第66話 救世主・後編
リリン、そしてマガリに対しても柔軟な対応をとるラッセルという男。
多分だが、彼がこのショッピングモールのトップなのだろう。
無口なサザメ、双子のダムとガム。
4人の支配者達。
彼らもいなければ成り立たない君臨ではあるが、妙にバランスが取れていた。
それにラッセルは単体で妙な強さを感じる。
これは能力を持つ者同士にしか分からない微妙な感覚だが、結晶石で能力者になると近しい存在を感じるようになるのだ。
能力の中身までは分からないが、あの4人は全員能力者だった。
ダムとガムは見るからにコピー能力者のようだが、手を繋いで能力を発動していたのは何か理由があるのだろうか。
能力は基本、本人だけが使えるものなのに、あのような使い方を見た事がない。
何度もリリンやマガリ達を襲いに来た能力者に出会った事はある。
それぞれに人智を超えた能力が宿っているものだが、能力を共同で扱う能力者はいなかった。
双子だからだろうか。
しかし結晶石の吸収の仕方に、そんな仕組みがあるとは思えない。
そんな双子も奇妙ではあったが、今、隣でリリンとマガリを出入口まで見送るラッセルが特に奇妙だ。
彼は何故かリリン達の事に詳しい。
考えてみれば最初の発言から馴れ馴れしく、そして『来たか』という言葉は、まるで来るのを分かっていたようにも感じられた。
──……ラッセル……何故、わたしが死にゆく者の前でしか行わない発言を知っていたの……? おかしい……おかしいのに……
ラッセルは、リリンにとって命よりも大切なマガリの命を繋ぐ手段として有効だ。
敵対するわけにはいかない。
──……半数はどうでも良いけれど……身の回りの世話をする聖女と護衛を行う守護者だけはマガリの側にあるべき存在よ。どうしたら良いのかしら……
「創聖宗者の紋様がない……横のアイツらも仲間か?」
「え? そうね……」
出入口まで来ると最初の受付前には聖者、聖女、守護者、共同関係にある者達が待っていた。
ミス・カリンの采配だろうか。
どうやら砂糖湯を貰って飲んでいたようで、皆の表情がどことなく穏やかだ。
「なるほど……来るのが遅かったのも、そうか……」
何かラッセルの中で違う部分があるらしい。
ますます奇妙だと思う。
ラッセルは古参派閥、創聖宗者の事に詳しかった。
その中の聖者と守護者に関しても発言している。
そう考えると、ラッセルが今違うと感じている部分は、共同関係にある者達という事になる。
彼らに会ったのは約2年も前だ。
そしてそれを知らないとなれば、リリンが能力を持って1年以内で、ラッセルは詳しい内容を知ったことになる。
そんなことが本当に可能なのだろうか。
──……ますます意味が分からない……
「……少し待たせろ」
ラッセルは低い声でカリンに言うと、リリンとマガリを建物内に戻し、小売店のシャッター前に連れて来た。
リリン達は背の高い彼を見上げる形になる。
ラッセルは静かに2人に言う。
「……アイツらと過ごしているってことは、食ったのか?」
「え……」
ラッセルの声は震えていた。
先程までのひょうひょうとした様子と変わり、何か不安そうな子供に見えてくる。
「何を……」
リリンは戸惑い、呟き、ラッセルは言葉を被せて言う。
「人を食ったのか?」
「……どうして」
リリンは本当に意味が分からなくて、ただただ戸惑っている。
「答えてくれ……」
何故そんなにも知っているのか意味が分からない。
分からないが、リリンは答えた。
「……マガリ以外は、そうね……死者の弔いとして……わたしも食べたわ」
「ああ……クソッ! 俺がいなきゃそうなるのかよ……!」
ラッセルが苛立ったように叫ぶ。
そんな中、マガリが呟いた。
「ラッセル、貴方はもしかして私達と一緒に過ごしていたのか?」
リリンはマガリの言葉に、より疑問の目を向けた。
ラッセルの苛立ちがピタリと止んで、少し震えたかと思えば笑い出す。
「は、ハハハッ! 参ったな……マガリ様は本当に……」
徐にラッセルはガスマスクを外す。
ラッセルから10メートル離れた背後には、武装している女性達がいて、全員が彼の行動に戸惑っていた。
向き的に、ラッセルのガスマスク下の顔が見えるのは、リリンとマガリだけだ。
ラッセルは精悍な顔つきをしていて、肌艶が良い。
この終末世界で、このショッピングモールの中の住人達は、肌質から食の良さを感じる。
「……入れ墨?」
そんなラッセルの頬には入れ墨のような数字が刻まれてあった。
「3、2……673……これは数字か……」
