第65話 救世主・中編
この出入口は元々のショッピングモールの構造とは違う気がする。
終末後に作ったのだろうか。
マガリ達の前で頑丈な作りの扉が開いて、薄暗い内側が見えた。
ショッピングモール内1階は、どれも店舗シャッターが閉じており、橙色の淡い光を放つランプが光っている。
ぽつぽつと、夜道を教えるような仕組みで、その暗い中に慣れているのか、出迎えた彼女達が立っていた。
閑散としていて、まるで閉店後の店内の雰囲気だ。
終末後は空っぽの店内が当たり前ではあったが、これは終末前の閉店後といった雰囲気を感じる。
何故なら淡い光の中でも分かる、綺麗さがあったからだ。
空気も埃っぽくない。
不思議と澄んでいて、どことなく過去の空気を思い出す程だった。
短機関銃を持った女性達は、一定の距離感でマガリ達を囲み歩いている。
彼女達のリーダーと思われる女性は先頭で、マガリ達に背を向けて案内をしていた。
マガリ達もだが、女性達も警戒している。
ただ、同性という部分では、少しだけだが妙な安心感もあった。
到着した場所は吹き抜けのエントランスホールであり、ソファーと机が真ん中に置かれていた。
昔のショッピングモールの記憶は、もっとごちゃっとした風景で、ここまで整頓されて真ん中にソファーと机だけという印象はない。
「ラッセル様、サザメ様がわざわざ会いに来てくださるなんて光栄なことですよ」
彼女達のリーダーを務めていると思われる、秘書風な女性が笑顔でそう言った。
秘書の背後には武装をした女性達が横一列に並んでおり、短機関銃を抱えた状態だ。
能力者でなくても、弾が入った銃器を持っているのは充分な脅威だろう。
鍛えているのか、身体つきも良い。
「……」
「さあ席におかけになってお待ちください。お茶の用意をさせましょう」
「お気づかいありがとう」
マガリは何時でも炎柱を出す準備をしながら、身体を支えてくれるリリンと共にソファーに座った。
カラコロ……カラコロ……。
少しして用意された茶器が、配膳カートに乗せられ現れた。
代表で秘書の彼女が透明なポットや茶器を熱湯で温める。
本格的な様子に、マガリとリリンは視線を交わした。
お湯は別の桶に捨てられて、代わりに塊の粒のような物が、パラパラと透明ポットに入れられた。
蓋をして少し蒸される。
温められたポットの余熱だけで、あの硬そうな粒が柔らかく膨らむのを感じた。
「もしかして……老白茶?」
マガリが思わず呟けば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
蓋を開け、透明なポットにお湯が半分の量で注がれる。
中に入れられた粒達が湯で、ゆっくりと花開くのが見えた。
その茶葉自体からも良い匂いを感じていたが、一気に豊かな香りが辺りに広がっている。
渋い枯葉色だったものが秋の紅葉に似た色合いに変化し、目にも気持ちが良い。
香りが深い良質な茶が用意された。
「なんてこと……香り深く、柔らかな甘味が素晴らしいわ……」
「こんな良質な茶葉が残っているのか……」
「ウフフ、老茶は熟成させた方がより深みが増しますからね。3年前は若い白茶だったものも今では最高級の老白茶ですわ」
3年間、腐らせる事なく適切な環境で保管してきたのだろう。
「ちなみに今回のは白茶の散茶で3年経って薬と呼ばれるものですの。身体に少しでも良い効果があればと思いますわ」
まさか、そんな良いものを出してくれるとは思っていなかった為に、マガリとリリンの警戒は少し解けた。
不安や緊張を武装した彼女達からは感じるが、不快感は最初からない。
ゆっくりと味わって、お茶を飲み終わると、軽やかな足取りが聞こえた。
マガリ達の視線が上向いて、2階に見えたのはガスマスクを装着した姿勢良く歩く男が2人。
