第7話 調達班
太陽が顔を出したばかりの朝。
白い空が熱を帯びるまで、ゆっくりと輝きを濃くしていく時間帯。
軍事基地、食堂。
数日間で食堂は息を吹き返し、賑わいを見せている。
朝一に食堂に来たのは、今日出かける調達班の者達だ。
用意を行う朝は早かったが、良い香りに彼らは笑顔だ。
そして視界に入った肉入り煮麺に嬉々とした声を上げていた。
「すげえ……大量の肉……ッ!」
「しかも調味料、すごい使ってる……ッ!」
調達班は彼らと同じく早起きした、調理担当の2人が配る丼をカウンターで受け取る。
朝一から茹で麺と味の濃い肉を合わせて食事を行うのは彼らにとって高級料理店に来た気分だった。
「うおッ! 一口で味付けしてない麺が大量に食えるな」
「これなら日持ちするだろうし気づかいが上手いし味も美味い!」
「考えてるわ……」
「オレらの為に作ったのが、ヒシヒシ伝わってきてキュン……」
味の濃いほぐし肉。
こういったオカズは味の薄い主食と、とても合う。
大きな銀バットには大量のほぐし肉がこんもり、ミランの話によれば相手は1人らしい。
1人で、終末を生きる軍事基地の人間達の分を用意したのだ。
ミランの収納能力の先。
別世界の人間が彼らの為に用意したのは明白で幾人の者が神ではなく、その相手に食事前の感謝の祈りを捧げたのだった。
今日の調達班は10名だ。
この基地には能力者が18名、結晶石で体力が僅かに向上した非能力者が45名。
残りは民間人となる。
調達班は基本、能力者で組む。
今回は、その能力者全員が別世界の相手の事情を考えて、結晶石、貴金属類を調達したいと名乗り出た。
基地の護りも重要なので8名が残り、他10名が武器を持って出発する。
残る警護も含め、全員にクリームパンが1個ずつ渡された。
埋まらないように収納から出しているため、ユノの買った日を跨いで賞味期限は過ぎているが、封がされていてカビているわけではないので、皆ニコニコだ。
「カビてないパンが食えるって最高だな!」
「カビてようと僕ら能力者は頑丈だから大抵は食べちゃうけどね」
「死にはしないが段階が進む度にキツいよな」
「わかる」
ガチガチガチッ! ズザザザザッ!
会話をしながら進んでいれば百足を巨大化した車ほどの大きさの魔物が現れ、元気な面々は直ぐに処理を行う。
魔物は即座に砂の小山だ。
「大した大きさじゃなかったな」
「ただコイツ、番で来るからなあ……」
ズズズズズ……ッ!
振動、砂埃。
分かりやすいお出ましに視線が向き、ミランが双剣を腰から抜き取った。
巨大百足は番で現れるので、先程より3周り大きい巨大百足が木々の合間から顔を見せ、ミランが能力故のスピードを出し、魔物の背中を駆け上がって頭を切り落とす。
ザシュッ! ボドンッ!!
巨大百足は何が起きたのか分からない内に頭が地面に落ちて、口がカチカチ威嚇で数秒鳴り、司令を失った身体が先に砂になって地面へ溢れた。
バキッ!