戸惑うリリンの側で、ラッセルの頬に刻まれた『32673』という数字に、マガリが徐に手を伸ばして撫でた。
「これは何の数か、ラッセル」
マガリの声は聖総者としての問いかけだ。
その声に、ラッセルは唾を飲み込み、答える。
「……死を受け入れた数です、マガリ様」
「え……?」
リリンは、マガリとラッセルの言葉に目を見開いた。
「そう……頑張ったのね……」
「……はい」
「……」
マガリの言葉にラッセルの紫色の瞳が潤んでいる。
リリンは人の顔を覚える方だと自負していた。
名前だって合わせて覚えている。
それを知らないのは、リリンと余程関わりがない一方的な時ぐらいだ。
しかし、ラッセルは知りすぎていた。
まさか、まさかと思う。
しかし、こうなると、それ以外は考えられない。
「あなたの能力って……まさか過去に戻ることなの……?」
リリンが囁くように震えた声で呟いた。
ラッセルは涙目で笑みを浮かべる。
「リリンも頭が良いな」
「……じゃあ、それじゃあ、わたし達は……あなたと知り合いだったの?」
「そうだよ、リリン。しかも俺とリリンは愛し合う仲だ」
「それは嘘ね」
「……」
スンッとした表情になったリリンがラッセルの想いをバッサリ切って、彼は口をつぐんだ。
「ラッセルは……守護者だったのかな? それも凄腕の……」
優しい瞳でマガリは先を促す。
ラッセルはコクリと頷いて言う。
「ずっと、マガリ様とリリンの側にいたんです……もう無かったことになっているけどな……ハハ」
「この数字は死を受け入れたと言っていたね。では、死を受け入れる度に、どれほど戻るのか」
「……死んだ理由の前日です」
「そう考えると……89年……90年近くも死に続けているのか……?」
マガリの声が震えた。
「ククク……これは死を受け入れた回数であり、過ごした年月はもっとですよ、マガリ様。でも、会って早々気付くとは……」
「……隠す気なかったくせに」
「く、クハハハ! 確かにそうだ! 俺は一切隠すのを止めて話していた。疲れちまったんだ。でも、まあ……嬉しいな……」
ラッセルが瞼を瞑ってボロボロ泣き出したので、マガリは指先で、その涙を拭う。
「名前を付けたのは私か?」
「……ええ、そうです。マガリ様が名付けてくださいました」
「やっぱり……」
マガリは笑みを浮かべる。
「英雄と呼ばれた守護者ラッセルの事が書いてある古代書を読む者など、私ぐらいしかいないからな」
「クククッ、さすがマガリ様だ」
リリンも収納能力の中から綺麗なハンカチを取り出して、ラッセルの目元を軽く押さえ言う。
「それでも他のメンバーは仲間に入れてくれないの?」
リリンの言葉に、ラッセルは複雑そうに笑みを見せた。
「……あの中に裏切り者がいる。聖女達ではなかったのは確かだ。ただし、それ以外は受け入れられない。今はマガリ様が生きているから大丈夫だが……」
「あなたの能力でも答えまでいけなかったってことなのね?」
「ああ、その周辺の時を何度も何度も繰り返そうと、結局はマガリ様が亡くなるとダメになっちまう」
「そう……」
リリンが薄暗い目をした。
「俺が知るマガリ様が亡くなるのは、約1週間後だった。俺は、その日が過ぎたら、また始まる前に戻るつもりだったんだぜ。な? 愛情深い良い男だろ?」
ラッセルの言葉にリリンは、彼と一度でも会ったか思い出そうとしたが無理だった。
「始まる前に……そもそも、わたしにあなたが守護者だって記憶は……」
守護者は幼い頃に孤児から選別されてなる者だ。
側に近付く守護者は全てリリンは記憶し、マガリを護れる存在かを判断する。
「孤児から始めたのか」
マガリの言葉に、リリンはハッとした表情を浮かべた。
「さすがマガリ様。そう、俺は守護者になる道を諦めて軍に所属し、身体を鍛え、今の仕組みを作り上げた」
「……凄いな」
「クハハハ、マガリ様に褒められると気分が良い」
マガリは無言でラッセルの頬を撫でた。
ラッセルは子猫のように瞼を瞑り、それを受け入れる。
「ラジオだって、此処の仕組みが出来た当初から流し続けたんだ……なのに3年経っても気付かれない。他の雄ばかりが集まりやがって……」
「……とりあえず私が死ぬという1週間を生きてみよう。この記憶も残った状態でいたい」
ラッセルの瞳にキラリとしたものが浮かぶ。
「それが終わったら、また話をしようか、ラッセル」
「……!」
ラッセルは徐に床に膝を付くと守護者の礼をとった。
「お待ちしております、我が聖総者マガリ様」
***
ラッセルとの会話は予想外な展開を生んだ。
また1週間後に会うとして、その間に仲間達に説明を行う。
