第70話 新人・前編
早朝。
フラワー地区のショッピングモール周辺の1箇所。
昔塾だったその場所に、金曜組の班長であるソシルと、腹心が暮らしている。
コンコンッ。
部屋がノックされ、金曜組の幹部である1人が声をかけた。
「ソシル様おられますか?」
しーん。
中から返答の鈴の音が聞こえない。
もしいるなら何かしらの音、多くは鈴を鳴らして応えてくれる。
「どうやら出かけているようだ」
「マシュ様も現在籠もり中と札があったし……」
マシュはソシルの腹心とされる者で、大抵の場合は彼に伝えれば良いが、今は部屋籠りの時間帯で言葉を交わせない。
細やかな報告程度で、無理矢理に部屋に入るなど言語道断だ。
こうして金曜組の幹部達は立ち往生状態となってしまった。
「どうする? 新しく金曜組に入りたいっていうアイツら……能力者ではないけど、そんなに弱くはねーし……」
金曜組の幹部の1人が窓縁に肘を乗せて、タンポポ煙草をふかしながら朝日の眩しさに目を細める。
「ソシル様かマシュ様に1回は伝えないとだからな……」
もう1人の幹部は欠伸をしながら、目を覚ます為か飴玉を口に放り込み肩をすくめる。
他の面々も、今持っている自分の物で時間を潰すようだ。
「さっきの続きするか?」
「賭け品、今は持ってねえよ」
「念書で良いだろ」
「やだよ。俺は手持ちの分以外しない派なの」
「徹夜で充分遊んだし、もう寝ようや」
「ちえっ」
「賭博は、ほどほどにだ」
ふわ〜っと欠伸と共に、煙草の煙が白い朝日にパラパラと拡散した。
今朝、薄汚い身なりで銃器を持った男達が、金曜組に入りたいと申し出てきた。
燻っている下っ端よりは強そうな雰囲気の男達だ。
金曜組幹部が集まっている場所を自力で見付け、直談判してきたのも悪くない。
金曜組は実力主義なので、弱くない者には寛容なのだ。
「月曜組に取られると腹が立つし、ソシル様が戻られるまでキープはしておきたい」
「適当にタンポポ茶でも渡して待たせとくか」
「ヒマワリの種以外には大したもん持ってないみたいだけど、フラワー地区に入れただけでも実力はそれなりにあるからな」
「んんじゃ、そういう事だから、後は任せた。一眠りしてくるわ」
彼らはそう話し、外の天幕で待っている男達にタンポポ茶を出すよう、側に控えていた部下に指示した。
「あーそうだ。トイレは厳しいから、ボットンの場所と使い方を教えてやれ」
「へい!」
部下は頷いて、天幕に向かう。
天幕内には疲れた様子の新人3人がいて、部下は直ぐにタンポポ茶と塩豆の小皿を差し出した。
それを見て新人達は茶を一気に飲み干し、塩豆は少し奪い合いながら食べる。
秒で無くなって、部下は腹が減っているんだなと思った。
「カカカッ! 腹ペコかよう? じゃあ、ちょっと苦しょっぺーけどよう、タンポポと大葉の半味噌出してやるよう」
そう言って部下は、自分用のオヤツを入れた小さいタッパを鞄から取り出す。
「タンポポ、大葉、みそ……?」
「おうよ。色々作る木曜組を真似しておれも作ったんだけどよう。しょっぺー半味噌しかできねえんだよな〜。まあ、こうしてさタンポポ茶飲みながら、ちびちび食うって感じよう」
部下が作ったのは生の大葉、茹でたタンポポ葉と茎を刻んで、手作りの半味噌と混ぜ合わせた塩っぱいオヤツだ。
酒は高いので、大抵はタンポポ根から茶を作り味の変化を楽しんでいる。
部下はその手作りの半味噌を小指に付けて舐め、タンポポ茶をゴクゴクと飲み込む姿を見せた。
「おお……」
新人の男達はゴクリと唾を飲み込んだ。
「アンタは……金曜組の幹部なのか?」
「おれ? おれは空は飛べるけどよう、この状態だろ? だから雑用係だなあ。まあ金曜組の中でも派閥が多くてよう。温厚な派閥の下っ端でいれてラッキーよう」
「へえ……」
彼らは膝から下が無く浮かんでいる部下の男を見る。
部下の男は、どうやらこのフラワー地区に来る際に、両足を失ったらしかった。
