第57話 悪夢
ゆらゆら……ゆらゆら……。
視界が勝手に動いている。
自分の意思とは関係せずに動いていく。
ユノは何処かピントのずれた夢を見ていた。
夢の不思議なところは、もう使えなくなった機能が使えたりするところ。
ユノがこれを夢だと思ったのは、右眼だけが使える状態で、臨場感たっぷりの映画のような映像を見ていたからだ。
ユノに右眼は存在しない。
なのにあるのだから、早々にこれは夢だと気付いていた。
しかも、どうやら自分は背の高い男になっていて、体格も良い。
夢の世界では男キャラクターになって、夢のキャラが勝手に動いているようだ。
夢の世界の映像は、驚く程にリアルだ。
現代風な建物が汚れ、壊れている。
粉塵がチラホラと舞い、見たことのない植物がウネウネして、痩せている少年がその上に座ったりしていた。
ユノは自分も座ってみたいと思ったが、男キャラクターは座る気がないようだ。
男キャラクターが道を進んで行くと、異常な人の数が見えた。
薄汚れた多くの男性達が、じっとコチラを見ている。
ユノは一瞬ドキリとしたけれど、よく見ると向こうの視線はユノ達に怯えを抱いているようだった。
もしかして、夢のキャラは強いのかもしれない。
ちょっと楽しくなってきた。
怖い雰囲気の夢も自身が強いと分かると、余裕をもって眺めれるものだ。
これだけ映画のようにリアルな夢なのだ、どうせなら堪能しよう。
ユノが不思議な世界をキョロキョロ見回していると、どことなく知っていて、どことなく違う大きな建物を見付ける。
ユノが眺めていれば、男キャラクターはその建物に入って行く。
先程の痩せている少年と一緒に入るようだ。
どうやら男キャラクターと一緒に歩いていた、見るからに強そうな斧を持ったキャラは中に入れないらしい。
もし、ユノが相手を選べるなら、やはり見た目で強そうな斧キャラと一緒に入っただろう。
だって、その方が安心感があるじゃないか。
建物の扉は厳重な構造のようだ。
開くまでに少し時間がかかった。
ユノが未知の建物にドキドキしていると、建物内には綺麗な格好の女教師みたいな人と、銃を持った女性達が並んでいた。
ユノは映画などで見る銃が精巧に作られていて、自分の美的センスが上がったのかと思い、ちょっと嬉しくなった。
こんなにも夢がハッキリして見えるのは初めてだ。
ピントは合っていないけれど、普段の夢の曖昧さと百倍違う。
けれど、そんな風に思った束の間、彼女達の銃口がこちらに向く。
ユノがぼんやりと眺めていれば、少年が多くの銃弾に撃ち抜かれてしまった。
──……嘘でしょ……ッ!
男キャラクターが少年を助けようと動くが、無理で、穴だらけの少年は息を引き取った。
これは最悪な夢だと思い、やり直したいと思う。
──……こんな夢は嫌だっ! 戻して! 戻れ!
そう思ったからだろうか、映像は建物に入る前に戻った。
次は斧を持つ強そうな男性と、ユノのキャラクターが共に入るようだ。
どうやら2名しか入れないのは変わらないらしい。
またもや女性達は銃弾を当てたが、斧の男性は強く、銃弾を弾き返していた。
──……超人だ……ッ!
ユノがホッとする中で、ユノのキャラクターはあり得ないスピードで動き、銃を全部取り上げて女性達は腰を抜かす。
女性教師だけが拍手を行ったあと、次は水の線が強靭な肉体を持つ、斧の男性の胸元を貫いてしまう。
──……水圧? なんで?
ただ強靭な肉体だからか、彼は斧を掴み歯を見せ、多分だが笑い声を上げて走り出した。
そして、水を放つ人に向かって斧を振りかざす。
水は、そんな斧も弾き返し、激しい戦いになっている。
まるで少年漫画みたいな戦いだ。
少々リアル過ぎるので、青年漫画かもしれないが。
水を放つ人はガスマスクを装着しており、彼の水は素早いがユノのキャラクターの方が早く彼の片腕を切り落とした。
ユノはあまりにもリアルな腕の断面を見て、吐きそうになる。
しかし吐けないし、夢は覚めない。
腕を切った後にユノのキャラは何かに気付き振り向くと、あの強靭な男性の頭が破裂している瞬間だった。
──……な、なんで? なんで?