電気がなく動きを止めているエスカレーターを階段として、軽快な足取りで2人は下りてきた。
ガスマスク男達の片方は立ち止まり、片方はマガリとリリンの側に立った。
「来たか」
紫色の髪をした男がより近付き、ガスマスク越しでも分かる不躾な視線を向けてくる。
ジロジロと上から下までリリンを見て、ソファーではなく目の前の机に腰掛けてリリンの顎を持った。
「相も変わらず……腹立つほどに、可愛い顔してんのな」
失礼な態度に、リリンは朗らかな笑みを見せて応えた。
「……わたし、貴方に会ったことがあるのかしら?」
マガリが炎を出しそうになったが、そっとリリンの手に止められる。
マガリの赤い瞳が怒りを蓄えた状態でギラギラしている。
「あるさ。リリンが覚えてないだけでな」
「顔を見てもよろしいかしら?」
知り合いらしい男を思い出す為にリリンがそう言った。
「良いが、ベッドの上でな」
ガスマスク越しにキスしそうな距離で、紫髪の男は答えた。
「お前ッ!」
「マガリ、良いのよ。わたしは大丈夫」
「大丈夫じゃないよ、リリン。大丈夫なんかじゃない」
2人のやりとりを眺め、紫髪の男はリリンの顎から手を離した。
「俺はラッセル、そこに立っているのはサザメ。リリン、マガリは合格だ。他にも女がいれば今回は特別に歳も関係なく傘下に入れてやろう」
「女性だけ傘下に……」
マガリがボソッと呟き、出入口で待っている仲間達の方を見る。
ここからは距離があるので、見えた通路は薄暗い。
「特別というなら、性別関係なく他の仲間達も入れてほしいわ」
「チッチッチッ」
リリンが言うが、ラッセルは人差し指を軽く左右に振った。
「ダメだ。リリン、君らがまるで絵物語のような逆ハーレム王女だってことを俺は知っているのに、みすみすそんな危険を冒すと思うか?」
「逆ハーレム王女……?」
不思議そうな表情になるリリン。
良いところのお嬢さん達なので、そういった創作物の総称を知らないようだ。
マガリが口を開く。
「ラッセル、私達は確かに傘下に入りたい気持ちもあって、ここまできた」
マガリはガリガリで辛そうな身体を、ソファーの背もたれから起き上がらせる。
「しかし、他の仲間を見捨てるほど薄情ではない。持っている物資を差し出し、10倍にすることを求めたい」
「フ……まあ良いさ。特別にリリンが持っている物は全部20倍にしてやる。おい、アイツらを呼んでこい。仕事だ」
ラッセルはサザメに指示を出し、彼は頷いて走っていく。
「ほら」
ラッセルは無遠慮に、リリンに密着する状態で同じソファーに座り言う。
「そこの机に並べていけよ。収納持ちのリリンちゃん♡」
「……あら、終末になってから出会ったみたいね」
リリンは綺麗な笑顔を浮かべ、机上に持っている食糧を乗せていく。
「時間経過は10分の1だって言ってたか。缶詰もまだあり、長くて半年程度しか劣化してないってことになる。条件も良い」
「……本当に、どこで会ったのかしらね?」
リリンは笑顔の中に警戒を見せる。
「気になるなら俺と楽しいことでもしようぜ。リリンに合う下着も服も全部用意してある」
「……まあ。貴方って、まさかわたしが好きなの?」
「ああ、大好きだ。リリン」
「……顔も見せない男は嫌いよ」
リリンは愛想笑いを止めて、そう言い放った。
「く、アハハハッ! 確かにな! まあ、そのうちにな。俺達は嫌がろうが、何度だって顔を合わせることになるだろう」
「……あら、ストーカーにでもなる気なのかしら?」
リリンが困ったように言った。
「いいや、公認にする。ミス・カリン、今日連れてきたのは土曜、日曜組だったな?」
「はい、その通りです」
カリンは笑顔で頷いた。
