第64話 救世主・前編
人だった存在は分解され、肉として仕分けられる。
血抜きをした後に頭、内臓、性器、指先などが適当に見付けた桶の中にいられた。
最初だけ手間取っていたその工程も、2回、3回と繰り返せば手慣れたものだ。
元猟師が混ざっていたのが工程の早さを促した。
ある程度分けられて皮も3回目で、もう綺麗にはいでいる。
獣の時の解体より薄く繊細な皮で大変だなんて会話も聞こえた。
猪なら皮も美味しいが、こちらは駄目なようだ。
そんな違いはわからないが、ある程度見た目が内側になると、何かがかけ離れていくような気がした。
部位がどんどんと分かれると、だんだんと店で見かけたことのある塊に近付いて、よく分からなくなってしまう。
吐く人間もいなくなってしまった。
もう吐く中身が胃に無いのも原因だとは思うが、物悲しさを感じる。
ずちゃ……ゴトリッ。
食べにくい部分だけがマガリの前に置かれた。
置かれた骸に目を向けて無言で頷き、弔いの為に祈った後、手をかざす。
マガリの手から青白い渦が伸び、その残骸を包み込んだ。
青白かった炎は白く光、数秒で骨すら焼き切る。
そして、マガリのその光に合わせて半数が祈りを捧げた。
マガリの炎は不思議な炎で、使おうと思う対象の範囲以外は燃えない。
ただ細かい分別は無理で、燃やすと決めた中の骨だけ残すという繊細な工程は行えなかった。
焼き切れば、何も残らない。
それは神の元へ行ける救いであり、衛生的でもある。
今日も彼らは焼いている。
部位ごとで焼きやすさや調理の方法が変わるようだ。
ほんの少し、調理工程の話し合いで彼らは笑みを見せた。
この為に時間をかけて用意された木炭で丁寧に肉が焼かれている。
白い脂がボタボタと落ちて、脂が跳ねては、そのニオイを辺りに散りばめた。
ジュゥゥゥウ〜! バチバチバチッ!
今回焼かれる肉は脂肪を蓄えているタイプだった。
かき集めた山の幸も使い調理がされれば、それは料理に見えた。
今回の肉はマガリ達を襲いに来て返り討ちにし、そして捌かれ、今は目の前で料理となっている。
慣れてしまった香ばしいニオイに仲間達の腹が鳴った。
***
神である創聖宗を慕う仲間達は、その教えに従い食卓は山の幸が多かった。
世界が終末になっても元々あった豊かな山の知識は仲間達を生きながらえさせ、出会う他者を助けていたのだ。
仲間達の精神は善行を目指し、本来はそのまま家柄通りの道を進んだのだろう。
そう、仲間達の生き方を変えたのは環境だ。
人智を超えた突然の終末世界は、人の力ではどうする事も出来ない。
その大きな環境の変化が仲間達の生き方を変えてしまった。
神の代弁者である聖総者で炎能力者の彼女は、その奇跡で仲間達を導いて、護り続けていた。
しかし空腹は徐々に体力を奪い、精神を疲弊させる。
ある時、別の集団に出会った。
彼らは弱くない。
能力者は居ないが銃器類は多く、移動手段も持っていた為に合流し仲間となる。
最初は上手くいっていたように見えた。
合流したとはいえ価値観は違う。
多少の違いはあれど、良き隣人として共に過ごしていた筈だった。
最初に起きた変化は、心の弱さだ。
心の拠りどころとして愛していたバイクを移動できなくなり、耐えきれず1人が自死した。
ガソリンが劣化し使えなくなり、車とバイクを捨てての歩きでの移動が決まる。
そしてその夜に銃声が鳴り、自らの頭の中を散らして男は死んでいた。
彼の友人達は酷く悲しみ、マガリ達は彼の魂の祝福を願い、祈りを捧げ、今後のこともあり燃やそうとした。
しかし、それは彼らの逆鱗に触れたようだ。
ただ燃やすという行為は薄情に見えたらしい。
燃やさねば魔の者に食べられてしまうのに、どうするつもりかと眺めていれば、骨を食べると言う。
友を亡くし心が不安定な彼らは、自分達の血肉に変える方法を選んだようだ。
確かに弔いの方法で骨をかじる行為は存在する。
しかしマガリの炎は骨まで燃やし、神の元へ送る為に、彼らの要求に応えることが出来なかった。
彼らは自分達の力で死者を燃やし、中途半端に燃え残った骨をかじった。
少し肉がこびり付いていたのが気になったが、それで前を向けるのなら仕方ない。
その見逃しが良くなかったのか、それとも、こうなることが自然な流れだったのだろうか。
それから数日後、彼らの仲間がまた命を絶ち『自分を食べて腹を膨らませてくれ』、そう遺書を残した。
最悪な流れに言葉を失う。
人としてあるまじき行為だ。
しかし、彼らの意思は固く、死体を捌き、食べづらい部位だけマガリが火葬することとなった。
火葬し祈りを捧げる場所に肉の焼ける香りが漂う。
マガリの炎は瞬時に骨まで燃やす為に感じられなかった現象だった。
マガリの仲間の誰かの腹がぐぅと鳴る。
マガリは瞼をぎゅうっと閉じて、祈りを続けた。
人の変化を止めることはマガリには難しい。
空腹は人を変える。
マガリの仲間達は最初は酷く拒絶していたが、処理をし見た目が変わると、それは普通の焼けた肉に見えた。
空腹に耐えかねた聖者の1人が肉を口にして、そこから聖女も守護者達も禁忌の肉を口にする。
マガリだって、それが同族でなければ、ここまで悩まなかったかもしれない。
弔いで食される姿を眺める度に、吐き気に悩まされた。