ミランは、カチカチと威嚇を向ける頭を飛び降りた勢いで双剣で刺し潰し、砂にする。
10秒程度でそれらが終わり、軽い口笛や讃美の中で彼は歩き出す。
「……予定通り今日は貴金属店を3ヶ所周る。チームは3チーム。俺が率いるチーム、アスが率いるチーム、ベヤルドが率いるチームだ。夜は市役所にて合流だ!」
「「「はいッ!」」」
ミランのチームは2名のみで、今回の予定地で一番遠い貴金属店に辿り着いた。
食糧を調達する為に食糧がありそうな色々な店は荒らされているが、逆に貴金属店は綺麗な状態で残っている。
「わ〜……ミラン隊長。今回は僕の我儘にすみません……」
「良いさ調達のついでだ」
ミラン達はユノに食糧の支払いとして貴金属類を渡す為やってきたが、彼の後輩であり部下のトトンは自分の彼女に結婚腕輪を渡したいのもあって参加した。
もちろん、ユノに貴金属類を渡したい気持ちも本物だ。
「終末世界にならなきゃ次の休みで結婚腕輪を買う筈だったんです。結局、それどころじゃなくなって……まあ彼女だけでも基地に連れて来れたのは良かったですけど……」
「サイズは、どうする?」
「今は細くなりすぎてるので調整可能型のが……あ、これとか可愛いし彼女の好きなローズの宝石だ! これのお揃いにします!」
「よし。綺麗な箱を探して、それに入れて包装してこい」
「はいッ! ありがとうございます!」
ザリッ。
ミランは中の貴金属類を眺めながらミチドウ・ユノを想像する。
ユノが女性だという事は日記で分かっている。
本来なら食料を取られ、図々しくもより食料を求める相手になど怒って無視しても仕方ない。
だが協力し、どうしようもない自分達を助けてくれている存在だ。
「……」
ミントグリーンのネックレスを指先に引っ掛けて想像のユノに着けてみる。
想像の中の女性は少し恥ずかしそうに笑顔を見せてきて、ふと妄想が終わった。
「はぁ……何考えてるんだか……」
見た目を全く知らないのに、そんな風に考えた自分が恥ずかしい。
予定通り貴金属類を集め収納の中に入れようとしたが、気が付くと何やら空間の中が増えていたので、他と同じく鞄に詰めてから集合場所の市役所に向かうのだった。
ガタンッ。ザリッ。ザリッ。
市役所の休憩室の扉を開けて入っていくが閉めていても砂埃があり、砂が潰れる音がする。
ここは昔は市民に開放されていた休憩室だ。
外よりは粉塵が少ないそこで持ってきた鍋を用意してトトンが能力で水を入れていく。
コポポポポ……。
市役所には何度か休憩として来ているので、前に使った空の一斗缶に椅子を壊して作った木材を数本空気が入るように組み入れた。
そして、そこに過去の新聞紙を1枚、1枚、丸めて捻り、小枝代わりに刺す。
カシュッ! カシュッ! ボッ!
火付けの小道具に燃えやすい千切った新聞紙を少し入れて、火付け棒を動かす。
空気圧でボッと火が点いて、それを用意した薪に落とした。
ボウボウと火が上がり、刃物で木屑を加え、ある程度火が回ったら上に水を入れた鍋を置き、湯を沸かす。
「よし。砂糖湯にする?」
「砂糖持ってきたの?」
1人の青年が砂糖入り小袋を周りにチラつかせた。
「可愛い子ちゃんが出かける前に小袋に入れてくれた」
「可愛い子ちゃん?」
「あ、調理担当の妹?」
「そうそう」
「なんだよ。やるなあ〜」
肘で軽く小突かれる。
「まあ条件付きだけどね」
「条件?」
「雑誌欲しいってさ、過去の読めるやつ」
「へえ?」
雑誌なら日で色あせているか、火種にされているぐらいだ。
手に入る率は高いだろう。
「なーなー。塩は?」
「塩は無いや」
ミランは火を見守る仲間達を尻目に、部屋の一角で新しく収納された箱をひとつ出してみる。
ユノが入れてくれた片方は何かの粉の袋のようなので基地に戻ってからの方が良いだろう。
今は取り出しを諦め、もうひとつを開ける。
箱の蓋を開ければ並ぶ白い卵達、割れないように卵形の硬い緩衝材が見えた。
「え、卵!」
「すげえ丁寧に箱詰めされてますね」
直ぐに周りが覗き込み目を丸くした。
箱の中にある綺麗な大量の卵は、今では絶対にお目にかかれない。
彼らの感覚では今日の貴金属店で感じなかった終末前の宝石を目にした状態だ。
卵ひとつが、宝石ひとつより価値がある。
「マジか……この箱に百個は入ってるんじゃ?」
彼らの口に唾が一気に溜まり、ごくんッと飲み込んだ。
ミランの手前我慢しているが、これが外で見付けたものなら飛び付いていた。
今は餌を前に待てをしている犬の状態である。
「ミラン隊長……ゆ、茹で卵にしません?」
ぐうううう〜!
