第54話 迷い
ハッとアルトは瞼を開けた。
大きな音がどこからか聞こえる。
アルトは自分が大きなベッドの上にいることに気が付き、見慣れない天井から辺りへと視線をずらす。
隣のベッドには自分の妹であるモーツと友であるバンがいた。
「ここは……」
知らない部屋は、多分だが自分達を連れ去った者達が用意したのだろう。
遠くからの音は、そうだ。
「銃声……」
アルトは心臓がドクドクと鳴るのを感じた。
リーガルは家に行き、アルト達がいないと気付いただろうか。
きっと凄く心配してくれている。
自分達を大切にしてくれているリーダー。
それが、リーガルだ。
──……でも今日はミランさん達と会う日、気付いたなら一緒に助けに来てくれるかも……
そこまで考えてアルトは眉が下がった。
ミラン達は優しい人達だとは思う。
だが、彼らが欲しいのはリーガルであり、彼のような能力者でないアルトやモーツは特には必要が無いだろう。
バンに関しては他の人間との交渉に使えるが、アルトとモーツは他の普通の子供よりは力がある、それだけなのだ。
──……ダメだ、ダメだ。弱気になるな……僕はお兄ちゃんなんだ……!
深呼吸をする。
「バン、モーちゃん起きて……」
そっと2人に声をかける。
かければ食糧の無さで疲れ切っている2人が目を覚ました。
「起きれないかな……? 僕らとうとう捕まったんだ……だから逃げなくちゃ……」
そこまで言ってふとベッド横のサイドテーブルに視線が向く。
「え……」
そこには水差しと栄養剤の袋、ラムネ菓子が置いてあった。
「……『ご自由にお食べください』?」
アルトは奇妙に感じはしたが、食べて良いのなら食べようと思う。
水差しから水を出し、2人にゆっくりと飲ませ、ラムネを食べさせる。
アルトも食べれば、その美味しさが身に染みていき、リーガルが少し前にヒマワリの種と交換した話を思い出す。
「……」
「わぁ……おいしいーねぇ。ありがとう!」
身体が怠くて、まともに動けないモーツが明るい声でそう言った。
「ラムネじゃん……あ、もしかしてミラン達が来たの……?」
バンはまだ動ける方だがフラフラとしている。
「栄養剤もあるんだ。飲もう」
栄養剤を用意したのは誰だろうか。
それは、このラムネを用意した相手だろう。
ドォン! ドォン!
銃声が激しく響き、建物が振動している。
「アルト、誰か戦ってる……?」
バンが何かを察して呟き、アルトは頷く。
「多分……僕らを連れてきた人達が……そうか、ミランさん達が戦ってる……?」
アルトはハッとした。
それなら、この激しい音も分かる。
「今の内に逃げ……」
手元のラムネ菓子と栄養剤を見て言葉が詰まるアルト。
──……僕らは縛られていない……貴重な菓子と栄養剤をご自由にって……?
アルトは迷った。
今3人の中で年上はアルトだ。
妹と友と逃げるなら今の内なのではないだろうか。
だが、こんな風に貴重な物をくれて、手足を縛っていない相手が本当に悪い人間なのか分からない。
「……バン、僕は今、どっちにするべきか迷っている」
バンはじっとアルトを見つめると、口を開いた。
「おれに逃げるべきだと、逃げないべきだの2つの言葉を言ってみて」
「……バン逃げるべきだ」
アルトはひとつ目の言葉を言い。
「バン、逃げないべきだ」
そして、ふたつ目の言葉を言った。
バンはその言葉を聞き比べ、部屋を見渡しベランダの方を見る。
少しふらつきながらも窓を開けて左右を確認し、アルトに振り返った。
「こっち、非常階段に繋がっているみたいだ」
「非常階段……」
「あの時のミラン達は嘘を言ってなかった。でも今がどういう状況か、おれらは分からない。優しいフリして騙す人間は多いしさ、できるかぎりのことはしてみよう」
バンはグッと背筋を伸ばして、アルトに笑いかける。
「後悔するとしても自分で選択した後じゃなきゃ。おれらの人生だしさ」
「うん……うんっ!」
アルトはシーツを使い、バンに手伝ってもらいながらモーツを背負った。
モーツは、とても軽かった。
シーツで落ちないようにモーツを包み背負ったアルトは、グッと歯を食いしばり、バンと共に非常階段に向かう。
非常階段へは、ベランダの横側にある板を壊せば出られる。
そこをバンが見付けたレター用文鎮で壊し、3人は抜けて非常階段に進む。
体力はあまりないので3人は走らず、ゆっくりと進んで行った。
***
誰だって迷うし、誰だって混乱して、誰だって嘘を吐く。
それは小さな嘘もあるし、大きな取り返しのつかない嘘でもある。
大人はよく嘘を吐いた。
自分でも気づかない内に嘘を吐く人もいる。
嘘は相手を騙し傷つける為にだけ吐くものじゃない。
本当は辛いのに腹が減ってるのに言うんだ。
「もう先に食べたからね。バンがお食べ」
「大丈夫、お腹は減ってないよ。君達が食べなさい」
大人はすぐ嘘を吐く。
だけど、おれは知っていて黙って頷いてさ。
嘘を吐かないからって、なんなんだ。
嘘を知れるからってなんなんだ。
なにも、なにも役に立たないじゃないか。
人の気なんてすぐに変わる。
言葉が分かったって、対処のしようがない時は多い。
おれの力が無くたって、一目で分かる嘘もある。
おれだって嘘を吐くよ。
色々な大人がおれ達を騙そうとしたけれど、色々な大人が嘘を吐いては、おれ達を助けてもくれた。
リーガルが優しすぎて騙されて砂の缶詰を持って帰った日は、おれが側にいれば一発で分かったのにって悲しかった。
おれには力が無い。
おれ達は赤い石を他の子供より、草抜きの時に多く吸収したから、体力はある方だけど、もう3年も生きている大人達は似たようなものだ。
相手が大人な分、大きさで負けてしまうしさ。
嘘を吐かなきゃ信じるかは、結局自分が判断することだ。
不安でも『大丈夫』だなんて口癖で言っちゃうリーガルみたいな優しいやつもいる。
年上だからってバカみたいに頑張ってさ。
──……なのに、こんな風に捕まって不安にさせて……なんでおれは、こんなにチビなんだ……!