ハッと見れば、またガスマスクの男性。
腕はあるので違うガスマスクだ。
よく見ると彼の手は妙な形になっており、片方の手が無く焼け焦げている。
──……貴方がしたの? 止めてよ!
そう強く思ったからだろうか。
画面が戻る。
そう、建物に入る前にだ。
次は飄々とした雰囲気の青年が笑顔で共に入って行く。
──……あれ……どこかで……?
笑顔の青年は耳にカフスイヤリングを付けている。
それを見て、ユノは自分もこういったのを付けてみたいなって、少し前に思った気がした。
建物に入ると、女性達はまた銃を持ち上げる。
しかし撃つ前に女性全員が転げ、銃弾は天井に放たれて塵が舞った。
舞っている間に銃はユノのキャラが取り上げて、また女教師が拍手をしている。
女性達を転がしたのはカフスイヤリングの青年のようだ。
彼は女教師もクルッと転がして顔を近付け、何かを訊いている。
──……音が全然ないのは何でだろう……?
夢だからそういうものの筈、だけどリアル過ぎる映像に音が無いのが不思議だった。
──……昔の映画ですらシアターオルガンがあるのに……
カフスイヤリングの青年が何かに気付き避けると、あの水が背後の柱を貫いた。
またガスマスクの人だ。
水を出す人は水色の髪色をしている。
そしてユノのキャラが今度は腕を切らずに、背後に回り腕で首を圧迫した。
多分、絞め技というのをしているんだ。
他の映画で見た事がある。
気絶するまでの数秒間で水色髪は水を出し、ユノのキャラの腕に穴を空けて、ガクリと倒れた。
パッと、ユノのキャラが顔を向ければ凄い速さで、カフスイヤリングの青年とガスマスクの男が戦っている。
時折、爆発が起きるのは何か。
よく見れば映画で見た事がある手榴弾だった。
──……もしかして、これを使って、あの人の頭を……?
強靭な斧の人。
あの明らかに強そうな人の頭が無くなり、あの時は、このガスマスクの男の片手は焼け焦げていた。
──……あ! 手ごと手榴弾を……口に入れた……?
そんなの普通の神経じゃできない。
ユノの夢はベリーハード過ぎる。
ユノのキャラも加勢に入りたがっていたが、邪魔をしてはいけないと思ったのか周りを警戒し、飛んできた手榴弾を跳ね除けている。
紫髪のガスマスクの男とカフスイヤリングの青年は最終的に相討ちとなり、どちらも倒れた。
──……またなの? 死んじゃうのやだよッ!
また最初のシーンに戻るかと思ったら、ユノのキャラは水色髪の男と紫髪の男のガスマスクを外す。
水色髪の男は顔の半分以上が焼け爛れており、紫髪の男は顔に数字の入れ墨が掘ってあった。
それを見た後、シーンは建物に入る前に戻る。
建物に入る前は、先程亡くなってしまった3人も生きていて、誰かと共に行く度に夢の中では誰かが亡くなった。
何度も何度も繰り返している。
その度に彼らの動きは少しずつ違い、建物の中の住人は何度も殺そうとしてきた。
何故こんな事をするのだろうか。
思うに、映像のユノのキャラの周りの人達は、多分良い人達だ。
少し照れ屋な金髪の少年は、可愛い笑顔で微笑んで、素直な性格のよう。
斧を持つ強靭な男も音は聞こえずとも豪快に笑い、ユノのキャラと1番仲が良い。
カフスイヤリングの青年は、態度が飄々としているが、優しい目をしていて良い笑顔だ。
信頼している仲間なのだろう。
ユノは何度も悲しい気持ちになりながら、彼らが命を落とす姿を何度も眺めている。
それだけ繰り返し見ると、登場人物の表情をじっくりと見れるようになり、襲ってくる人達の心境も、ある程度想像できた。
銃で襲う女性達は怯えているし、女教師は緊張の中で作り笑顔を頑張っている。
水色髪の男はガスマスクをしているが、何度も怪我を負いそうになった女性達を庇っているし、仲間は大切にしているのだろう。
ただ、紫髪のガスマスクはよく分からない。
何かを求めてはいるのだろうけれど、ピンとこない。
建物内の者達を捨て駒にしているわけではなく、女教師や水色髪の男が亡くなると、死体を優しく隅に置いたりもする。
完全に悪とは感じないが、何か変なのだ。
何か他と決定的に違う気がする。
だけど、ユノにはそれがなんなのか分からない。
紫髪の男の登場は様々で、あえて堂々と最初から出てくることもあった。
何度も、カフスイヤリングの青年と戦っているのを見ている。
その戦いが繰り返されていく内に徐々にだが、紫髪の男の動きが精錬されていき、どれほどだろうか。
最初は目で追えなかった動きをユノが追えるようになった頃、紫髪の男の方が立っていて、カフスイヤリングの青年が動かなくなってしまった。
──……何がしたいの……?