マガリの身体はより体力を失っていく。
マガリにも食べて生きながらえてほしいという仲間の願いに応え、あの肉を口に含んだことはあるが、酷く吐き、より身体の体調は悪くなった。
産まれてから肉を口にしてこなかったからだろうか。
体質的に肉を一切受け付けない身体になっていたようだ。
どうしようもなかった。
守護者達が結晶石をマガリを中心に吸収させてくれていたおかげで、生きてはいる。
しかし、徐々に自分の力で歩くことも難しくなってきた。
途中の病院で見付けた車椅子に座って移動したが、ラジオ放送で聞いたショッピングモールに来る際に地下鉄での戦いで失ってしまう。
フラワー地区に入ってから、また探してもらうことになる立場に、マガリは罪悪感が湧いた。
仲間達には生きてほしい。
空腹で倒れてしまうぐらいなら、人肉を食すのも仕方ないだろうと自身を納得させた。
1人食べれず孤独を感じても、仲間達が生き残ってくれさえすればそれで良い。
マガリの側に常にいてくれるリリンは筆頭聖女だ。
リリンは収納能力を持っている為、減り続ける安全な食糧を計画的に出しては、マガリ達に食べさせてくれる。
彼女は、マガリが聖総者であるからと少し特別扱いをして他よりも良い量を渡す。
それもまた、マガリが半数から煙たがれる要素でもあったが、リリンを含め半数は神の代弁者としての立場を力説し、押し返した。
それもまた立場ゆえの優劣で、周りに不公平感を増やしていくものと、マガリは分かっている。
分かってはいるが、自身の炎が道を開く筈だと己を説得し目を瞑った。
『……繰り返します。フラワー地区ライズ通りにて物資の交換を希望します。求めるモノは未開封の缶詰、食べられる食糧、それらを持ち渡した場合、コチラは能力で食糧を10倍にして、お返しします。また傘下に入るならば毎日の食糧支給を行います。繰り返します……』
持っている食糧は大した量は無い。
しかし、賞味期限に関しては他よりも良い状態を保っている自信がある。
リリンの収納能力内は10分の1しか時が進まないのだ。
その利点にかけて、仲間達と共に受け入れてもらう願いを胸に、足を進める。
もちろん罠の可能性があることを念頭に入れてだが。
***
マガリ達はフラワー地区を目指し、人食い大トカゲと蛇が住む長い地下鉄を休まず進み、通り抜けた。
地下鉄には乾いた手跡が付着した窓がひび割れ、扉がひしゃげた錆びた電車が残っていた。
酷く錆び臭い。
中は黒く汚れた鞄や靴、衣服の残り、動いていない通信機器、引っ掻き傷や、引き摺られた跡がある。
シートや手すりに付着している黒い汚れは血の乾いた跡だろうか。
飛び散った返り血が、黒いカサブタのように座席シートを覆っていた。
床に広がった黒い血溜まりが、3年の歳月でひび割れている。
見た目は汚れた油に似ており、それが床にこびりついていて、壮絶な死があったと予想された。
マガリが多くの大トカゲと蛇を炎で消し炭にしたが、それはそれは数が多く、能力の無い人間だけでは長くは保たないだろう。
ここで魔の者と出会った人間達は、そうそう生き残れなかったと推測できる。
長い地下鉄を越えてから、マガリと仲間達は、多くの死の痕跡に祈りを捧げた。
それを半数の者達は少し嫌そうな目で眺めながら、辺りを警戒する。
「チッ、これで誰もいなかったら骨折り損だぜ……!」
しかし、生き残りがいない懸念はすぐに晴れた。
地下鉄から出てすぐに、ショッピングモール周辺で生活する男達と出くわしたからだ。
向こうは『女だ!』と叫び襲ってきたが、マガリの仲間達は強かった為に簡単には捕まらない。
結局案内をすると名乗り出たのは、襲ってきた男達のリーダー達で、2人がマガリ達に道案内をした。
周りから声が聞こえる。
『すごい女の数だ』
『どこから急に?』
『あの塞いでいた地下鉄かららしいぜ』
『あの魔窟を通ってきたのか!』
『よく無事で、この人数が……』
『よっぽど強いんだろうさ』
『1、2、3、4……』
『これ、20以上はいる?』
『若いのも多いな』
『あの子、すげえ可愛いな』
『美しい……』
『前にタイプの子だったら、特典が出るってきいたぞ』
『これは、もしかしてだな!』
興奮を隠せない視線と喧騒。
周りを見渡せば、果てしない数の男達が存在している。
どうやらショッピングモールを囲み、大量の天幕の中で暮らしているようだ。
祭り用の台やパレット上に天幕が置いてあって、下からの虫や雨避けにも対応している。
よく見れば、置かれた缶詰から大葉が実っているのが見えた。
ハーブ系は生命力が強い。
食べれる植物が残っているのは喜ばしい事だ。
ショッピングモールの出入口となる場所まで行くと、受付らしき男がいて彼らは代表者2名を訊いてきた。
「はいキメ顔見せてー」
マガリとリリンだと伝えると、なにやらゲーム機で2人の写真を撮り、何処かへ送信しているようだ。
その後、トランシーバーで連絡を行う。
どちらも子供の玩具程度のものだが、電池が残っているらしい。
頑丈そうな扉が開くと、眼鏡をかけた秘書のような女性と短機関銃を腕に抱えた女性達が、マガリ達を出迎える。
「ここから先は写真に撮った代表者2名のみが中に入り、交渉が行えます」
そう秘書が言い、マガリとリリンが交渉に入っていったのだった。




