第69話 健闘を祈る
太陽が顔を出し始め、淡い白い光がフラワー地区を照らす。
フラワー地区の朝は空気中の水分が多く、風が止んでいる日は、短い時間だけだが粉塵が舞わない。
その様子に、夜明け前から起きて身体を解していたミランは、ゴーグルとマスクを装着せずに博物館から出た。
雨の後ではないのに、空が粉塵で曇らず見えるのは奇妙な気分だ。
運河に囲まれていることで、周りの粉塵も届きにくい。
時間が経てば空に舞うが、ゴーグルやマスクを装着する程ではないと分かる。
ミラン達が外側から入り込んだばかりで、重装備過ぎるのだろう。
「新参者が一発で分かるだろうな……」
早朝、日の出と共に部下達は目覚めた。
「ミラン隊長おはようございます!」
「おう、おはよう」
空気がしっとりとしている早朝は、ミラン達が住む軍事基地の雨の日の後に近い。
植物魔物が辺りを囲っているとしても、増えすぎる植物魔物を倒していないわけではないので、ここまで粉塵が少ない理由は他にもあるのかもしれない。
「ユノ様がくれた炭団良いよな〜」
「オレ達が作る固形燃料とニオイから全然違うもんな」
「あんな可愛いの初めて見たよ」
「ただ丸いの以外、勿体なくて使うの躊躇うよな」
「可愛いの使い切ったら、基地の子供らに怒られちまうよ」
軽い運動をしていた部下達は笑い合う。
運動を終えた部下達は、昨日から部屋を温めていた壺に近付く。
その中には煙がほぼ出ない炭団が柔らかく熱を発していて、いらない紙に火を点けた。
そして、その火を自分達で用意した固形燃料に移す。
手作りの固形燃料は紙屑、木屑、炭粉、廃棄油の混ぜ物だ。
空の一斗缶や銀バケツ、その中に汚れて使えなくなった布やゴミを空気が入るように入れ燃やす。
昨日までは拠点場所を他に教えない為に、煙が出るそれらは使わなかったが、今日はあえて場所を知らせながら行う。
多くのモールの傘下や主は気づくだろう。
これは、今から会いに行くという合図を含めていた。
原始的ではあるが、狼煙は遠くの相手にも存在を示す良い方法だ。
その火を使い、各グループがお湯を作り始める。
博物館の浄水器の水を出し、それぞれが沸騰させ、お茶を用意した。
残りの湯は洗顔、歯磨き、人によっては髪を洗ったり、髭を剃ったり、上半身を拭きあっていく。
こうして外に出ている間は、軍事基地のように全身のシャワーは浴びれないが、細かく簡単に身綺麗にする事を心がけている。
もしできない状況なら、歯磨きぐらいだ。
この博物館のように水さえ確保できたら、足は寝る前に湯を作り洗って寝る事が多い。
またお湯を作って大の排泄時に、その場所を流す事をできるだけしている。
その度に洗えば下着の交換も減らす事が可能な為に、積極的に行う行為だ。
子供達も歯磨き、顔洗いをしたが眠そうで、皆頭がフラフラしている。
「バン、ヤムヤムにーが頭を洗ってやろうか?」
「んん……もらう……」
ヤムクーに声をかけられて、眠そうなバンは頷いて上半身の服を脱ぎ、湯で1度頭を濡らして洗う。
ミラン達は石鹸やシャンプーを持っているので、髪と上半身がさっぱりとした。
モーツは半分寝ているので、アルトとリーガルが顔洗い、歯磨き、髪を梳かす。
また自分の髪を久々にシャンプーで洗い、リーガルとアルトは互いの背中を布で拭きあった。
「よし、朝食は野菜スープと林檎の蒸しパン、蜜柑を出す。これ以外に食べる者は自分の分から出して食べてくれ」
ミランの部下達は、最初に緊急時用の物資を貰っている。
「リンゴのむしパン!」
モーツが急に目を覚ました。
「モーちゃん、野菜スープもあるよ」
「やさいスープ!」
アルトが野菜スープが入った器をモーツに見せると、瞳をキラキラさせて喜んでいる。
「どうする? 昨日もらった缶詰開けようか?」
「この野菜スープ、もの凄く具材が多いよ。いらないんじゃない?」
