに祈りを捧げてから、それを口にした。
ぱく……ごくんッ。
一瞬の無言。
柔らかく咀嚼して飲み込んで、震える声で1人が呟く。
「酸味だ……」
何人もが同意で頷いた。
「なんて……なんて美味いんだ……」
「ああ……」
その後はスープを食べたり、芋蒸しパンを食べたり、茹で卵を食べたりと思い思いに食べていく。
「旨味つよいな」
「めちゃくちゃ食べ応えのあるスープ!」
「スープっていうより、オカズ?」
余裕で飲み込めるが咀嚼しながら食べるタイプのスープだ。
「うめ〜♡」
「肉、食べ応えある〜!」
「作るの大変だったろうに……」
「ありがたいよ本当……」
「ちなみに今夜はお代わり可でいく。調達に出ている俺達が腹いっぱいになれるよう作ったと手紙が付いていた」
ミランの言葉に全員の視線が戸惑いと喜びを含み向いた。
ユノが書いた短い手紙を覗き込む。
《酸味の強いスープに挑戦しました。調達班の人達が、お腹いっぱいになれるように多めです!》これは、ユノの発情期猪肉を消化したい罠ではあったが、そんなこと1ミリも知らない面々は瞳に涙をためた。
例え知っても笑顔になるだろう。
彼らの一部は泣きながら、トマトスープを最後まで食べ切ったのだった。
「能力者になってから空腹度合いが上がったよなあ……」
「でも久々だよな。この量を食えたの」
「天使ちゃん……」
「腹6分目ぐらい?」
「前は1分目も厳しかったもんね……」
お湯とモールから持ってきた食器洗剤で鍋やらを丁寧に洗い、ユノが用意した分を収納した。
ミランは日誌に全員が喜んでいた事を書こうとしてページを開き、ユノの言葉に気が付いた。
《ありがとう。好きな色なので嬉しいです》その文字にミランは口元を手の平で抑え、顔のニヤつきを隠す。
数回深呼吸をして、もう一度見ればやはり返答、好意的な返答だ。
「好きな色か……そうか……」
暫しの間、彼は言葉の余韻に浸ったのだった。




