第58話 お茶会
フラワーホテルの中庭に長机と椅子が置かれている。
ミランにお茶に誘われた彼らは、長机の側に集まった。
その長机にマガリは車椅子の状態で、隣にリリンが椅子を引き寄せて座った。
守護者達にも椅子はあるが、彼らは何時でも動けるように側で立っておくようだ。
リーガルも座り、ヤムクーはバンを抱えた状態で座ったので、ちょこんとバンが膝上に乗っている。
そんな中でミランは、座る前に温かい麦茶と飴の棒を出し、蜜柑も出した。
「これと……栄養が摂れる蜜柑もどうかな。ただ、いきなり固形物が辛いなら、飴も蜜柑も持ち帰ってくれ」
ミランは、この場にいる全員分のコップを出して温かい麦茶を注ぎ配っていく。
そして、色とりどりの飴の棒と蜜柑は、適当に菓子器代わりに深い器に入れて、2ヶ所に置いている。
「生ものが残っているの……?」
マガリ達は驚き、その中でリリンが青い顔になって呟いた。
「お茶も温かい……どうなってるんだ……?」
守護者の1人も思わずといった風に呟き、リーガルとバンは収納能力とは、そういうものかと思っていたので、不思議そうな顔をした。
「ミラン隊長の収納能力は高性能なんですよーっと、ボクは桃色飴ちゃんもーらい」
「ねーねーヤムクー、おれ蜜柑が良い」
「はーい」
「ありがと」
最初はヤムクーに抱えられるのを嫌がっていたバンだが、今は慣れたのか、軽く頼んで蜜柑を取らせている。
ヤムクーもバンを膝に乗せて、ニコニコしながら蜜柑を取り、目の前で軽く剥いて渡した。
リリンは唖然と新鮮な蜜柑に触れて呟く。
「収納能力にも差異があるのね……」
マガリは震えるリリンの手を上から包み込み、真剣な表情で言う。
「リリン、私達はあなたの能力で助かってるの。誇りに思って」
「マガリ……」
リリンは、マガリの言葉に少しホッとした表情を浮かべた。
「リリンちゃんの収納能力は、どれぐらいの規模で、時間経過はって訊いて良い感じ?」
飴を舐めながらヤムクーが言うと、リリンは困った表情になった。
そんなリリンを嘘が見抜けるバンは蜜柑を食べながら、じっと見つめている。
バンと視線が合ったリリンは朗らかな笑みを見せ、バンは少し戸惑い目を逸らした。
「能力は結晶石の吸収によっても違う。言えば今の強さも分かってしまうからな、教えなくて良いさ」
ミランが蜜柑の皮を剥きながらそう呟き、リリンは寂しそうに笑みを浮かべる。
「いえ……わたしの収納能力の広さは、今片付けているホールほどで……時間経過は10分の1です」
リーガルがチラッとバンを見れば、特に何も言わない。
言わないという事は何も嘘を吐いていないのだろう。
相手が能力を教えるという誠意を見せてきたので、ミランも能力の規模を教える事にした。
「俺のは今は……そうだな。そのホール手前ぐらいはあると思う。時間経過は多分無い。もしかしたら僅かに違いがあるのかもしれないが、湯は冷めたことがないな」
「……そんなことが」
「ボクも収納能力を持っていた人に何人か会ったけど、時間経過がゆっくりってのは随分とレアみたいだね」
「え、そうなの?」
バンが不思議そうに言い、ヤムクーは頷いた。
「まあ、それよりも中身を狙われて、空っぽになると泥棒扱いされるっていう悲惨な末路がねー……」
「「……」」
ヤムクーの言葉に守護者達は彼を睨みつけた。
そんな睨みに、ヤムクーはニカッと笑顔を見せる。
「ボクの親友は身内以外に秘密にしてたけど、収納能力持ちでさ。まあ他者から気づかれてからは、色々あったかな。ちなみに時間経過は外と変わらない常温タイプ」
ヤムクーの親友は過去に亡くなり、今は軍事基地で妹と待つ、ウーロンの兄だ。
「そうだったんだ……」
ヤムクーの言葉に嘘は一切なく、バンが真剣に頷いた。
