第53話 内部分裂
フラワーホテルのホール内。
広いその空間には急遽、マガリにとっての仲間達が集められていた。
顔色が悪く淀んだ瞳をした者達が半数。
マガリと似た服装をした者達が半数。
半数は苛立っており、半数は膝を床につき静かにマガリの言葉を待っている。
車椅子に座った状態でマガリは息を深く吸い、吐き出すと、覚悟を決めた顔で周りに集まった仲間達に言う。
「私自ら交渉に行きます。あなた達は決して手を出さないように」
ダンッ! ダンッ! ダンッ!!
こめかみに血管を浮かび上がらせた男達が壁や床を叩き言う。
「ハァ?」
「アンタが交渉に行って、だからなんだ? なあマガリ、また自分の都合の良いように進める気か?」
彼らは普段からマガリに賛同しない、顔色の悪い半数の者達だ。
彼らは元バイク乗りと元島住民で構成されている。
怒りを見せた島住民達に、無言で守護者達が立ち上がる。
「なんだ? また『マガリさまに敬意をはらえ』てかァ? ハッ! どうせおれらを捨てる腹積もりだろうがッ!」
「お前らは、いつもいつもマガリさま、マガリさま! もう神を崇める時代は終わったんだよッ!」
「マガリ様、ご指示を……」
守護者の1人が剣の鞘を握るがマガリは顔を横に振った。
「おやめなさい。今は争っている場合ではないわ。落ち着きなさい」
「落ち着けだとッ! まーだ自分は偉いと思い込んでるバカ女がッ!」
「おい、止めろ」
島住民の男が改造銃を構えようとしたが、バイク乗りの2人がそれを押さえて止めた。
「なに止めてんだッ!」
「マガリの説明が足りねえのはそうだが、相手は能力持ちの軍人だ。オレ達を捕まえた3人ともだし、他にもいる様子だったぜ」
「普通に戦って勝てるかって話だと微妙だ」
「それこそ、マガリの能力無しだとな……」
バイク乗り2人の言葉に眉をひそめ、改造銃を構えようとしていた男は腕を下ろした。
バイク乗り2人はマガリをジロリと睨んだ。
「オマエは説明が足りねえんだマガリ……」
「ただ一言指示をすれば良いってもんじゃねえだろ?」
「そもそも、オマエの信者と俺らは別もんだ。そこら辺をちゃんと見てみろよ」
マガリはキョトンとした表情になった。
普段なら彼らも同じような発言をし、止めるなんてしなかっただろう。
「……今のあなた達は朝のあなた達と少し違うね」
「……まあ」
ミラン達に捕まっていたバイク乗り達は、久々に食べた物で少しだけ気分が落ち着いている。
腹が減れば他の面々と同じように腹が立ち、怒りで我を忘れるようになるだろうが、今だけは少し面と向かって気持ちの悪い存在であるマガリを見ている。
彼女の能力は強い。
実力者であり肩書きもまた存在を強めている。
「先ずはだ。普通は、どういう交渉をしてくるのか、そのために全体で話し合うのが筋だろ?」
バイク乗りの1人が言えばマガリは、フゥッと息を吐いた。
「そう言って内容が決裂したのは約1週間前だろう」
マガリは過去を思い出し、ポツリと呟いた。
「……マジでムカつく女だな」
「オマエさ、オレらのことバカだと思っているだろ?」
「……」
マガリは目を細めるだけで返答しない。
「オマエみたいな小娘と違って、オレらは社会人だからな。なんの仕事もしたことねえ奴が偉そうに」
「で、何が言いたいんだ。早く結論を話してくれ、私は交渉に行きたい」
食い気味にマガリが話を断ち切れば、バイク乗りの1人は苛々しながらも息を吐き出し言葉を言う。
「……ハァ、交渉ねえ。あのガキ共を返すのか?」
「……内容次第ではそうなる」
「なんだ曖昧だな」
「向こう側が提示したのはヒマワリ畑3ヶ所。しかし、あなた達は殺されずに情報を知った状態で返された。そうして30ヶ所のヒマワリ畑が存在すると現状我々は知っている」
「そうだな」
マガリは車椅子の肘掛けを指で軽くトントンとして言う。
「しかし、ヒマワリ畑は探せば良い。私の能力は植物の魔の者の天敵だ。時間はかかるが交渉の材料とはならない」
住民達はボソボソと小声で肯定の呟きをする。
「君らが欲しいのは、グリットという青年の収納能力内にある食糧の方だね?」
「そうだな……」
「そりゃあ、食糧が欲しいだろうよ」