表向きは、女性以外受け入れないという提案だった為に、傘下は断ったというものだった。
ただし、男性はショッピングモールの周りに暮らす男性達と同じような生活をするなら、傘下に入れるとも教えた。
あえて良いポジションの話はしていない。
現状どうなるか決まっていないし、その良いポジションというのも、聖者や守護者のみに対して言っている雰囲気だった。
こんな状況で話が素直に落ち着くとは思えない。
もし話をするとしても、このまま1週間生き延びた後に決まる。
その日は空いている元マンションに入り、休むことになった。
マンションホールで、昔から使っている大鍋を収納空間から3つ出して、木炭を熱した上に置く。
鍋の中には清潔な水、豆、米を入れてぐつぐつと煮込みだした。
「ご厚意で半味噌漬けの大葉をもらったので、1人1枚ずつ食べましょう」
リリンがそう指示を出し、聖女達がリリンが出した器に丁寧に入れる。
1枚も破けることなく器の底に収まった。
「貝の缶詰も1人ひと粒ずつにしましょう。ご厚意でもらった小ネギも刻んで混ぜましょうか」
聖女達は頷いて、缶詰10個を開けてボウルに入れて、生の小ネギは刻んで入れればカサが多くなる。
混ぜ合わせた後に、貝は箸で、タレが付いた刻みネギはスプーンで均等に大葉の上に乗せられた。
「ああ……なんて良い香り……」
聖女達は分けながら、今から食べられるそれらを、うっとりと見つめている。
そして、確りと煮込まれた薄い塩粥を、その器に並々と注いだ。
久々に食べる食事の変化に、用意した聖女や聖者、守護者もうっとりとした表情をしている。
どうしたって涎が口内に溜まるが、祈りを捧げた後に粥専用の匙で口に運んだ。
白い湯気が立ち上り、5倍という薄さになった塩粥が、ほんのり貝と半味噌の色を含んでいる。
上澄みは塩と旨味のみの汁であったが、空いている腹には丁度良い。
溢れないように、ゆっくりとその汁を匙ですくっては飲む。
熱い汁が喉を通り胃に広がる。
旨味を感じる優しい味わいに、聖女の何人かは静かに泣き出した。
上澄みをある程度飲むと、煮込まれたサラサラの米があり、飲み込める固形物を味わう。
そして、その下には膨らんで柔らかい大豆が沈殿しており、半分まできて彼らは底の具材を匙で浮かび上がらせ、味を全体に馴染ませる。
薄い味から濃い味に変わり、味噌、大葉、貝、小ネギの旨味と香りが彼らの舌に広がった。
「ぁあ……なんて美味しさ……」
マガリとリリンは、ラッセルに食事をもらっていたので今回は食べずに見守っている。
懐かしい食事の風景だ。
そして貝は彼らにとって過去のごちそうである。
リリンが残しておいた、とっておきの貝の缶詰が今回で20倍になって、本当に久々に開けて配ったのだ。
大抵は、まだ海で漁が出来ていた頃に山の恵みと交換した魚の干物を少しずつ出して使っていた。
それも底を付き、食事風景が変わって今に至る。
久々にたっぷりと食べる粥に半数は喜び、半数は不満そうだった。
「なんだよ……たったこれっぽっちかよ」
「あんな苦労して来たのに、おかしいだろ……」
この価値観の違いは、どうしても埋まらないのかもしれない。
マガリ達にとっては懐かしさと喜びを感じる食事でも、より期待していた半数にしてみたら寂しい内容だった。
「栄養剤をご厚意でもらいました。1人ひと粒ずつ飲みなさい」
食事の後に1人ひと粒の栄養剤を飲ませ、話し合いを行う。
「ハァ? 男は傘下になって、女だけモール内に入るだと? ふざけてんのか?」
「それが示された条件なんだ」
「おれらだけ、惨めに生きろって言ってんのか!」
マガリの発言に半数から反発が起きた。
「もし仮にだ。私達が傘下に入るとしたら……今後は、今までの生き方は変えなければいけない」
マガリは複雑そうに話、周りの熱は上がっていく。
「変えなければいけない!? お前は、どれだけオレらをバカにする気だ!」
「そうだ! 増えた食糧も自分のものにしやがって!」
話せばすぐに怒りだす。
どうも彼らとマガリが話すと、何時も怒らせるばかりだ。
いくら栄養が足りていなくて怒りっぽくなっているとしても、話にならなければ今後を決めづらい。
「終末になり、我々の生き方を私も理解している。しかし今後は上が変わるのだから」
「いいやしていない!」
「これっぽっちの食事じゃ足りねえんだよ!」
マガリの言葉に男達は食い気味で叫んでいる。
半数は怒りの熱気に包まれていたが、半数は違う。
こうして食べられたことで古参派閥、創聖宗者達はマガリの意見に素直に頷いた。