「ボクは充分凄いと思ったし、実際凄く助かったよ。周りが頼りすぎるのが問題なんだ。気持ちは分かるけどね」
ヤムクーの言葉に、守護者達が少し気まずそうな表情になった。
「あとさー、ミラン隊長の収納能力が規格外なだけで、リリンちゃんのは激レアな収納能力だと思うよ」
「……そう、ですか」
ヤムクーの言葉にリリンはぎこちなく頷いた。
「マガリちゃんも、規格外な能力持ってるっぽいけどね」
ヤムクーは、マガリに視線を向けて、そう話しかけた。
「マガリ様だ。そして、リリン様だ」
守護者の1人がギロっと睨んでヤムクーに言う。
守護者達は、マガリとリリンの側に立ってお茶を飲み、飴や蜜柑を口いっぱい食べている。
「規格外……そうですね。そうなのかもしれません。我が守護者達の数千の命と引き換えに倒した魔の者から出たものは、紫色の結晶石でした……」
その言葉に、ミランはハッとした表情を向けた。
「それは……俺も異様に強い魔物から出てきた結晶石が、これぐらいの大きさの紫色の結晶石だった」
ミランが記憶を思い出しながら自分の手の平を軽く丸め、大きさを表した。
「まあ……もしや、その時点でひとつ能力をお持ちになっていたのですか?」
「ああ……素早さが上がる、俺はスピード能力と呼んでいる能力だ」
互いの能力の有無が見えてくる。
やはり、紫色の結晶石は赤い結晶石の上位版のようだ。
ミランとマガリは互いに、他の紫色の結晶石を見た事が無い。
それは希少性からだろうと予測はしていたが、今までは予測の範囲だった。
それが、もう1人規格外の能力を持った者が現れ、そしてその切っ掛けが紫の結晶石ならば確定だという事だ。
「君の能力が最大限使える状況であれば……正直、俺達は敵わないな……」
ミランが苦く微笑んだ。
いくらミラン達が強くとも、能力には相性がある。
マガリの炎は範囲も選べ、全力が出せる状態ならば、今回のように先手を取る事は出来なかっただろう。
本来のマガリは、恐ろしい強者だ。
ミランの言葉に、マガリは寂しそうに微笑んだ。
「もし、身体がこのような状態でなければ確かにそうかもしれません。ただ、いくら強くとも空腹で人は死にます。私の能力は宝の持ち腐れですね」
「……もし良ければなのだが、君らは強い。俺達の仲間になるのは、どうだろうか?」
「え?」
ミランの言葉にマガリはキョトンとした表情になり、その後に少し考え込む。
少しの沈黙が流れ、マガリは口を開いた。
「……もし、そうなるとしたら、此処から離れるのでしょうか?」
「ああ、少し用意はあるが全員を連れて行くつもりだ」
「……でしたら、我が守護者達や聖者を連れて行ってもらえないでしょうか?」
その言葉に守護者達は目を見開き、顔を横に振った。
「マガリ様! 我々は大丈夫です! どうかお側にいさせて下さい!」
「そうですとも、マガリ様! あの烏合の集の中で住もうとも変わりません! そして、これ以上の罪も行いません!」
「どうか、どうかお捨てにならないでください……!」
守護者達は地面に膝をつき、マガリに懇願し始めた。
「しかし……」
少し話しただけでも、ミランの能力や人柄は、大切な仲間を預けられると判断できた。
印象が良いとは言えない、ショッピングモール周辺に暮らす男達の中より、きっとミランの側の方が快適に過ごせるだろう。
「今の内容から察すると、マガリとリリンはモールの方に行くつもりなのかな?」
ミランが訊くと、マガリは困ったように微笑み頷いた。
「ええ。私達はモールに入ります。しかし、他の仲間を受け入れてくだされば、必ず恩を返します。戦いがあれば私を手足として使ってください」
「そうか……」
マガリの言葉にミランも少し考え込む。
「お願いですマガリ様! 我々はマガリ様とリリン様の為に生まれたのです! どうかお側に置いてください!」