「だが私が本当に欲しかったのは、リーガルだった」
マガリは遠い目をして、そう呟いた。
「ハァ? なんであのガキが欲しいんだ?」
「オマエは食うわけでもねーんだろ?」
「食うわけがない。彼を我々の仲間にしたかったんだ」
「それこそ、なんでだよ!」
「あのガキ共もか? モールからの食糧も限界があるってのに意味わかんねえ!」
「ほら、そうなるだろう」
マガリが疲れたように、そう呟いた。
「ハァ? マジでムカつくな、おいッ!」
「あなた達も見たのに何故わからない? その方が私は不思議なんだ。ただ、分かるように説明しよう」
「殺してぇ〜!」
男の1人が頭を掻きむしった。
フケと傷んだ髪の毛がパラパラと落ちていく。
「彼、リーガルは明らかに植物関係の能力者だ。現に植物を操り、あなた達を捕まえた。またヒマワリ畑も彼の能力によって育てられたのは、ほぼ確実だろう」
「お? あ、植物の能力者……」
「言われてみれば……」
バイク乗り達や島住民達がざわついた。
「そして、この街は植物の魔の者が多くを牛耳っている。他の多くの魔の者達はそのおかげで入ってきていないとも言える」
マガリは憂鬱そうに窓の方に視線を向けた。
「リーガルは心優しい少年だ。私が攫った子供達を、とても大切にしている。あなた達が嫌がらせで燃やした手紙には、リーガルに向けての交渉内容を書いていた」
「あの手紙にかよ……」
「つーか、誘拐しておいて交渉とかゲスじゃねーか」
「ああ、そうだ。私は子供達を人質にリーガルを仲間にする予定だった」
マガリは瞼を閉じ、忌々しい様子で発言をした。
「チッ、リーガルってガキだけいるなら他は別に食って良いだろ」
「だからッ! その子供達がいるからこそ、リーガルが仲間になる可能性があり! 食うなどすれば永遠に叶わず、また我々は植物の魔の者の餌食になり死んでいただろうと言っているんだッ!」
マガリは瞼を開け、吐き捨てるように言い放った。
「まただ……また、オマエはおれらを、そんな目で見る……」
「人を何だと思ってるんだ……」
「バカにしやがって……」
淀んだ空気にマガリは瞼を瞑り、顔を左右に振った。
「もう、私達は……人の道から随分と外れてしまった……」
終末が始まり、価値観は大きくずれてしまった。
食糧は育て売り買いし、人々の生活の中の循環で回っていた。
しかし、今や知らぬ土地を荒らし、店や民家に入り込み飴玉ひとつを探す日々。
当たり前になった行動は、こうして勝手にホテルを占拠し居座ることも平気で行なってしまう。
もう誰に遠慮することがあるのか。
生きる為に仕方がない。
そう言って、当たり前にあった習慣を感情を秩序を踏み潰し、平気な顔をするしかない。
一番最初に起きたのは心の変化だ。
自分自身で自分を踏み潰し、新しい世界に順応することを選んだ。
心が壊れないわけがない。
「……私は、あなた達が人を食べてしまったことを悪だとは思っていない。けれど、他の方法を……生きる方法を見付けたのなら、もう止めてほしいんだ!」
バイク乗り達や島住民達は一瞬黙り込み。
「ハ、ハハハ……思っていない? 思っているから言ってんだろ?」
1人が喉奥から絞り出すように笑った。
「なぁ、なぁ、なあッ! そうじゃなきゃ、その言葉は出ねえんだよッ!」
爆発したかのように大きな声がホール内に響いた。
そうして怒りや敵意、憎悪が広がっていく。
「オマエは、たまたま体質で食えなかっただけだ!」
「違う、違う、違う……ッ! 腹が、腹が減ってんだよ!」
「おれ達が悪いんじゃない! この世界が悪いんだ!」
「食わねえオマエの方が異質な癖してよぉ!」
あえて言ってこなかった言葉に、バイク乗り達や島住民達は目を血走らせ、武器を手にして立ち上がる。
マガリも、その言葉を言ってはダメだと分かっていた。
今まで、だからこそ言わなかった。
禁忌を犯したんだと、罪なのだと、その感情の塊を小さな針で刺すだけでも爆発すると分かっていたのにだ。
だが、マガリは言った。
もう限界だった。
もう、限界だったのだ。
神は、人々を導けとマガリに言ってはくださらない。
大義名分ひとつすら、それは神の言葉ではない。