「我々は食糧があるならば、それで充分です」
聖者の1人がそう口にした。
「まただ! またお前らは自分の意思をマガリの意見で変えやがる!」
「食べたのは何か、わしらの所為だとでも? 自分で決めて選んだんだろう!」
空気が悪い。
「本来、我々守護者はマガリ様の御身を護ることが役目であります。そして、そこに入ればマガリ様が安全に暮らせるというならば、我々は外で過ごそうと関係ありません」
守護者の1人がそう言って、他の守護者達も頷く。
「まさか……見捨てられることに賛成なのか?」
「マガリ様、マガリ様って!」
「いくら強かろうが、その洗脳はイカれてる!」
元島民達が震える声で、そう叫んだ。
「女性だけって……それじゃあ私の旦那と息子は、あの外で生きろと言うの……?」
「そうだそうだ!」
元島民女性の言葉に若い男のグループが応戦して叫ぶ。
「長い間、仲間だと思っていたのは僕らだけだったのか!」
「ここまで連れてきたんだ! 責任を持てよ!」
辺りから互いの意見がぶつかって平行線を辿っている。
そんな中、リリンが立ち上がった。
「皆さま、マガリは我々と話す為に10倍の品だけを持ち出してきたのでしょう。そんな事をしなくとも、直ぐに入れたというのに……どうしてそれでマガリを責めるのかしら? こうして食べもしたのに、どうしてかしら?」
騒ぐ面々によく通る声でそう言うと、ピタッと声が止んだ。
リリンは収納能力を持っていて、食糧や予備の火薬や火炎瓶の為の劣化燃料、銃弾なども持っている。
彼女の収納内は、彼らの命綱と分かっている手前、言葉を止めるしかなかった。
ただ怒りをぶちまけたい中でも、ギリギリの理性を残すラインがある。
今のは自分達がどうしたら生き残れるかを考え、出来るだけ優位に立つために怒っていただけだ。
食事が出来なくなるのは本意ではない。
カラコロ……カラコロ……。
その日の話し合いは、まとまる事はなかった。
気分を変える為にマガリとリリンは外へ空気を吸いに出る。
守護者を後ろに携えて、ラッセルからもらった車椅子にマガリは座り、リリンに押されながら進んでいた。
「今は栄養が足りなくて、皆血の気が多くなっているんだろうね」
マガリがそう呟き、リリンは朗らかな笑みを浮かべる。
「ええ、そうね。きっとそうね」
リリンの中では違う考えがあったが、表面上は出さない。
そうして夕暮れの中を散歩している時、足音が聞こえた。
ザリッ。
見えたのは少年だろうか。
少年が腕に袋を抱えて立っていた。
「え? あ、新しい住人の方ですか?」
少年は終末世界だというのに、1人で植物の魔の者の側から身を出し、普通に話しかけてきた。
「……子供?」
「そうね……歳下みたいね」
少年が近付くと、後ろで控えていた守護者が前に出てくる。
「あ、護衛がいたのか! 良かった〜! お姉さん達は知らないかもだから言うけど、夜になると特にショッピングモールの周りに住んでいる男達が女性を探しに街を徘徊するから気を付けてね」
少年は素直に助言をしてきて、マガリ達は面食らった。
マガリは静かに守護者達を後ろに下がらせる。
「あと夜は梟の魔物が出るから気を付けて、音もなく後ろから来るよ。そんで植物魔物は火が苦手だけど、近付きすぎると危ないよ。あ、蜂の魔物は無害だから何もしないであげてね」
「そうか……君は1人かい?」
マガリが優しい瞳で訊く。
「仲間はいるよ。オレを合わせて5人かな」
「あはは、正直な子だね。リリン、私の人形からガムを5枚出してほしい」
「わかったわ……」
リリンが収納空間からガムを5枚取り出した。
「え」
「良き隣人の子、お近付きの印にどうぞ」
少年はガムを貰い、ポッと頬を朱くすると、慌てて袋をマガリに差し出した。
「じゃ、じゃあオレも! ヒマワリの種をどうぞ!」
「ヒマワリの種……?」
袋を開けると中には大量のヒマワリの種が入っていた。
「……君が育てたのかい?」
「うん、まあヒマワリの種ぐらいしか大量にはできないけどね」
「そうか……凄いね。ありがたく頂こう」
たったガム5枚と大袋のヒマワリの種。
そんな交換をして、少年は凄く嬉しそうだ。
この終末世界には不釣り合いな程に純粋な少年と別れ、守護者に後を付けさせる。
少年が歩くと植物魔の者は身を避けて道を作ったとの報告が上がった。
また道の先には小規模のヒマワリ畑が見えたそうだ。
「そう……植物を操れる能力者かしら? まさに救世主ね」
マガリはフウッと息を吐き、今後どうするべきか思案するのだった。