「俺が待ちに待った女を連れてきたからな、特別良いものを食わすか、収穫済みの野菜も増やしてから配ってやれ。そうだな……また祝いとして他の全員に2倍の配給を行う」
カリンはその指示に、嬉しそうに繰り返し深く頷いている。
「その上で曜日組班長を集め、リリンとマガリの顔を覚えさせろ。各班が全員に襲わせるなと通達し、指示をするんだ。もしも少しでも手を出したら、晒し首だとな」
「まあまあ! ラッセル様の仰っていた運命の人は、リリン様でしたのね!」
カリンは拍手をパチパチしながら跳び上がって喜んだ。
マガリとリリンが、流れに唖然としている。
張り切るカリンとは反対に、マガリとリリンのテンションが下がった。
「そうさ、俺が死んでも愛した女だよ」
「「……」」
あまりにも堂々としたストーカー発言に、マガリとリリンは引き気味だ。
「ラッセルアニキ〜!」
「新しい子が来たって〜?」
2階から足音が聞こえて顔を上げれば、顔が瓜二つの青年がエスカレーターを走り下りてくる最中だった。
双子の青年は灰色の髪と瞳をしており、なぜかバスローブ姿だ。
「あいつらはダムとガム。この世界の救世主だ」
「……救世主?」
リリンが少し目を細める。
「ああ、大丈夫、大丈夫。リリンがマガリを愛しているのも俺は知っている。仲間になるってんなら地位も保証するぜ、なるか?」
「……気味が悪いわね」
リリンがなんともいえない表情をラッセルに向けた。
「わ、巨乳ででら可愛い!」
「もしかして、アニキのタイプなの?」
「おう。俺以外で2人に手を出すなよ。お前らでも半殺しにするぞ」
なんとも壮大な態度で、そうラッセルは言った。
「アニキのなら仕方ないか〜」
「そっちのお姉さんも美人だけど……ガリガリだし、ミス・カリン、ご飯の用意してよ」
カリンが笑顔で頷いた。
「彼女達は古参派閥、創聖宗者達だ。ミス・カリンなら、そこら辺分かるよな?」
「ええ、お任せくださいませ。ただアレルギーがないかだけは、お聞きしても?」
「お肉だけは避けていただければ嬉しいです」
リリンがそう答えた。
「ミス・カリン、乾燥貝と野菜、果物は多めにな」
「お任せくださいませ」
ラッセルの言葉にカリンはスキップしながら用意に向かった。
リリンは片腕をマガリと組み、指を絡めて手を繋いでいる。
2人はそうして妙に自分達の事を知っている、気持ちの悪いラッセルに耐えながらも、食事が食べられることだけは期待をした。
「ダム、ガム。待っている間に増やすのを見せてやってくれるか。それと今回は20倍まで増やすぞ」
「特別仕様だ」
「おっけ〜」
ラッセルがそう言うと双子は頷いて、互いの片手を握り、1人の片手を机の上に置いた。
そしてもう片方の片手を、何もない空間にかざすと、瞬きの間に机ごと上に乗った食糧が増える。
「え……あ、同じのが……」
「そうか、コピーだったか……」
リリンは同じ物が増えたのを驚いて見つめ、マガリは予想していたらしく呟いた。
「な、まさに救世主だと思わねえか」
ラッセルの言葉に、リリンはぎゅっとマガリの手を握る。
マガリはリリンの手を撫でながら頷いた。
「そうね、これはまさに救世主ね」
「クククッ、マガリは変わらず素直だな」
「……まるで私にも会ったことがあるみたいね」
「ああ、あるさ。2人が覚えていないだけでね」
目の前で倍に増えた物資の片方を、サザメが持ってきた箱にまとめて入れ直すと、その箱ごとコピーして増やす双子。
箱が1つ増えた。
2倍という事だ。
「台車用意して〜」
双子の片側が、武装している女性陣に話しかけ、1人が駆け足で何処かへ向かう。
ガラガラと音がして台車が現れた。
その2倍が4倍になり、4倍が8倍になる。
片手で触れれる範囲の物を増やせるようだ。
8倍になった物をサザメが台車に置き直して、台車ごと倍になった。