今の歩みは、マガリが威厳を示す父を真似、想像し、手探りで行なっている姿である。
何時も、何時も、何も答えなどなかった。
マガリは自己の判断で、どうにか生かす方法を考えなければならないのだ。
関わった仲間達を生かしたかった。
だが。
マガリは、ようやく導き出した方法が失われ、ただ泣き叫びたい気持ちが胸の内側に渦巻いている。
「人の数にも限界がある! 誰も見つけられず、空腹の限界に達する度に、我々は仲間を食うのか? あなた達は、それで良いのかっ! 他に生きる術があるならば、それを選ぶべきだろう!」
マガリは、そんな彼らにそう叫んだ。
「だから人を食うな! 人を食うなってか! ハ、ハハッ! そう言って、オマエはオレ達を侮辱しているッ!」
男はひくつき、声は緊張で高くなっている。
「違うっ! あなた達の行動は仕方なかった!」
マガリは必死に声を上げた。
「ほらな」
「オマエは、そうなんだよ」
「絶対に変えねえんだ」
「オマエにオレらの気持ちなんて、わかんねえんだよ……」
キン……カンカン……。
金属が壁や床に擦れ合う音がする。
「うるせえよ、ガリガリのババアが……」
改造銃や大型ナイフ、鉄パイプや銀バットを持った彼らに、守護者達はマガリの盾として前に立った。
「マガリ……ごめんなさい。わたしが指示を出すわ」
黙って側で見つめていたリリンはマガリの頬を優しく撫でる。
マガリは瞼を瞑り、リリンは声を張り上げた。
「我々はこれから二分化する! 守護者達よ! 我が聖総者を護りなさい!」
「「「はッ!」」」
***
ドォーンッ! バリンッ! ドゥンッ! バキッ!
フラワーホテル内から大きな銃声や、物が壊れる音がした。
様子を見ていたスズメに仲間割れの映像も入り込む。
「これは……」
最悪の展開は、交渉の時点で子供達が殺されている可能性だった。
しかし、それ以前に彼らはどうやら話がまとまらず、内部分裂が起きたようだ。
「緊急事態だ。この内部分裂に巻き込まれ子供達が亡くなる可能性がある。少数精鋭で救出に向かうぞ!」
「「「はい!!」」」
ミランの指示に部下達は大きく返事をする。
フラワーホテル内に侵入するのはミラン、ヤムクー。
また近くまで改造軍用車で向かい車内で待機するのはグリット、トトン、リーガル。
バイクで周辺警護するのがアスだ。
侵入したフラワーホテル内は揉みくちゃになっており、その中でも素早く進み、スズメを通し見えていたマガリとリリンの側に行く。
「守護者達よ! マガリを護りなさい!」
ガリガリの女性が車椅子に乗っている。
車椅子に乗った橙色の髪の女性、彼女がマガリだろう。
そして車椅子を押しているのはリリンだと思われる。
「隊長、ここはボクに任せて!」
「頼んだ!」
ヤムクーの言葉にミランは託し、能力で誰も追い付けないスピードを出し、彼女達の側に立った。
室内で風が吹いたかと思えば目の前には知らない存在。
「ッ!」
リリンは何もない空間から銃を取り出す。
「待て!」
ミランは双剣を抜かず、両手を上げて声を張り上げた。
「俺達は子供達を助けに来ただけだ。本来なら交渉で終わるはずだったが、そちらの内部分裂を知り駆け付けた。子供達は無事だろうか?」
ミランの言葉に、青い顔をしたマガリはリリンの銃を止め、背筋を伸ばし言う。
「このような状態で申し訳ありません。本来私が望んでいたのはリーガルさんであり、その交渉ができれば1番良かったのですが……」
その言葉にミランは眉を上げ、フゥと息を吐いた。
「ああ、リーガルを渡すのは無理だ。子供達を助ける為に来たのに、その子供を売るようなことはできない」
「……ふふ、そうですよね」
マガリはコクリと頷いて廊下の先に目を向ける。
「あの子達の元へ案内しましょう」
「頼む」
「リリン、もう戦わなくて良いわ」
「そう……」
リリンは銃を収納し、ロビーに繋がる階段側で戦っていた守護者達に声をかける。
「我が守護者達よ! 我らの聖総者マガリが剣を収める事を望んだわ! そこのアナタも剣を収めてちょうだい!」
「ヤムクー、こちらへ」
「「「はっ!」」」
「はーい」
守護者3人は止まり、ヤムクーも動きを止めたのだった。