「離れるなど嫌です! お願いいたします!」
「リリン様も、どうかマガリ様を説得してくださいませんか……どうか、どうか……!」
守護者の目は潤み、1人は涙を流し始める。
「凄い心酔っぷりだーねー」
守護者達の様子に、ヤムクーは蜜柑を食べながら呟いた。
「どうしてですか……」
黙ってお茶を飲んでいたリーガルが、ただただ理解できないという顔をしながら呟いた。
マガリの瞳がリーガルに向いて、とても優しい声で答える。
「ふふ。リーガルさん。モールにはね……独りぼっちにできない人がいるの」
「……独りぼっち? 知り合いですか? その人も一緒に来たら良いじゃないですか……」
リーガルが悲しそうに、そう呟いた。
「いいえ、それは無理ね。そうなったら、このフラワー地区の秩序は崩れ、モール内の女性達も外で暮らす男性達も命を落とすことになるわ」
「な、なんでですか……?」
「彼が、彼らを生かす選択をしているから、そんな人を引き抜くだなんて無理な話ね」
「彼が……」
リーガルは、ゴクッと唾を飲み込んだ。
モール内にいる男性は数名と少ない。
他は数百の女性達だ。
また、モール外には溢れ出た男達が暮らしている。
彼らはモールの傘下であり、周りの魔物を倒すことによって食糧の配給を貰っているらしい。
出来るだけ近付かないので正確ではないが、そうリーガルは認識していた。
ただ、彼らの生活は、あまり良い暮らしとは思えない。
男達が視界に入れば、殴り合いの喧嘩をしている姿を日常的に見かけた。
ヒマワリの種だって、蜜柑缶詰に砂を入れた物と騙されて交換させられた事もある。
良い印象は全くない。
あんな中にリーガル達が暮らせば、アルトやバンがどうなっていたか考えるだけで恐怖だ。
またショッピングモール内に、犠牲となった姉と同じように幼いモーツを預けるなど論外だった。
姉の事も、ずっと後悔していて、今では連絡も取れていない。
これらの状況や予測から、今回の事件とは違った問題が多く起きた事だろう。
あの男達の深い内情は知らないが、外から見れば碌でもない場所だ。
だが、どんなに傘下が増えようと、配給で最低限生きる事は出来ている。
その1点だけは、心底凄いとリーガルは思っていた。
正直、ミラン達と会えなければ、最後の最後には苦肉の策として、傘下になる選択をしていただろう。
どんな奴隷になろうとも、皆で生き残りたい。
「モール内の1人が知り合いなんですね?」
「ええ、そう。とても深い知り合いなの」
リーガルの言葉に優しくマガリは頷いた。
「……だが願っても、男の仲間は内には入れないと断られたと?」
ミランが群青色の瞳を、じっとマガリに向けた。
「女性達だけでも全員受け入れてくれるのは充分破格なことだわ。ただ、彼の断りを動かす為にも、強いカードを用意して受け入れてもらおうと思ったの。まあ、浅はかな考えだったわね」
マガリはリーガルを見て、ミランに視線を向ける。
「遥かに凄いカードを出してくるのだもの。驚いちゃった」
「はいはーい、ボクも見てー」
マガリの恥ずかしそうな笑みに、ヤムクーは片手を上げて自己主張をした。
「あはは。そうねヤムクーさんは、とっても強いわね。でも、そうね……きっと、ラッセルと同じぐらいかしら」
「ラッセル? 守護者の1人なの?」
ヤムクーが興味津々で訊いた。
「ええ、とっても強い守護者であり、今のモールのトップの男、それがラッセルよ」
マガリの言葉に周りは驚きの表情を見せ、ミランは言う。
「では、知り合いは……」
「ええ、ラッセルよ。私の友であり……リリンを愛する男、それがラッセル」
「リリンを……」
マガリの言葉にミラン達の視線が集まり、リリンは困ったように微笑んだのだった。