最初は吐き気を催した映像も今では慣れてしまい、ユノはこの奇妙な夢の中で紫髪を見つめる。
ユノのキャラは素早く彼の腕を切り落とし、首に剣を押し付け、ガスマスクを外した。
──……あれ……?
ぼんやりとしていたユノは、見た顔に違和感を覚える。
なんだろうか。
それからの夢の展開は、徐々に強くなっていく紫髪の男の四肢のどれかを毎回切り落とし、ガスマスクを外す映像が繰り返された。
その度に流れていく夢の違いを探し、ユノは気が付いた。
──……あ、入れ墨が違うんだ! 入れ墨の数字が変わってる!
それに気付きはしたが、夢は終わらない。
これは、もしかしてユノの観た夢の数なのだろうか。
──……いや、だったら多すぎる……
確かに夢を繰り返し見てはいるけれど、ユノが観た回数は多くとも数百ぐらいだろう。
目の前の数字ほどではない。
意識して数字を数え、次もまた変わらない展開が来ると思ったら、夢に新たな映像が入り込んだ。
水色髪の男が幼い少年を腕に抱え、女教師が幼い少女を腕に抱え、それぞれが子供に銃を押し付けている。
2人は、吹き抜けになっているエントランスホールの2階、両側の通路にいた。
ユノのキャラがどんなに素早くても、両方とも助ける事はできない。
片方を助ければ、片方は亡くなるだろう。
ユノのキャラは双剣を床に捨てた。
紫髪の男は自らガスマスクを外し、ぺっと口から血を吐き捨てる。
彼が何かを喋ると、ユノのキャラは地面に両膝をつき項垂れた。
どの展開も先に進めば、ユノのキャラが最後には勝っていたと思う。
最初の頃は相方が亡くなると戻っていたけれど、その先があると必ずユノのキャラが勝っていた。
だが、これは敗北だ。
初の敗北だ。
もう、ユノのキャラは戦おうとしていない。
銃が額に押し付けられ、顔が上向く。
見れば、紫髪の男が何かを喋っている。
ユノは、ジッと数字を睨みつけた。
やはり、ひとつ数字が増えている。
「ねえ……なんで貴方は、こんなことを繰り返しているの?」
思わずユノが喋りかけると、紫髪はユノのキャラに押し付けていた銃を離した。
紫髪の彼は驚いた表情をしていて、嫌そうに眉をひそめる。
そして何故か大きく笑ったかと思えば、自分自身の口に銃口を入れて頭を吹き飛ばしたのだった…………──
***
瞼が開いて、ぼんやりと天井を眺める。
右眼が見えない。
「あ……そっか、私……右眼が見えないんだった……」
もう夢ではないのかと、クラクラする頭で横に向く。
長い長い夢だった。
まるで1年間分ぐらいのリアルな映画を観た気分だ。
「……ゲーム機」
震える手でミランと毎日やりとりしているゲーム機を掴む。
そして中に保存されている画像を開いた。
中には楽しそうに笑う別世界の人達。
彼らの中には、夢で何度も見たカフスイヤリングの青年と、斧を持つ大柄の男がいる。
「夢……なのかな……?」
ユノは不安な気持ちで震えが止まらず、ゲーム機内に『ミランさんと通話がしたいです』と書き込む。
書けば、ほんの10秒程度でトランシーバーが反応して、慌てて出たのだった。