リーガルが訊くと、バンが器にこんもり盛られたスープをスプーンですくいながらそう答えた。
「ねえねえ、この生地みたいな中にお肉っぽいの入ってるよ!」
「あ、本当だ。えーすごい」
「これはね〜ボクの妹と弟が育てた茸を入れて、おからと卵白でまとめた団子だよ」
「ヤムにーいちゃんの? すご……っ!」
バンの隣でニコニコしながら、ヤムクーはスープを口にしている。
「うーん! おだんご、じゅわって味がでてきておいしい〜!」
モーツが元気よく感想を言うと、辺りから笑い声が上がった。
軍事基地内の野菜をこれでもかと入れてあるスープは、生姜、鶏ガラ、塩、少量の砂糖で味が調えられており、肉ではないが白団子が満足感を増やしている。
これは昨日の夜に、ユノに食べさせたスープでもあった。
スープも嬉しそうに食べていたが、やはり甘いものが特に好きなようで、モーツは林檎の蒸しパンをいたく気に入っている。
「モーちゃん、ゆっくり食べられるならボクの半分あげようか」
「え! いいの?」
「うん、あ、豆乳麦茶に合うから飲んでみてよ」
「うん!」
ヤムクーは自分のを半分にして、モーツに林檎蒸しパンを渡し、豆乳と濃く煮出した麦茶と合わせた茶を勧めた。
味は香ばしく薄いカフェオレに似た飲み物だ。
「美味しい〜!」
モーツは大喜びで、ヤムクーはその姿を穏やかな表情で眺めている。
「じゃあヤムヤムにー、おれの半分の半分をあげる」
半分をさらに半分にした林檎蒸しパンが返ってきて、ヤムクーはカラカラと笑い、バンの頭をわしゃわしゃと撫でたのだった。
***
今の拠点場所に机や椅子を設置し、今日の交渉について新たな情報が出たとミランが話す。
「え……?」
リーガルは当事者だったので、目を見開いて内容に戸惑う表情を向けた。
また他の面々も内容に衝撃を受けている。
彼らの反応は、ユノの予知夢の内容を簡潔にまとめて、部隊全員に話した為だ。
また子供達には、別世界の女性でミランと収納能力が繋がっていると説明した。
それにより昨日ヤムクーが『規格外』と話していた事に合点がいくリーガルとバン。
アルトは戸惑いつつも頷き、モーツはウトウトしている。
「そのユノ様って方が、ミランさん達を支援してくれてるんですか……」
「別世界で、そこから色々な食糧を……確かに神様みたいだ……」
アルトは瞳を潤ませて呟き、バンも肯定している。
子供達はもう充分な程に、新鮮な食糧を見た後なので疑わず、ただ純粋に驚いている。
リーガルも、ミラン側に女神がいる的な話を他の隊員が呟いていたので、そういう事だったのかと納得している。
「それで本題だな」
アスが髭を剃ったばかりの顎を撫でながら、低い声で呟いた。
アスも当事者だ。
予知夢の中で何度も命を落としている。
「オレの身体を貫通する程の水の使い手となると……防御や力だけじゃあ上手くいかないってことか」
「ああ……ユノが見た中では苦戦していたようだ。ただ、命を落とすのは決まってラッセルと戦った時らしい」
「そのラッセルが、モールにいる4人の主のトップなんですね……」
リーガルは姉から詳しい事情は聞いていない。
どうも内部の詳しい情報を外に漏らす事は、良しとされていないようだった。
傘下であれば違ったが、そうでないリーガル達は偶に配給品を持ち出してくれる姉の好意に縋り、そして今では連絡が取れていない。
「もしも、オレが今回も一緒に行っても、3人のように反応は無理なので……最後の人質が取られる事がないように、こちら側で植物魔物で護りを固めたいです」
「ああ、良い考えだ。そうしてもらえたら俺も助かる」
リーガルの言葉にミランは肯定した。
モーツはリーガルの膝上で完全に寝ている。
人質に取られた子供の内、モーツは確実に1人の人質だったと思われる。
もう1人はバンかアルトだ。
兄妹で常に側にいるので、モーツとアルトかもしれない。
「それで顔の数字だが……予測するに死を経験すると、時を遡る能力者ではないかと思っている」