「飛行船によう飛ぶ魔物が大量に来てよう。こえーのなんのよーう! 何匹もの体当たりでよう、窓割られてよう……空気入って? なーんか飛行船ぐるぐる回転してよう、もうわけわからん内によう……外に投げ出されてよう……その時に脚がよう……」
ぐるぐる回転する飛行船の中で、部下の男は咄嗟に自分の足を犠牲にする事を選び、そして外に出たらしい。
部下の男以外にも何人も投げ出されて、魔物に捕まっていたり、もう明らかに死んでいたり、生きていても飛行能力が無く運河へ落下していく姿を見たりと凄かったようだ。
飛行能力を持つ部下の男も、変な方向に折れ、膝の骨が飛び出した脚の激痛に耐えながら魔物からなんとか逃げていたが、片足首をくちばしに掴まれた。
部下の男はその時に覚悟を決めて、片脚を持っていた斧で叩き切ったらしい。
「気絶寸前で能力にも狂いが生じてよう、結局地面に下りる時に、もう片脚もガリガリ削れちまってよう……まあ、同じ傘下の奴らが拾ってくれて生き残ったってわけよう!」
部下の男はお喋りだった。
部下の男の長話の間に、手作りの半味噌は食べ終える。
ヤカンいっぱいにあったタンポポ茶も飲み終えて、新人達がトイレに行きたいというので、部下の男は自分の砂入りバケツを3つ重ねて持ち、案内する。
金曜組のトイレは小屋の中に仕切りと簡単な扉があり、内側に適当な板があってしゃがんで排泄するタイプだ。
「金曜組のトイレは、トイレットペーパーとバケツの砂な。おれみたいに、木炭を混ぜると、もーっと良いんだけどよう、あんまする奴はいねえよう」
そう言いながら、部下の男は少し離れた場所で立ちションをしている金曜組の男に視線を向けた。
「本当はダメだから、見つかると指導されるんだけどよう……場所を変えては、ああしてするんだよう……」
部下の男は溜息を吐く。
新人らはフラワー地区に来る前から、適当な場所で立ちションをよくしていたので、特に何も思わない。
「オイオイ、アシナシ〜。なーに真面目ぶってんだか」
ふと別方向から歩いてきた金曜組の男達が、そう声をかけてきた。
「もしかして、これが仲が悪いっていう月曜組なのか?」
新人の1人が訊くと、部下の男は困り眉で言う。
「金曜組の別派閥よう……」
「数が多いんだっけか」
「千人はいるよう」
「派閥の数は?」
「今は13派閥あるよう」
「へえ……」
別派閥の男の1人が、吸い終わったらしいヨモギ煙草を、唾液と一緒にペッと部下の男に吐き付けた。
「オーオー、聞いてんのかー?」
「アシナシは脳ミソも脚にあったんじゃねーの?」
「雑用程度しか出来ねえ役立たずな脳ミソだもんなあ?」
「「「ブハハハハハッ!」」」
相手は何が面白いのか勝手に爆笑しだした。
一頻り笑うと、別派閥の男達はニタニタとした笑みを見せた。
「ああ、そうそう新人共。良いもん持ってんなら出しな!」
「ハァ?」
「初回で物持ってんだろ? 素直に出してりゃ他から護ってやるぜ」
「まあ言うこと聞かなきゃ、どうなるか分かるよな?」
「オレは殴る威力が10倍になる能力を……いッ」
そう別派閥の男達が自信満々に言い、喝上げをしようとして、苛ついたらしい新人が改造銃を出して、相手の額に押し付けていた。
「さっき女は殺しちゃ駄目だと言っていたが、男は良いのか?」
「んえ? 仲間は殺しちゃダメだよう……まぁ、喧嘩の果てで死んじまったら仕方がねえけどよう……」
部下の男は困り眉で、そう発言した。
ドゥンッ!
「あ……ぁああああッ!」
改造銃の銃弾は、別派閥の男の顔の横で放たれ、相手は痛みに呻いている。
改造銃であろうと勢いはあった。
黒い粉が相手の顔、肩にかかっている。
モロに浴びた熱さと音に、相手は片耳を抑えながら地面に転がり、呻いていた。
濃い硝煙の臭いの中に、肌が焼け焦げた臭いも混ざっている。
「おめえらが罵った相手が、たまたまオレらに飯を食わせてくれて機嫌が良いんだ。感謝しろよ」
「なんだテメェ!」
側で撃たれていない相手の1人が青筋を立てながら叫び、向かって来ようとしたが、先に腹を蹴られた。
ドゴッ! バキッ! ドスッ!