この時点で持ってきた物資は16倍だ。
食糧が気付けば増えていくのは奇妙で、夢でも見ているかの気分になる。
だが嬉しい事に現実だった。
「この4箱を増やせば20倍だよね?」
「8箱ずつ乗ってるから、そうそう」
双子は数えて頷き合っている。
黙って眺めていたリリンに話しかけるラッセル。
「……先に言っておくが、マガリの炎は確かに凄いし聖総者としての地位を失うことは絶対にない。だが、他の実力者達もあってこそ、この終末は生き残れる。そこを忘れて生き残れるほど、この世は甘くないぜリリン」
「……」
リリンは目を細めた。
「貴方はなんだか……」
「ラッセル、俺の名前はラッセルだ」
「……ラッセルね」
配膳カートが薄暗い廊下から運ばれてくるのが見える。
「ラッセルか、古書に出てくる守護者の名前だね」
マガリが呟くと、ラッセルは顔を傾けた。
「そう、まさにそこから名付けられたんだ。俺の強さや忠誠心に似合うってね」
「そうか……良い名だね」
「ああ、俺もそう思う」
ラッセルは嬉しそうな声色でそう言い、机に並べられる食事に顔を向けた。
「この素朴さ、懐かしいな」
カリンが用意したのはマガリ達が食べられる食事だ。
色とりどりの豆と米が煮込まれた薄い塩粥。
新鮮な野菜の酢漬けと芋のサラダ。
「この茹で卵は無精卵だよな、ミス・カリン」
「ええ、ええ。もちろんですとも!」
ラッセルの言葉にカリンは嬉しそうに応え、乾燥貝で作った野菜スープを器に注いでいる。
「そうだ。マガリ達には栄養が足りないから、栄養剤も持ってきてくれるか」
「そうおっしゃると思いまして……」
カリンが未開封の栄養剤の袋を差し出した。
「さすがだミス・カリン」
「うふふ」
ラッセルは双子に栄養剤を投げ渡す。
「これも20倍に増やしてくれるか」
「はい、アニキ!」
「優しいなアニキは〜!」
「どうして……」
リリンが戸惑っている。
「俺は君らにはデロ甘い男だと思えば良い」
「……でも仲間は一緒に入れてくれないのよね?」
「ああ、女以外はダメだね。聖者も守護者もな」
「そう……」
ラッセルは、目の前の砂糖漬け苺が盛られた皿を2人に近付ける。
「まあ……もし、仲間になりたくなくともだ。俺に会いに来る度に、2人にだけは飯を食わせる」
「なぜ?」
マガリが渡された砂糖漬け苺を、ひと粒小さなフォークに刺し呟いた。
「俺も愛しているからだ」
「……答えのようで答えじゃないことばかり言う」
「俺は熱烈で執着心が強くて、ああ、物語なら溺愛か。まあ、そんな男だからな。激しく嫉妬しちまうんだ」
ラッセルは笑い声を含みそう言う。
「まあ……アイツらに最低限の情ぐらいはある。外の広場でも良いポジションには付かせてやるよ。それより、話してないで食え食え。うちのサザメが育てた苺だ。美味いぞ」
皿をカツカツと爪先で軽く鳴らして、ラッセルは砂糖漬け苺をより勧める。
マガリは勧められるままに苺をひと口食べた。
苺は甘い表面がキュッとしており、噛めば中から甘酸っぱい果汁が溢れ目を見開いた。
砂糖漬けされてから間もないのかもしれない。
甘さと酸っぱさが脳に染み渡っていく。
「美味しい……」
「そうだろう、そうだろう。その苺を漬けていた砂糖も合わせて作った豆乳苺ミルクはこれだ。甘いの好きだろ?」
引き寄せられた豆乳苺ミルクは、程よく温かくて甘い。
あまりにも良くされて、奇妙なラッセルに思う部分はあれど、マガリとリリンは涙目で食事をしていく。
「美味しいねリリン……」
「ええ、ええ。そうねマガリ」
2人の様子に満足そうにラッセルは頷いた。
そうしてラッセルは、2人がゆっくりと時間をかけて食事をする姿を、ガスマスク越しでも分かるぐらい嬉しそうに見守ったのだった。