考えたのだろう、辺りから腹が鳴る音が響く。
期待で光る目にミランは微笑みを浮かべ頷いた。
湯沸かし中の鍋に卵を20個入れ、煮てグツグツさせている。
「そろそろ?」
「もう良いんじゃね?」
「卵って、どれぐらい茹でれば良いんだ?」
「トトン。この焚火用トング、水で洗ってくれ」
「任された!」
トトンも腹を鳴らしながら、普段焚火の炭を弄るトングを水洗いし、軽く薪の火で炙ってから、茹で卵を取り出した。
コロン……ッ。
各自、自分専用のサバイバル時に使う飲料用コップを持っているので、一時的にそこへ2個ずつ入れて、必死に熱々な卵の殻をパリパリ剥いていく。
彼らは思い思いに茹で卵を食べだした。
もぐ……はふッ! はふはふッ!
熱さで口をはふはふさせている男達。
調味料は無い。
しかし卵本来の味だけでも美味い。
指先や口の中を軽く火傷した者もいるが、誰1人問題に思っていなかった。
「うんめえぇ〜!」
「卵うんまいッ!」
「最高ッ!」
「はぁ〜……朝も食えて夜も食える奇跡がこうも続くとか……夢?」
頬を朱くした1人が、そう呟いた。
「つねろうか?」
「あててて……! 夢じゃない?」
「良かったね」
「欲を言うなら後、10個は食いたいですッ!」
1人が手の平に置いた殻の香りを嗅ぎながら、そう高らかに宣言した。
「こらこら」
「気持ちは分かるけどな!」
笑い声。
最近、全体の笑顔が増えた。
ユノのおかげだとミランは思う。
「あ、見てみて、箱に新鮮で美味しいって書いてあるよ」
「え、卵がけご飯の美味い食べ方の絵が!」
「絵? あ、ホントだ」
「絵物語?」
段ボールに描かれた新鮮卵での卵かけご飯描写に一部は戸惑い気味だ。
注意書きではなくオススメの絵物語だと読めるから奇妙さが増していく。
「生で食うのはヤバくないか?」
「でも、この綺麗さは……」
「前に火の国(生食文化のある島国)に行った時、新鮮なのを消毒すれば生もいけるとは聞いたけど……」
過去を思い出し会話が交わされていく。
「生食いは、あの国の定番だもんな」
「こっちだって海辺の街なら生あるだろ」
「カルパッチョ美味いよね」
「生魚はカルパッチョ以外は怖いよ」
「魚は生臭いしな」
あまり生魚に良い印象が無い中、火の国での食事経験者が軽いドヤ顔で言う。
「残念だな。火の国の刺身用、生魚はアホほど美味いんだぞ」
「そうなの?」
「じゃあ……この卵は火の国みたいに新鮮で尚且つ消毒してる卵って事か」
「ヤベ〜」
「まあ、元々オレらなら平気だけどな!」
「能力者特権だよなあ……」
食事後の雑談を尻目に部屋の一角で、彼女の過去の日記を読み休憩していれば、ふと収納の空間内に感じる新しい食べ物に気が付いた。
ミランは日記を閉じ、スッと立ち上がる。
「……お前ら喜べ」
「ミラン隊長?」
「まさか……」
ミランの瞼が閉じ彼らが見守る中、薬缶が地面にひとつ置かれ、手には銀バットに乗ったサツマイモ、塩蒸しパン。
「「「うおおおおおおお!」」」
休憩室内が雄々しい雄叫びで少し揺れた。
「マジかッ!」
「めちゃくちゃ用意してくれるじゃん!」
「ありがとう! 愛してるッ!」
「数は……蒸しパンは1人ひとつだ」
「「「はいッ!」」」
その後は早かった。
「蒸しパンあつッ」
「芋も出来立てッス!」
「じょっぱいッ!」
「塩ッ!」
「しみる〜!」
「塩バター味で美味いッ!」
蒸しパンは12個あったので1人1個食べて、蒸し芋は全員で適当に掴んで食べていく。
塩蒸しパン2個は収納した。
蒸し芋の取り合いで一部喧嘩が起こりつつ、残さず食べ終える。
麦茶をそれぞれ自分の水筒の蓋で飲む。
「茶まで……気遣いが凄い」
「優しすぎる……」
「連日腹にたまるって、こんなに良いもんなんだなあ……」
「……」
ミランは能力で日誌帳を取り出すと調達に出てからの事を書き、最後に言葉を添える。
《まだ見ぬ君が気に入ってくれたらと思う》
そっと懐から、包装したネックレスを出す。
貴金属店で手に入れて個人的に用意した贈り物だ。
それを日誌と共に収納したのだった。