新人達の動きは容赦がなかった。
この勢いは、彼らの機嫌が良くなければ、きっと殺していただろう。
「気持ちは嬉しいが、それぐらいにして、トイレに行こうよう」
部下の男に止められて、はたっと思い出す面々。
彼らはトイレに行きたかったのだ。
「ああ、そうだな。飲みすぎた」
「カカカッ! タンポポ茶気に入ってたもんな。タンポポ根の粉なら沢山作ってるから、後で分けてやるよう」
「アンタ気前が良いな。気に入ったぜ」
「それも良いが、早くトイレ行こうぜ。漏れちまう」
「こっちだよう」
ざわざわ……ざわざわ……。
そんな様子を、野次馬達が離れた位置で眺めている。
「おいおい、なんだなんだ……?」
「凄え音したぞ?」
「なんか、新人と新人潰しが喧嘩してるみたいだぜ」
「ププッ、地面に這いつくばってらッ! ププッ!」
金曜組の野次馬が集まり、彼らの視線の先には地面に転がる新人潰しの姿が見えた。
金曜組の下層は治安が悪い。
そして大抵、入ったばかりの新人は餌食にされる。
「改造銃か。まあ銃弾が尽きる前までは強いかもな……」
「でも、あれ良いな。新人が寝た時にでも奪うか……」
ボソボソと改造銃を奪う為の言葉を話しだす奴らもいた。
「そういやあ、前の新人潰しを返り討ちにした奴いたよな」
「火能力者のトントンだろ?」
「今は水曜組のトントンも、最初は金曜組だったらしいぜ」
「あのイカれ野郎がか?」
何かを思い出し、嫌そうだ。
「あの時の奴ら巻き上げて、貯めてた食糧全部失って、治療してもらったんだよな……」
「鬼のカイロにか……」
「トントンは、鬼のカイロと仲が良いらしいし……」
「カイロって、半端組の班長? あいつ鬼なの?」
「貴重な回復能力者だからな」
「脅威か〜?」
「弱そうだよな」
「巻き上げが鬼って事じゃねーの」
その反応に対し、過去を思い出す男は言う。
「お前らは、過去の打ち首された奴らの公開拷問を見てないから、平気な顔が出来るんだよ」
「あ〜?」
「月曜組班長のファンと一緒に行っていた、公開拷問は本当に、本当に酷かった……」
過去を思い出す男は青い顔をしていて、周りの者達もよく分からないながら、何かヤバい事だけは察した。
「フーン……?」
金曜組の下っ端達の騒ぎも、新人潰しを地面に残したままトイレに向かって、騒ぎはお開きとなったのだった。
***
水曜組。
普段通り彼らが周辺を綺麗にしている為、清潔な空間が保たれている。
その場所は大抵、カイロ班長が行う炊き出しの時に使われる。
そして今回は急遽、朝から大型天幕が広げられていた。
予定になかった事態でも、カイロ班長から事情を聞き全員がにこやかな様子で、急遽天幕を設置している。
「これはヤバいな……」
「え?」
ケンの唸りにキジュは設置し終わった連結式・大型天幕の下から身を出した。
「何がヤバいの?」
「今、ランズちゃんはおれ達の為に小豆汁団子を作っているんだ……約150人分……」
「嬉しいよね」
「そう……嬉しいのがヤバいんだ……」
「?」
天幕の下には机や椅子、椅子代わりの箱などが多く置いてある。
他の水曜組も嬉しそうに机を拭いたり、ヤカンのお茶を用意したりしていた。
「全員笑顔だろ」
「そりゃあ、そうですよ。念願の普段より良い食事が食べられるんだし……」
もう少ししたら木曜組に渡した食糧で、美味しい料理が食べられるのだ。
笑顔にならない方が変だろう。
「今回の食事はトントンとランズちゃんのおかげなのは、もう全員の知るところだろ?」
「うん。皆、ありがたや〜って喜んでるよね」
「そう、もう木曜組に料理を任せた時点で好感度は高い……」
「ん?」
「なのに、おれ達の為に自分の米や大豆、小豆を使って、全員分の甘味を用意してくれてるんだぞ?」
「う、うん……?」
「惚れちゃうだろ……!」
「えッ! ほ、惚れる……?」
キジュは、ケンの言葉に仰け反った。
ランズは終末で揉まれて、少しツンとしていたが、話してみれば優しい女性だった。