「……そうか」
ミランの言葉にアスは腕を組み目を細める。
「時を戻る能力者となると厄介だねー……経験値が明らかに違ってくる。そんでボクが負けたか」
ヤムクーが少し悔しそうに呟いた。
「その数字が死に戻りの回数だとすると、ほぼ不死身だな」
アスが苦々しい表情だ。
「やっぱり、オレの能力は交渉材料として不十分だったんだろうな……」
リーガルは眠ったモーツを軽く抱きしめながら、寂しそうに呟いた。
「いや、そもそも交渉の余地なく向こうから仕掛けてきている。何故そこまでするのか、理由が分からない限りは交渉自体が難しい」
ミランは顔を左右に、ゆっくりと振った。
それぞれに死にたくない理由がある。
そして、ミラン含めて全員の命は一度限りだ。
誰も死に戻りなんて出来ない。
「質問」
バンが片手を上げて発言し、周りの視線が集まる。
「昨日はさ、マガリねえちゃん達が傘下になる前に交渉するって話してたけど、あれって絶対なの?」
ミランの眉が軽く上がり、少し考えだす。
「もう少し調べてからでも良いんじゃない? ミラン隊長で食糧の余裕があるんだし、ヤムにーちゃん、めちゃくちゃ強いし外の奴らが百人ぐらい来ても負けないじゃん」
「そうだな……確かに時間制限を無意識に作っていたとは思う。だが、俺達に明確な交渉期限は無いが、マガリ達は今日中だ。本人が嫌がっていれば、止めもするが、悩みはしても期日を変える事はしないだろう」
「マガリねえちゃんらにお願いしてもダメなの?」
「お願いはできる。しかし、それは彼女達が傘下になる前に不誠実な行動をしたと見なされ、中に入っての事が分からない今、あまり彼女達にとって不利になるような事は避けたいんだ」
「……そっか、友達でも約束破ったら喧嘩になるもんね」
バンは頷いて口を閉じた。
「しかし、現状敵と見なされている今は同じメンバーで行こうと、似た展開になる可能性は高い」
「……ならオレとヤムクーが行く」
アスが覚悟を決めた瞳でそう言い。
「はい。ボクも異議なし」
ヤムクーも同意した。
しかし、ミランは顔を横に振る。
「気持ちは嬉しいが、2人にはしてもらいたい事がある」
アスは軽く眉を寄せた。
アスにとって何より大切なのは、ミランの命だ。
彼にとってミランさえ生きていれば、妻と子供の食糧が継続出来る。
それは自身の命が無くなろうと構わない選択だった。
「何をすれば良いんです?」
そしてヤムクーも少し似ていて、生き残る気ではいるが、妹弟、また出会った子供達が生き残れるなら、その方が良い。
その気概が彼にはあった。
「子供達を、部隊全員で必ず護り通してくれ。夢の事態にならないようにだ」
「……まさか」
アスが嫌な予感にミランを見て、その瞳に頷き返す。
「俺が行く。人質さえ取られなければ、俺は避けきる事が可能だ。銃弾も水の能力も、ラッセルの武術がどんなに優れていようと追いつかれなければ良い」
「……ミラ」
「不安なら、俺の収納内の長持ちする食糧は全て此処に置いていく」
「だが……」
「俺が死んだ場合、もう交渉は無理とし、その場合即座にフラワー地区を子供達と離れ、基地に戻れ」
「なッ! それはねーだろ!」
アスが怒りで声を荒げた。
「また次の隊長は、皆で投票し決めてくれ。俺はアスに一票入れておこう」
「……バカ野郎、オレは隊長の器じゃねえよ……はぁ……どうしてもなのか?」
「お前達が全員で護るなら、子供達を人質に取られる心配はない。それさえ無ければ、どうとでもなる」
ミランの言葉にアスは眉を寄せ、瞼を閉じる。
「……はは、自信がありそうだな」
「おう。待つのは明日までとし、帰って来なければ死んだと見なしてくれて良い。だが普通に帰ってくるから安心してくれ」
「はー……わかった。全員で守り抜く」
「ああ、頼んだぞ」
ミランはアスと手を硬く合わせ合い、互いの健闘を祈ったのだった。