アルトが不安そうに迷っていた。
どちらの言葉も聞いて、どちらも真実で嘘も混じっていた。
曖昧なのだ。
感情や言葉は逐一変化する。
アルトはモーツの兄として、おれたちと同じぐらいしか食べていなくて、体力なんてないのに歯を食いしばっている。
──……おれが道を開かなきゃ……せめて2人だけでも逃さなきゃ……
非常階段を下りている時に部屋の方から声がした。
騒がしい男達の声だ。
──……階段を下りて、どこかに隠れる? いや、止まらない方が良い?
血が熱くなり、心臓がドクドクと鳴っている。
最後に決めるのは自分自身だ。
そう決めたのなら後悔も受け入れなければいけない。
──……そうだよね? そうだよね、ばあちゃん……
ガンッ!
「見付けた!」
音がした方を見上げれば、知らない男達と女が、こちらをベランダ側から覗き込んでいた。
***
「そこの……」
マガリ達は子供達がいる部屋までミラン達を案内したが、見れば扉が少し開いていた。
「マガリさん、リリンさん、訊きますが……アナタ達は皆似た服装をしていて、違う服装の場合は、内部分裂した相手側で合ってますか?」
ヤムクーが歩きながら、そう訊ねる。
「そうですね。我々は古参派閥、創聖宗者の服装をすることを義務付けられております。着ない時はこちらの紋様を目立つ所に装着します」
リリンが丁寧に答え紋様を見せた。
「中には分裂相手が2名いるので、ボクが先に行くよ」
ヤムクーは能力を使いながら歩き、他の者を左右に下がらせた。
ヤムクーの目に映るは、部屋内に男達の姿が2名、中をウロウロとしている。
服装が違う。
どうやら内部分裂した相手側が先に子供達の部屋に来ていたようだ。
ヤムクーは足先で軽くコンと当て、扉がスー……っと開いていく。
男達はベッドの下や風呂場などを覗き、その変化に全く気付いていない。
「全員下りたんじゃねえかー?」
「見えたのは1人だろ! 2人は倒れてたってんなら隠してからごッ!」
風呂場からの声に男は答え、ベッド下から顔を上げた時にヤムクーの蹴りが顎下に入り、白目を向いて倒れた。
「おい?」
風呂場の男が銃を構えて扉を開けて部屋内に進む、一歩、一歩とベッドの方に足を踏み出す。
「どうしぅゔぎゃぁああッ!」
扉後ろにいたヤムクーが膝カックンをして、男の両腕を後へひっくり返し両肩を脱臼させた。
改造銃はゴドッと落ち急激な痛みに男は俯き震える。
「子供達は……」
ヤムクーは呻く男の背に腰掛けて、下の方に目を向ける。
「いた……ミラン隊長! ベランダからの非常階段があります! そこから1階の保管室に2人います!」
「分かった」
ミランはスタスタ歩きながらベランダに向かう。
「はい、銃」
ヤムクーは、マガリ達を囲んで進む守護者の1人に2つの改造銃を渡した。
ミランは通話器の電源を入れ、喋りながら階段をカンカンカンと下りていく。
「アス、裏口側だ。保管室に子供達はいる」
「子供達を探し武装している男女は7人です」
ミランとヤムクーが言い、通話器はグリット達のいる改造車にも繋がっている為にリーガルが先に反応した。
『2人? もう1人はいませんか?』
「もう1人は……いた、今靴磨き室から……雑貨? ああ、忘れ物の保管部屋か、そこに走ってるね」
ミラン、アスはフラワーホテルの大まかな部屋の位置を先に調べ、頭に入れて来ている。
ヤムクーは能力で把握し、グリット、トトン、リーガルは車内にて、描いてある地図を見ながら通話を真剣に聴いていた。
「男の子が態と音を立てて、7人全員がクリーニング室を探すのを止めて走り出した!」
ヤムクーの目には少年が物を投げたり、傘を開いたりしているのが視えている。
『アルトかバンだ……』
リーガルが今すぐ駆け出したい気持ちに震える。
しかし、自分も捕まれば邪魔になる為にぐっと抑え、3人の無事を祈るのだった。