それは、たった1日でも分かり、トントンに好意を抱いているようだし、キジュ的にはそんな目で見ていない。
「嬉しいけど、惚れるとかは……」
「不遇の水曜組に現れた優しい女性ってだけで、もうダメだ……」
「ええ……?」
キジュは戸惑っている。
「おれだって、モールか木曜組に行くってところまでは線引きが出来てたけど……水曜組になって、自分が持ってきた物資で料理の依頼して、交換した調味料を共同で使おうって……そんなん好きじゃんッ!」
ケンに勢い良く言われても、キジュにはよく分からない。
「そ、そう? いや、まあ人として好きだけど……」
「皆惚れちゃうって……!」
「そんなオレらの代表人格みたいに……なにさ、ケンさん好きになっちゃったの……?」
トントンと良い感じになるかと思っているキジュは、複雑な心境で訊ねた。
「どちらかと言えば、めーちゃ好きだッ!」
「どちらかという判断の意味はなさそう……」
胸を押さえて地面に膝をついたケンを眺めながら、キジュはそう呟いた。
「けど、この好きは恋愛よりも応援の方が勝っている好きなので……おれはね、キジュ」
「はい?」
「ちょっと複雑な純愛ものが好きなんだ……」
「あ、はい」
キジュはとりあえず頷いた。
「考えてみてくれよ。トントンの事情とランズちゃんの事情はそれぞれ違って、そんな中で起きた先に……」
ケンが妙に饒舌になっている。
キジュは話半分に聞きながら、もうすぐ始まる食事に夢を馳せて、そろそろ祖父を連れて来た方が良いかもしれないと思った。
祖父は脚が良くないので、あまり早く連れてきたら疲れさせてしまう。
──……そういえば……爺ちゃんが言っていた占いの内容って……あの燃えた奴らで合ってるのかな?
もし、トントンが燃やした者達で良いのなら、もう解決だ。
悩む必要はないだろう。
トントンが燃やした時点で死にかけている。
そこから回復するには、昔のような医療環境で治療を受けるか、カイロ班長のような治療能力者に癒してもらうしかない。
カイロ班長は善人には、とてもとても優しいが、碌でなしには容赦がない。
特に女性に対しての悪事を働いた相手には死よりも厳しく、本人が『殺してくれ』と懇願する程の見せしめを行う。
どうも過去に、娘さんが碌でなしに穢されて殺されたようで、月曜組班長ファンと共に進んで拷問を行う。
そして、カイロ班長は鬼と化す。
彼が『鬼のカイロ』と呼ばれるのは、その際の行動だ。
怒りに満ちたカイロ班長は、拷問され、自ら命を絶とうとする相手を淡々と回復させては、繰り返し、繰り返し、どれほど見ていられない状態になろうと回復させ続ける。
アレを見た者達は、『絶対に怒らせてはいけない相手』として認識したと思う。
ただ、それ以外では本当に優しくて、少しひょうきんで、愛らしさもある。
怒らせなければ、本当に素晴らしい班長なのだ。
キジュは過去を思い出して、少しだけ気分が落ち込んだ。
「……ケンさんが面白い事になっている中で悪いけど、オレはそろそろ爺ちゃん迎えに行ってくるよ」
「お? おう。またなー」
「うん」
キジュは能力で浮かび上がり、上から天幕の複雑な道を避けながら飛ぶ。
そんなショートカットをしようとしていた時、ふとキジュは曜日組が暮らす区域の先で、見知らぬ改造車が動いているのを見つけた。
「え?」
祖父を迎えに行こうとしたが、その前に、その動く車に興味を惹かれる。
多分だが、新しい傘下を求める人間だろう。
しかし、車を動かせるという事は、燃料が用意できたという事だ。
「もしかして……特殊能力者かな?」
燃料があれば、蓄電の電力が用意できるまで待たずに、発電機を動かし電気が使える。
残り少なくても、今車にある燃料をモール主が増やしてくれたら使える筈だ。
男でも構わない。
キジュは道案内役を名乗り出て、少しだけでも仲良くなり、燃料を食糧で買えないかと考えた。
そして身体の方向を、改造車側に変えたのだった。




